4/29 緊急の雪

 あの子が教科書を忘れた時も、声をかけることが出来なかった。あの子が絵の具を忘れた時も、声をかけることが出来なかった。あの子が遠足で箸を忘れた時も、体育祭で体操服を忘れた時も……声をかけることが出来なかった。

 箸と体操服は逆にそっとしておいた方がええんちゃう?

そこで声をかけたら逆に不審者やで。

 俺の頭の中のエセ大阪人はこう囁く。なんで一度も大阪に行ったことがないのにこいつは脳内にいるんだと思うのだが、大阪人というのは生来図々しい性格で、「まあええがな」の一言で、他者の懐にすっと入って来る人種だと聞いていたので、大方俺の耳の穴辺りから侵入してきたんだろう。

 でも、不審者と思われたとしても、声をかけた方が俺的には良かったと思う。そう思うんやけど‥…お前どう思う?

 大阪弁で聞かれたら何となく大阪弁で返さないといけない気がする。それが他者の文化に対するリスペクト、とは違うと思うが、俺は要するに誰かに縋りたいんやろな。こいつに見放されたらもうどうすればええんやろ。

 せやな当たって砕けろの精神はまあ大事やと思うわな。問題はどう爪痕残すかや。爪だけ立てていつまでもしがみ付いててもみっともないしキモいわな。

 そこんとこ自分なんかプランとかあんの?

 ないわ。ないから困ってるんや。なんかアイデアないんか逆に?

 聞いた所で何も妙案が浮かんでこないのは分かり切っている。だってこいつは俺。俺はこいつ。俺に浮かばないアイデアはこいつに浮かばないのだ。三人寄れば文殊の知恵というが、あと一人どこから呼んでくればいいのか。俺には友達いないだろ。

 そうかじゃあとりあえず今日は帰った方がええな。ほら警報出てるし。大雪警報やからこれから積もるで。

 そうだな。帰ろう。

 帰って寝て英気を養うんや。寝たら大抵のことは解決するやろ若いんやから。

 そうやな。そうやったらええな。

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