第9話
エレベーターを降り、ビロードのカーテンに囲まれた待合室に通されると
芹沢は高級感の漂う黒皮のソファーに身を沈める。
待合室では、二・三人が座れるだけの広さがあったが、彼以外には誰一人客は
居ない。
黒服の男が、熱いお茶とおしぼりを運んでくる。彼の名前を確認し、彼が店の
常連として定期的にお金を運んでくれることに、表面上感謝の気持ちを伝える。
儀礼に近い感謝の言葉を聞くと、彼は達成感の無いお金を支払う。
その動作は、まるで役者の芝居上の所作のようだ。
達成感の無い金。
ただ、しかし、他の男とは違って、淳にとってこのことは、特に卑下すべき事では無い。
物心ついた頃から、金銭は、彼を養育しようとする乳母のように、彼の傍に常に
居たのだから。
...
まあ、いい。
少し、長くなった。
淳は、金を支払うと女が控える間に通される。
そこで、馴染みの女に会い、その女の部屋に共に入る。
広い部屋だ。
大衆店の二部屋分はあるだろう。
いや、事実、二部屋を一つにしたのだから。
左手の部屋の奥で、湯舟に湯が入る音がする。
馴染みの女と淳は、長年連れ添った夫婦のように、ぴたりと呼吸を合わせて、時を
過ごす。何気ない日常の会話から、ベットの上での営みに至るまで。
時間は、淳がさっき支払った十万円分、ゆったりと流れていく。
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