第3話 シェリン・フォード

 これがトドメだとばかりに、ゲージを全て消費して出せるような超必殺技を放つ。ひとさし指は厨房の片隅を目指し指差す。


「あなたは三つ葉を乗せなかったんです」


 丼に盛られた黄色の山の上に映える緑。三つ葉を食べれる私にとっては食欲を刺激してくる色彩だったけれども、野菜嫌いの金田くんにはそう映らなかったのだろう。


 緑は自然と避けてしまう色合いだった。代わりに毒が添えられているとも知らず、彼は自ら毒入りの丼を手に取る。いいや、その手に取らされていたにちがいない。


 きっと検死をすればすぐわかるはずだ。彼の死体からは三つ葉が検出されないことだろう。警察に事情を話して調べてもらえば、それが動かぬ証拠となることだろう。


 カンカンカン、KO。


「そうだよ、あたしさ。あたしがあの金田をやったのさ。あんたの言った通りさ」


「だれか、警察に連絡を」

 と言いかけると。


 おばちゃんはガクリと膝を折った。肩を落としうなだれたまま自分の罪を認めて、そうしてから顔を伏せたままで手を叩く。


「──おめでとう」


 パチパチと淀みなく鳴る手拍子に紛れ、おばちゃんはたしかにそう言ってのけた。


 おめでとう? 


 それは犯人が自供する時には、まず耳にすることのない言葉にちがいなかった。キョロキョロと視線は戸惑い、言葉の真意を探ろうとはしてみるけれども計りかねる。


 何がめでたいものか。金田くんはその手によって殺害されているのだ。ひとの命をなんだと思っているのか。罪の意識がないにも程があるというものだ。


 文句のひとつも言ってやらねば金田くんも浮かばれないというものだろうと憤る。


 呆れた口を開こうとツカツカとおばちゃんに歩み寄っていき、大きく息を吸うと。聞こえてきた音に、言葉に、耳を疑った。


 パチパチパチ。パチパチパチ。


「おめでとう」


「おめでとう」


 まわりのみんなが一斉に手を叩きだし、口々におめでとうと私を祝い始めたのだ。ぐるりと視線を回してみてもまちがいはなかった。ひとり残らずだれもが手を叩き、真っすぐに私を見ながら言葉を投げる。


 音は大きくまとまり、轟音となって私を襲う。みんなは一体どうしたというのか。友だちが目の前で殺されたというのにだ、どうして笑顔を浮かべていられるのか。


 いつの間にか私は、彼ら彼女らにぐるりとまわりを囲まれていたことに気が付く。円の中心へと位置していた。なおも拍手は鳴り止まず、徐々に円が狭まってくる。


 うしろに一歩引くと何かにぶつかった。拍手が一斉に止み、シンと静まり返る。


「おめでとう」

 

 耳もとで聞こえた声に、ゾクリとする。ゆっくりふり返るとおばちゃんは立ち上がっていて、私の目をじっと見つめて言う。


「今日からきみがシェリン・フォードだ」


 それはどういう? その疑問はもう言葉にはならず。全身の力が抜け落ちていく。目の前は真っ暗になり、閉じる、閉じる。


「──リン」


 音がする。


「──シェリン」


 段々、音がはっきりと聞こえてくる。誰かが、誰かを呼んでいるような声がした。何度もくり返し、誰かが私を呼んでいる。


「ミス、シェリン。聞こえているのですか? 転校初日から居眠りとはどういうつもりです。さあ、早く入ってらっしゃい」


 ハッ、と我を取り戻した。


 ここはどこ、と辺りを見回す。木張りの床。木枠にはめ込まれたガラス窓。木目の美しいドアにそっと手を這わす。学校だ。ここは学校だ。そう、私は転校生だった。


「シェリン」

 とふたたび呼ばれて前を向く。


 そうだった。私は、シェリンだった。頭を振り、一歩を踏みだし先生のとなりへ。


「さあ、自己紹介してください」


 促されてじっと前を見つめるたくさんの目と、目を合わせていく。すこし緊張しながら昨日練習してきた挨拶を交わした。


「みなさん、どうもはじめまして。私の名前はシェリン・フォードです。ええと。、ごく平凡な名探偵です。わからない事だらけですが、どうぞよろしくお願いします」

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