第11話

  良介が毎朝6時半に会社に着くと、益田は既に出社していて良介への報告をまとめて居る。そして、二人で大まかな打ち合わせを完了して後、経営幹部の会議が始まる、というのがA興産の日常だった。

 自然、益田は、社長である良介の代理を務める地位に至っている。


 足立家は、規模的なことを言えば、地方財閥と言える。

 全国の主要三都市にまず主だった支社を置き、あとは、足立家の本家がある都市に本社を、そして、その近隣地域には、足場を固めるようにして従たる支店を配置している。

 それらの各支社にも、良介は足を運ぶ。

 当然、一定のペースで出張をした。

 そのようなときは、会社の実務は、すべて益田が見た。重要な契約の締結や金銭に関する事務処理に必要な実印でさえ、良介は彼に預けて出張に行くことが出来た。

 益田恵吉とは、そういう男だ。


 その日も、次の日に良介の出張を控えていた朝だった。

 益田は、良介への報告事項を手際よくまとめ、彼の出社を待ちながら、新聞の朝刊に目を通していた。

 会社の窓から見えるその空は、その日の始まりを告げる、透明感のあるブルーだった。


 良介は、いつもの通り、6時半に出社して来た。

 ただ、その姿は、普段の彼からは考えられないものだった。

 益田の朝の挨拶に対して、軽く目で挨拶を返しただけだったし、その目は真っ赤に充血していた。そして、彼が、益田の傍を通り過ぎた後、強烈な酒の臭いがしたのだ。

 (・・・変だな)

 益田は、妙な違和感を覚えた。

 益田が良介に仕える様にようになって十数年来、こんなことは一度として無かったのである。


 

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