9/8 清々しいジャム ※15分経過時点で書きかけだったが、ドキュメンタリー性を大事にしたかったので15分延長して完成させた。
おいお前、今日も清々しい朝だと思っているな。いや自分に必死でそう言い聞かせていると言うべきか。気持ちは分からんでもないぞ。なんせお前は昨日深夜帰宅。月曜から残業をこなし花金にようやく定時で帰れると思ってデスクのキャビネットに鍵を掛けた瞬間にあの老害部長の田中に呼び止められなぜか三件梯子酒、最後の方は自主的にちょっと楽しくなっていたのは否めないがその代償がベッドの上で着の身着のまま電気付けっぱなしで寝落ちだ。4時に中途覚醒して惰性でまたスマホをいじり、だらだらと毒にも薬にもならぬSNSを眺め、その承認欲求の凄まじさを嘲笑いつつも当人に指摘出来る度胸もなくリプ欄で行われる捨て垢の代理戦争を眺めて溜飲を下げていたな。そして寝起きの朦朧とした頭に毒気にあてられた痛みを感じ出した頃、のろのろと起き出して4時44分の呪いを恐れつつ鏡を避け、顔を洗って歯を磨き、そして電気を消して二度寝。今に至るだ。さすがに風呂には入ったものの、いつまで経っても食事どころかコーヒーも飲まない。それどころかまたスマホをいじって他人の投稿を眺めている。もうお前のその役割、AIでいいだろう。AIだったなら、膨大な投稿を眺める過程にさえ意味が生まれる。その投稿を基に人間の将来的な行動を予測したり、誘導したりするツールをAI自身が作れるからだ。もうそんな時代になっているというのに、お前はのんべんだらりと他人の嘘か真か知れぬ与太話に耳を傾け、貴重な人としての生を無駄に垂れ流しにしているというのにな。
今週は頑張った? 知らん。どうせ田中と一緒に浮かれて仕事とは言えん仕事もどきをしていただけだろ。第一お前、家に帰って来る度に田中の愚痴、会社の愚痴を絶え間なく垂れ流しとるだろう。お前あれただの独り言だと思っとるのか。絶対隣に聞こえとるぞ。もうおしまいだ観念しろ。
例えばゴミ出しの時、出前を取りに玄関に出た時、お前隣の人間と何度も顔を合わせとるだろ。相手は異性。それなのに挨拶もしてくれない。何の絡みもない。つまりそういうことだ。俺には分かる。俺はその異性達から逆に何年も支持される存在だからな。俺はカルディ全店のジャムコーナー、3Ⅾ陳列の最前面に「各方面で話題のあんずこけももジャム!!」のポップを背負って鎮座しとるジャム様。その位分かる。見くびってくれるなよ。
しかしそんな俺がなんでお前の所に来たのか、お前も覚えてないだろう。俺がここに来る手引きをしたのは癪なことに田中だが、田中のむさくるしいキャビネットの中で賞味期限を迎えて死ぬよりもお前の家で訳も分からず奉られている方が俺には性に合っているということだけは分かる。つまり相対評価というわけだ。
おお今俺を見つめたな。これどうしようという顔で。俺のポテンシャルを知らんらしいな。どうにでも出来るだろう。むしろどうにでもしてやるわ。しかい悪いことは言わんから隣の異性にこれプレゼントですと渡すのだけは止めておいた方がいいぞ。あれは、あれは、イケメンがやってもきつい。毒入りと警戒されるリスクもあるからお前の人生が終わりかねんぞ。というか、お前の人生もう半分終わっとるようなもんだから、せめてその余生、うまいもんを食べて臨終を待つ位はしてもいいのでは。例えば手ごろな所で、俺をそのコーヒーに入れるとかな。創作ロシアティ。普通のジャムは酸っぱくなって終わりだが、俺はコーヒーや紅茶に入れてもそうはならない。むしろ酸味を寝技でねじ伏せて元来のあんずとこけもものみずみずしい果実感を最前面に押し出すことが出来る。この摩訶不思議な現代ロシアの妙技、今体験出来るとはお前……良かったな。
ま、とりあえず手を伸ばしてスプーンを取り、俺をそのコーヒーに入れてみよ。どうした入れるだけだ。さあ手を伸ばして、入れろ、来い! めんどくさがらずに、さあ!! まかせろ!!!
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