9/14 怖い花瓶
「奥様ご覧下さい、これが例の花瓶でございます」
「まあこれが例の、ブツね?」
「さようでございます。一週間前、田中氏と口論になったご愛人様がとっさに手に取ったと思しき花瓶でございます」
「……色は実物も茶色だったの?」
「いえこの色は、いわゆるアレンジというものでして、実際の色は不明でございます。もちろん、素材はチョコレートでございますから茶色、黒、白、マーブルなんでもござれという形でお好みに応じてご自由に作らせて頂きます。あくまで取り急ぎ制作した見本ですので、お手に持った感じなどを本日はご確認頂ければ……」
「そうね、持った感じは、いいわ。イメージ通りだわ。ずっしり来るわね。なるほどこの重みを一度感じてしまったら、このまま棚に戻すのは何か違う気がするわ。これを何かにぶつけないと気が済まないと言うか、まあそんな感じね」
「さようでございますか。お気持ちは重々分かるのですが今回はま、一度置いて頂いて、あ、はい大変ありがとうございます。現時点では非常にシンプルな茶一色で作らせて頂いておるのですが、お好みに応じてデコレーションも可能でございます。例えば、飴細工を加えるとか、ラメのようにアラザンをまぶすなど。昨年などはお子様でスワロフスキーを埋め込んだものも制作いたしました。いやああれはかわいらしかった」
「ふふふかつてはそんな平和な時代もあったわね。私など、もうとうに忘れてしまったわ。あのね今回のこれはハロウィンパーティーと言いつつも実態はお茶会なのよ。しかもこの辺りの奥様方が一堂に会する会合。あなたも知っていると思うけど、この辺りに住んでいる方は皆、私も含めてお子さんのいない専業主婦の方ばかりでしょう? 時間と暇のある悠々自適な私たちが夢中になるものは何だと思う? パーティーと噂話よ」
「さようでございますね。浅慮で申し訳ございません。改めて、わたくしも気を引き締めてお手伝いさせて頂きます」
「何のために私がわざわざ田中夫妻を自宅に招いて、ご主人の上着のポケットに盗聴器を仕込んだかをまず考えないと駄目よ」
「なるほど。大変失礼いたしました」
「そして何のために一ヵ月前からあなたにコンタクトを取ったかということも。あなた界隈では有名なイベント専門パティシエなんでしょう? もっと自覚持ってちょうだい」
「大変面目ない次第でございます」
「まあ噂通り田中さんが大変面白い方で仕込んだ日の夕方にはもうあんなことになっていたというのはいいけれど。一ヵ月前でもう小道具が出来ているというのも予定通りね。あとは服装とメイクだけど」
「そこででございます奥様。僭越ながら仮装のリアリティを高めるために盗聴器をもう一台田中家に仕込んでは?」
「今度はリビングとか言うんじゃないでしょうね?」
「いえ、寝室です」
「いやだわあなた変態なの?」
「はは、え?」
「盗聴器をもう一台という提案からして駄目だわ。そもそも親しき仲にも礼儀ありって言うでしょう? 隣人に対する盗聴器は一台までって私決めてるの」
「あのでは、服装とメイクは、どうなさるおつもりで? お相手には似せずにオリジナルですか?」
「似せるに決まっているでしょう。見本が隣にいるというのに」
「え?」
「奥様の方に似せるわよ。そうするに決まってるじゃない。毎日挨拶しているんだから服装やメイクなんて、いくらでも観察しようがあるわ。あのねそもそも仮装と言うのはリアリティを必ず追求しないといけないの? 願望を入れても全然いいでしょうその先の修羅場が楽しければ。大人が本気でやる遊びってそういうものよ」
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