第4話 劇的ではない
未知なものを目にしていた好奇の瞳に、
「ああ、探偵ね」
という既知にも似た色がにじんでいく。
とてもわかりやすく、なんだと言われたような気にもなる。どうやら私はクラスのみんなを落胆させてしまったらしかった。
自らが至極ありきたりな探偵であることを恥ずかしく感じてしまう。そうは言ってもしょうがないじゃないのとは思う所だ。
でも私も探偵を目の前にしたなら、同じような反応を取ってしまうだろうと思う。その気持ちはよくわかるという物だった。
いまはおそらく国民の九割くらいが探偵ではないかと言われている。はるか昔には警察という治安を維持しようとする組織があったと習いはしたけれど、眉唾ものだ。
ひとつの組織だけが権力を保持しているという体制が、ながく続くとは思えない。ひとりひとりが権力と捜査する力を持つべきだという世間の声に、警察という組織はあっさりと解体されていったらしい。
捜査、推理、逮捕、裁判、判決。かつてはあったとされた行政機関の職をひとつにまとめたものが現在の探偵となっている。いまや探偵でないとされた方が、奇異な物を見る目でとられてしまうほどである。
もっとも、たいがいのひとは副業で探偵をしているに過ぎないのが本当だけれど。国民総探偵と掲げられたこのご時勢にもれず、私も平凡な探偵を細々とやっていた。
気の利いた自己紹介をすることの叶わなかった私に、担任のアイリン先生は眉根を下ろし困ったように肩をすくめてみせた。
「はい、ありがとう。シェリンさんです。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
ぐるりと教室を見回して、腕を組む。
「席は。えーっと、そうね──」
先生がキョロキョロと首を動かして席を探していると、スゥッと手があがった。
「先生、ぼくの前の席が空いています」
見ると、ひょろりとしたボサボサ頭の彼がにこやかな笑みをたたえながらこちらを見ていた。たしかに彼の前の席がぽつんと空いているようだ。サッと見回すかぎりはほかに席があるようにも思えなかった。
「うん、金田くんありがとう。ちょうど席が空いているようね。それじゃあ、シェリンさんはあの席を使ってもらえるかしら」
「もちろんですとも」
とふたつ返事。
私に異論などない。あっさりとしすぎて拍子抜けするほどだった。クラス中の視線を独占しながらに何事もなく席へとつく。転校初日。すこし気構えはしたけれども、ドラマティックな展開は起きそうにない。
「ああっ、お前はっ。あの時の」
と素っ頓狂な声をあげるひとはいない。
ぶっきら棒に私を助け、名も名乗らずに去っていったあのひととの運命の再会だって今のところはないように思える。私の席へと向かう間も、挑発的に足を差し出してくる野蛮な生徒の姿もなく平和だった。
学習机に鞄を掛けて、備え付けの椅子を引いてサッと目を走らせてみる。どこにもイタズラされているような跡はなかった。とどのつまりは普通に歓迎されている。
「ぼくは
ボサボサ頭をぽりぽりと掻きながら、金田くんは後ろの席からこそりと囁やいた。それにつられるようにして、前後左右からも挨拶がひっきりなしに飛び交ってくる。
「よろしくね」
と口々に言われて名乗られる。
ええと、あの子が
「あらら、こいつはめっぽう大変だ」
と火付け役になった金田くんは素知らぬ顔でそっぽを向く。
まったく、だれのせいだと思っている。でも金田くんの名前はストンと心に落ちていた。なぜだ、最初に名乗ったからかな。何かに引っかかりを感じている私がいた。
もっと前から金田くんのことを知っていたような。忘れちゃいけないことを忘れてしまったような落ち着きの悪さがのこる。
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