本当にあった異世界転生
モグラノ
第1話 マジシャンズセレクト
真っすぐ、上に。
宙へと向けて手のひらを高々と伸ばす。すがるような聴衆の視線がまるで絹のような柔く白い腕へと絡みついてくる。みんなの視線が次第に集まってきたのを感じる。
そうだ、もっと見惚れなさい。見よ、どうぞ刮目するがいい。何を隠そう。このきめ細やかな白い肌は私の自慢なのである。
「ふふん」
と得意気に胸を張ったりもするけれど、みんなの視線を一身に受け止めているのは私の肌の白さ。というわけではない。
もちろんのこと、柔さでも。
目下、注目の的となっているのはもうすこし上の方。私の手のひらだったりする。ほんのりと桃色に染まり、すべすべとした手のひらではあるのだけれど、みんなの興味が私の肌艶に向いているとも思わない。
もうすこし先だ。
この指が誰を指すのかの一点に尽きる。ひとつだけ指を立てて、真っすぐにスッと腕をふり下ろす。指すと同時に口を開く。
「犯人は食堂のおばちゃん、あなたです」
みんなの視線と興味は一斉に私から離れていき、おばちゃんへと向かっていった。
「なんだい何言ってるんだい、この子は。あたしが毒を盛ったっていうのかい。やだねえ、まったく本当に。よしとくれよ」
手のひらをパタパタとさせ豪快に笑う。糾弾は軽く否認されてしまった。ふたたび視線と興味が舞い戻ってくるのを感じる。おばちゃんと私の一騎打ちだ。より観衆の同意を得たほうが勝つ推理合戦が始まる。
here come a new challenger!
脳内では軽快な音楽が流れていき、デフォルメされたおばちゃんと私のアバターがファイティングポーズを取り合っている。両者にらみ合い試合開始。先制口撃は私。まずは隙のすくない事実ベースを攻める。
「
「そりゃ、アンタ。混ぜることはできたけどもねえ。何であたしがそんなことを」
強く否定はできないのを見逃したりしない。すかさずに口撃をお見舞いしていく。
「今朝方、金田くんと揉めている所も目撃されていたそうです。くわしくはわかりませんが相当な剣幕だったと聞きましたよ」
ここまで優勢にことを進めてきた私に、おばちゃんは不快さを隠さなかった。眉根を寄せながらずいっと反撃に転じてくる。
「アンタも知ってるだろうにさ。今日は、みんな揃って同じメニューだったんだよ。アンタらが一斉にやってくるもんだから、こっちはてんてこ舞いの大忙しだったよ」
クラス一同、四十人。私たちはお昼の時間にまとまって食堂へとやってきたのだ。
今日の献立は親子丼のみとなっていた。丼には柔らかく煮られた鶏肉がたんまり。トロトロふわふわ卵が優しくそれを覆う。彩りもごちそうの内だと、三つ葉も傍らにちょこんと添えられてあった。黄色と緑の色彩がゴクリと食欲をそそったものだ。
味はまぎれもなく絶品。ふんわりと鼻をくすぐるお出汁の香りと甘じょっぱい味付けが、お米に合うこと合うこと。思い出すだけでも幸せに浸れる。ほっぺたが落ちそうなほど至福のときを満喫していた私たちの目の前で、金田くんは毒に倒れたのだ。
「あたしはずらっと並べていっただけさ。その中から選んで取っていったのはアンタら自身だったじゃないか。それともなにかい? あたしが無差別に毒を盛る殺人鬼だとは言わないだろうね。見な、この瞳を」
うるうると潤んだ瞳でお姉様が見つめてくる。自らの無実を主張する純粋無垢なまなこに、失礼ながらもたじろいでしまう。思わぬ反撃に私の心象も揺らぎはじめた。
「ちがうんじゃない?」
とチクチクみんなの視線が私を刺す。
私の発言に対する信憑性がぐんぐんと下がっていくのを感じる。信用なのか、日頃の行いか。猟奇的な無差別殺人犯とおばちゃんの姿とはうまく結びつかないようだ。それは、かくいう私もおなじである。
どうしようと困窮する私に声が囁やく。
それはまるでお助けアイテムのように、
『──マジシャンズセレクトだ』
そう聞こえた。
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