第6話

  (貧乏だったのだ)

 足立良介は、今日の約束の場所へ向かう車内で、そう考えていた。

 (貧しかったからこそ、婿なんぞになったのだ。しかし、男は婿になんぞ

なるべきではない)

 彼は、鼠色の大衆車を自分で運転し、目的地に向かっている。

 (会社の車は、大衆車でいい。運転手なんていらない。これは、会社の利益を考えての事だ。

 しかし、俺のこういう行動も、婿ゆえの彼女への遠慮だと言われる)

 良介は、思わず、自嘲気味に口元を歪めた。

「人の口というのは、面白いもんだな。」

 車が橋を渡り始める。良介は、視界の片隅に入ってきたゆったりと流れる大きな河を横目でチラリと見ながら、慎重にハンドルを操っている。


 この日はよく晴れた、天気のいい日だった。

 空は青く、河岸には緑があり、そして河の水は群青色を湛えて居る。

 三色のコントラストの中央を、現代的デザインの大橋が、大きくうねって

伸びていく。

 良介は、自分が住むこの町の都会にしかない洗練された雰囲気を、こよなく愛していた。

 生まれ育った「村」の、山と、田んぼと、錆びついた自動販売機や時代遅れの看板を、ただ恥じて憎んでいたのとは対照的に。

 (貧乏は罪悪なのだ)


 橋を渡り終えた車は、大きな交差点に出た。

 彼は、車を右折させ、広い国道をしばらく直進した後、国道沿いにある昔ながらの

「喫茶店」の駐車場へと車を進めた。

 ここは、駐車場が広く、建物にどっしりとした落ち着きがあり、外から中の様子が見えにくくなっている。都会の騒がしさからしばらく離れたい人間にとっては、価値ある隠れ家と言っていい。


 良介は車を降り、ロックをかけ、ちゃんとロックされたかどうかを念入りに確かめ、この喫茶店に入った。

 彼が、一人になって一つの事に集中し、重大な決断を下す時にする、いつもの行動だった。

 

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