富士見の思惑

5-1

「大会の映像を見ましたよ。素晴らしい演技でしたね」


 そう言って教頭の富士見はやわらかい笑を浮かべて言葉をつなげる。


「期末試験が終わってすぐだから練習する時間が足りなかったでしょう」

「いつもの事ですし、大丈夫です」


 一学期末のテスト週間と大会が重なるのは毎年の事だから慣れている。むしろ試験に手応えがあった分、すっきり気持ちを切り替えられて大会にのぞめた。


 それよりも今の状況が落ちつかない。富士見に呼び出されるのは二度目だけど、前回が職員室の会議卓だったのに今回は応接室だった。腰が沈んでしまうソファも、上履きに伝わってくる絨毯じゅうたんの柔らかさも、良い香りがするコーヒーも、この場に俺がいるのが不釣り合いだと言っている気がする。

 

 富士見の目的が早く知りたいのに、彼女はのんびりとコーヒーに口をつけから大会の話を続けた。


「練習に専念できていれば御代田さんのように表彰台に立っていたかもしれませんね」

「教頭先生が試験より大会を優先しろって言うのはどうかと思います」

「そう聞こえましたか。しかし教頭としての立場から見ると、学校の宣伝になる機会は多いに越したことがありません」


 少子化で子供が減っていく世の中で、生徒数を確保する広告塔はたくさんあった方がいい。富士見はそう言っている。地方ニュース番組の学生アスリートを取り上げるコーナーでサッチを紹介する話がきた時はうれしかったに違いない。


 あの場にいた俺も自分の事のように喜んだのを思い出す。それほど表彰台で笑うサッチはかがやいていた。


「それで学校で撮影するんですね。おかしいと思いました」

「変かしら?」

「BMXは校外の活動ですし、いつも練習している場所の方が撮影しやすいと思いました」


 最初に撮影の話を聞いた時にはわけがわからなかった。学校にはBMXで使うセクションが何もないからだ。ここではインタビューだけにしてBMXは別撮りにするつもりかと思ったが生放送でそれは難しい気がする。どうするつもりかと思ったら学校にセクションを設置するらしい。それを聞いてさらに驚いた。


 その作業を委託されたBMX仲間がノリノリで準備を進めているから、ずれているのが俺だけかと心配になる。もっと気楽にイベントとして楽しむべきかと思った。


 それにしても、なぜ学校で撮影するつもりになったのか。宣伝のためだけにしては大がかりすぎる。思惑を尋ねてみるとあっさり打ち明けてくれた。


「生徒たちに御代田さん知ってもらいたいのも校内で撮影してもらう理由です。彼女は風紀委員としても頑張ってくれていますが、それだけに誤解されています。いずれ風紀委員会を率いてもらうつもりですし、これを機会に少しでも理解してもらいたいと考えています」

「そうなんですね。それで他の理由というのは何ですか?」


 何気ない質問に富士見の目が獲物を狙う猛禽もうきん類のように光った。


「普通なら内容に注意が向いてしまいがちですが、含みにまで気が回る木島平君はやはり油断できませんね」

「たまたまです」

「そういう事にしておきましょう。理由はもうひとつ。指導者としてではなく経営に携わる側の都合です」


 富士見はスマホを取り出して、目を細めながら指を走らせた。そしてテーブルの上に置く。表示されていたのは大会のリザルトだった。上から三番目にサッチの名前があり、所属欄には松木北高校と書かれている。普通ならサポートしてくれているBMXメーカーを書く欄だけど、リザルトの中には学校名を書いている人もいる。


「御代田さんが松木北高校の名前を背負っている以上、ここで撮影してもらう必要があります。こうして学校名を出してもらえるのは喜ばしいですね」


 俺がうなずくと、富士見はスマホの画面をスクロールさせて別クラスのリザルトが表れる。俺の順位はサッチほど高くなく、七位の位置だ。


「ところで木島平君の所属欄には『サーカス・ゼロ』とありますが、これは?」

「松木市出身のライダーが立ち上げたBMXメーカーで、道具を支給してもらってます」


 親父と仲が良いからコネでしかないけど、一式十万円以上するBMXをもらえているのはありがたい。


 だけど富士見が本当に聞きたい事は別だとわかっているので付け加える。


「所属欄にはひとつしか書けません。たくさんのスポンサーがついている人もいるのでリザルトがメーカー名であふれないようにするためだと思いますが」

「そうなのですね。だから学校名を書けないと?」

「はい」

「では、メーカー以上のサポートを学校すればどうなりますか? 松木北高校としましてはトレーニング施設の使用を許可します。もちろんフィジカルトレーナーも付きますよ。さらに今後の成績次第では授業料の減額も考慮したいと考えてます」


 なぜ呼び出されて、しかも応接室なのかわかった気がした。今の富士見は教師ではない。経営側の人間として話している。


 だけど俺は断った。


「スポーツ科で一握りしかいない特待生に普通科の生徒がなったら角が立ちます」

「それを気にするなら転科という方法を取れますね。私としては歓迎しますよ。そうなれば堂々と風紀委員会にスカウトできますし。その意味でも期待しています。風紀委員会は普通科生徒から良く思われていません。木島平君なら適切な距離を維持できると考えています」


 思わぬ方向へ話が向かっているのに驚く俺に、富士見は切り札を使う。


「それに、木島平君のお父さんも転科を望んでいますね」


 それが決定打になって俺は席を立った。


 富士見が学校の内にも外にも目を光らせているのは凄いと思うが、俺の胸の内までは見えていない。親父の思い通りになるなんてまっぴらだ。それがガキっぽいプライドだとしても、話に乗るつもりはない。


「父の話をするなら帰ります」

「そうですか。残念ですが諦めるしかなさそうですね。ですが気持ちが落ちついたら冷静に考えてみてください。君の人生は高校を卒業しても続きます。感情抜きに最善を選ぶのは必要な事だと思いますよ」


 そんな事は言われなくてもわかっていた。熱くなった頭でも富士見の言葉が正しいと理解できる。だけど冷静ではいられない。


 そんな俺はどうしようもないほどガキだと思った。

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