第2話 ミスリード

 だれなの?


 と、ふり返ってもみんなは顔を背ける。思い出そうとしてみるも。男の声なのか、女の声だったのかすらもわからない。本当にこの耳で聞いた声なのか。それとも私の脳内で響いただけなのかさえも疑わしい。


 不在幻聴インビジブルネイバー


 私が名付けた私の能力だった。その声がいつから聞こえるようになったのか、次にいつ聞こえるようになるかもわからない。けれど、わかっていることがひとつある。


 この声はいつだって私に嘘をつかない。そして、たしかな真実を告げてくれる。


 きっと相手の反撃に耐えていく内に、私の必殺技ゲージが溜まったから発動したのだろうと勝手な解釈をしておくとしよう。マジシャンズセレクトだと言っていたか。


 それはたしか手品の用語だった。お客を前にして相手に自由な選択をさせたようにみせるけれど、ほんとうは奇術師が望んだものを選択させているというテクニック。


 心理的にだったり、物理的にだったり。


 そうか、金田くんはおばちゃんに毒入りの親子丼をそれと気付かずに選ばされていたのだろう。でも、いったいどうやって。食堂へとやってきた時のことを思いだす。


 お腹を空かせた金田くんは、一番乗りで食堂のドアを開けていた。私は列の後方。お盆を手に駆けていく彼の姿を見ていた。十か、二十は並んでいた丼の中から彼は、唯一の毒入りをその手にとった。


 私たちの行列が滞りなく前へと進んでいったことから、ひとつひとつ小鍋で作ったものではなかったのだろう。大鍋で一斉に作ったものを掬い、次々よそっていった。


 そこにちがいなんてあったのだろうか。鶏肉がたくさん入っていたから。それともご飯が大盛りだったから。なんだかそうじゃないような気がした。ううんと唸り、手のひらの指と指とをくっつける。三角を作りそっと口に当てて悩み、パッと閃いた。


 肩も髪も思わずポヨンと跳ねる。そうかそうだったよ。金田くんは、たしか──。キリッと視線を向けて口撃再開だ。鏑矢を放て。ほら貝を吹け。鐘を打ち鳴らせ。


 プオオ、プオオーン。ジャンジャーン。


「いいえ、やはりおばちゃんが犯人です。ずばっと金田くんを狙い打ちましたね?」


「そんな器用な真似、このあたしに出来るものかい。舐めるんじゃないよ」


 それはどういう啖呵の切り方なのだろうと不思議に思いながら、あの言葉を返す。


「そこでマジシャンズセレクトです。おばちゃんは不自由な自由を演出したのです」


「なんなんだい、そりゃ」


 左手を顔の前に立て、右手を横に伸ばしてからおなじように立てる。だいぶ右に偏った箱を持つかのようなイメージだ。


「この中に手を通してください」


 不審がりながらおばちゃんは手を通す。今度は私の顔の前で、均等に小さな箱を持つかのようにして両手を立ててみせる。


「さあ、もういちど」


 スッと手が通る。


「ずいぶんと行動が制限されたとは思いませんか? 自由なように見えてもそれは、ゲームマスターによって決められた中での自由だったに過ぎないのですよ」


 そしてどちらも手の通った位置は、おおよそ真ん中にほど近いものだった。ひとの行動を操るのはそう難しいことではない。枠外に手を差し出してくるような無法者はそんなにいたりしないものなのだ。


 多くのひとは枠をはみ出したりしない。


「金田くんは大の野菜嫌いだったのです」


 ひとさし指をピンと伸ばす。


「おばちゃん、あなたはもちろんそれをご存知でしたね。彼が野菜を避けてきたのを見てきた、知っていた。それを利用した」


 すると、

「はん、なに言ってんだい」

 と口を曲げられる。


「あたしが、玉ねぎを多くよそってたとでも言いたいのかい。そんなことが──」


 私は、ピッピッと指をふる。


「ミスリードさせようとしても無駄です。そんな事をしなくてもあなたは簡単に野菜を多く見せられた。いいえ、ひとつだけを少なく見せさす事ができたのですからね」

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