第47話:結成

 運ばれて来た魚介料理を行儀よく平らげると、ミスティは気を利かせて全員に一杯の水を注文した。

 あまりにも自然に世話を焼かれ、嫉妬めいた感情を抱いてしまう。


(こういうのが、可愛い女性、っていうのかしら)


 思わずエルトの顔を思い浮かべ、慌ててかき消す。



「ところでさ、ソニアは何しに来たの?」


 ミスティの問いに、私はどこまで言おうか悩んだ。


「知り合いに会おうと思って」

 結局、混乱させてしまいかねないので、あまり立ち入ったことは言わない事にした。


「知り合いとは、この街にいるのかい?」

 相変わらず鋭いことをリューフェンが聞いてくる。


「いえ……多分〈ゴルド・マグナ〉だと思う」


 南大陸の首都〈ゴルド・マグナ〉には二種類の住人がいる。

 ひとつは王族で、もうひとつは王族に仕える兵士と労働者。


 貴族や旅人などもいるにはいるが、彼らは〈ゴルド・マグナ〉に家はない。あくまでも数日、留まることを許されただけだ。

 住居不足が表向きの理由だが、裏では首都には滅亡都市の秘密があるだとか、金銀財宝が取られたくないのだとか色々と噂されている。


 そんな〈ゴルド・マグナ〉に知り合いがいるという事で不審を買うかもしれないが、そこまで嘘を突き通せる自信は無かった。


「そっかー、まあそうだよね。ソニアってどう見ても王侯貴族って感じだもんね」

 さらりとミスティが言って、流した。


「そうなの?」


「もちろん!わたしが言うんだから、間違いないよ!」

 謎の自信と共にミスティが胸を張って言った。


「ミスティ」

 小声でリューフェンがミスティに言うと、彼女は少し下を向き、しゅんとした。


 ……ミスティも普通のヴァグランツじゃない、ということだろう。


 だがそれほど深入りする気もなく、見て見ぬふりをすることにした。



「ところで」

 軽い咳払いと共に、リューフェンが言った。

「これから〈ゴルド・マグナ〉に行くのなら、パーティを組まないか?」


「え?どういうこと?」


「あ、あーっ!わたしに言わせて!一応リーダーなんだから!」

 ミスティが大声で遮ると、やれやれといった風にリューフェンは先を譲った。


「こほん。えーっとですね……最近、〈ゴルド・マグナ〉周辺で『ヘンなモンスター』がいるって、知ってる?」


「ヘンなモンスター?」

 モンスターとはヒト、および他の生態系とは全く異なる生態と身体構造を持っている事が特徴であり、全て『ヘン』ではあるのだが……。


「『フツウ』のモンスターより狂暴なの。例えばサンドスコーピオンっていう大きなサソリのモンスターがこの前、この辺りでは有名な商隊を襲ったんだけど……その商隊には何人もヴァグランツが雇われて、護衛についてたの」


「……それで、どうなったの?」

 なぜか胸がざわついて、そう聞いてしまう。


「その場にいたヴァグランツが総出で掛かって、ようやく倒せたらしいよ。わたしが『ヘン』っていうのは、大きくふたつあるの」

 ミスティは指を二本立てた。


「ひとつは……サンドスコーピオンって、本来そんなに狂暴じゃないの。こちらが大所帯って分かったらすぐにどっか行っちゃう。なのに、まるで怯える様子ひとつなく、ヴァグランツ達に襲い掛かったんだって」


「…………」

 なぜだろう。

 どこかで聞いた気がする。



「それと、被害が大きくなった理由がもうひとつあって……魔法が全然利かなかったんだって」


「魔法が、効かない……?」

 心臓が大きく跳ねた。


 狂暴化したモンスターと、魔法が使えず、魔法が効かない体質になった私。


(もしかして……何か、結びつきがあるというの?)


 レッドフォードでは魔道兵が少なく、モンスターに対して魔法を仕掛ける間もなかったから気づくのが遅れた。


 モンスターと私に、結びつきがある?

 嘘だ。

 考えたくない。


 知らず知らず血の気が引き、手が震える。


 すると、柔らかく暖かな手が、私の手を包んだ。

 ルヴィが、相変わらず不思議そうな顔でぼんやりこちらを見ている。


「ソニア、どうしたの?大丈夫かい?」

 こちらの異変に気づいたリューフェンが言った。


「え、ええ……大丈夫」

 気を取り直し、切り替えるために運ばれて来た水を飲み干し、言葉を発した。

「それで、パーティを組むっていうのは?」


「うん……実はね、わたしもリューフェンも、武器の専門家スペシャリストじゃないの。本当は魔法が主体のヴァグランツなんだよ」

 ミスティが俯いた。さりげなくルヴィを撫でることで、暗い表情を隠そうとしている。


「さっきの『ヘンなモンスター』は、この辺じゃ『オーバード』って言われてるんだけどね。みんな手を焼いてるんだ」


 なるほど。

 レッドフォードがなんとかなったのは、エルトとかグスタフとか、あるいは屈強なレッドフォード兵たちが全員、武器主体で戦う戦士が多かったからか……。


 それにしても『オーバード』なんて固有名詞が付くほどに、南大陸では猛威を振るっているということか。


(一体、いつから?さっきの話ぶりを考えると、ずっと前から……?)


「実は……わたしたちも〈ゴルド・マグナ〉に行きたいと思ってる。だけど正直な話、戦力が不安なの」


「一目見てわかったよ、ソニア。君は名うての騎士だろう?手を貸してもらえないかと思ってね」

 リューフェンが後を継ぐように言った。


「もちろん、礼はする。〈ゴルド・マグナ〉への道案内も、街中での案内もするし、『オーバード』を倒せばギルドから報酬金が出るから、それも分ける。どうかな?」


「いいえ」

 にこりと笑って、私は言った。


「そこまでしてもらわなくても、案内だけしてもらえれば助かるわ。よろしくね」



「ソニア!」

 ミスティが肩に抱き着いてくる。


「ありがと~!もし断られたらどうしよって思ってて……ほんとーによかったー!」


「わ、わかったからやめてよ。恥ずかしい」


「やれやれ、出会って初日だというのに、ボクよりもよほど仲がいいんだね」


「いや、あのね……」


 リューフェンは全く止める様子もなく、ミスティが感情を爆発させるのを楽しそうに眺めていた。

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