5/4 不思議な小説家
プロフィールが全て空白の小説家がいる。名前はなし、顔出しもなし、年齢も、学歴も非公表。あるのは作品だけ。それも膨大に。デビューから一年経ってないと思うが、もう十冊は出版しているんじゃなかろうか。一ヵ月に一冊ペース。しかもジャンルは、純文学、大衆文学、キャラ文芸、ライトノベル、ノンフィクション、詩、童話その他まだ名前がついていないそれらのごちゃ混ぜのコンテンツ。恐らく趣味なのだろう、短歌、俳句、川柳、都都逸、ここまで来るともう、何が何だか分からない。
それ本当に人間が書いてるの?AIじゃないの?
そんなことを君は言うけれど、悲しいかな、人間なんだな。だって文体に明らかに心があるんだもの。自分が目で見てきたことを、ありのまま、解像度高く語る能力。それが小説家に必須の能力であり才能というのなら、この空白さんの文体には、それが溢れている。純文学でしか描けないどうしようもない根源としての人の業、大衆文学でこそ際立つ青春の甘酸っぱさ、会社に属する大人の悲哀、キャラ文芸でしかありえない理想の男女の関係、ライトノベルの十八番と言える、共感しかない欲望が詰まったネオファンタジー、ノンフィクションでしか味わえない肉薄した空気感……。
これらを全て文体に包んだうえで、豪速球でぶつけてくるんだぜ。三振ストライクならぬ、デッドボールだ。もうこっちは同業としてやってられないよ。野球ならタンカーに乗せられて運ばれて病院だけど、文壇にはレスキュー隊なんか、いないからね。
もう闇夜に紛れた忍者だよ。才能が碌にないのに間違って賞を捕っちゃった輩を殺しに来た刺客。いやそれだと優しいな。目的が分からない殺し屋。そんな所だろうね。
もう幽霊だということにして欲しいよ。そういうことにして欲しいけど、いるんだよね。確かにいる。悲しいけどいる。いないけど明らかにいるって分かるのが、あの人の最大の個性なんだもの。
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