第46話:ヴァグランツ
彼女らはどうやらファーネルに慣れているらしく、迷いなく都市の中心部を先導すると、控えめな魚の看板を掲げた建物の扉をくぐった。
中は広いが騒がしく、多くの人々がテーブルを囲んで酒を飲んでいたり、料理を食べたり、真剣な表情で何事かを話していた。
店員の案内があるでもなく、彼女らは勝手にテーブルの一つを占拠するように囲んで座り、私を手招きした。
私が着席すると同時に、堰が切れたように赤髪の女性が言ってきた。
「ねえねえ、どこからの人?すっごい綺麗だね!その槍もすごいし!」
「あ、ええ……ありがとう」
どう答えればいいかわからず、曖昧に返答する。
「こらこら、まずは自己紹介だよ」
薄緑の短髪をなびかせ、剣士の女性はそう制した。
「あ、そっか。ごめん……わたし、ミスティです。よろしくね!」
「ボクはリューフェンです。以後、お見知りおきを。お嬢様」
「……ソニアと申します」
何故か家名を名乗りたくなくて、彼女らに倣ってファーストネームだけ名乗る。
「ところで、プレートは?」
突然、ミスティと名乗った女性が聞いてきた。
「プレート?」
何のことだろう。
「え!お姉さん、
「……ええ。単なる旅人よ」
「単なる旅人?それにしては、見事な佇まいだね」
リューフェンと名乗った剣士の女性は、鋭く突っ込んできた。
廃墟や遺跡の探索、またはモンスター退治や要人の護衛、果ては物資や貴重品の輸送まで請け負う『何でも屋』。
ギルドで登録することでヴァグランツとして認められると紋章入りのプレートを貰う。
ミスティ達の話によれば、このプレートがヴァグランツとしての実績を示すのだという。
「すると、貴方たちはヴァグランツなのかしら」
ミスティの手首に着けられたプレートと、リューフェンの首に着けられたプレートを見る。
同じ紋章が施されているようだ。
「うん!わたし達、南大陸の踏破を目指してるんだ」
それは……途方もない夢だ。
砂漠は歩くだけでも体力の消耗が激しい上に、補給のことを考える必要もある。
強靭な肉体と精神、それにどういったルートで進んでいつ休憩をとるか検討する頭脳も、予想外のトラブルに対応する判断力も必要になる。
「どうして、そんなことを?滅亡都市の研究でもするの?」
「あはは、それはついでに出来ればいいかなー」
ミスティは明るく笑い飛ばした。
「昔より、今どうなってるのかを知りたい。わたしは、知らない事が多すぎるから」
ほんのわずか、ミスティの明るい笑顔の影にひそむ決意が見え隠れした気がした。
「好奇心の塊なのさ、ミスティは」
剣士のリューフェンが総括した。
「それより、気になってる事があるんだけど」
私がそう前置きすると、彼女たちは苦笑して応えた。
「確かに、それについてはボクも気になっていた」
「うん……そうだね。ねー、ルヴィ。いい加減離れなよー」
蒼髪の少女、ルヴィは、未だに私から離れないのだった。
「わたし達も、ルヴィのことあんまり知らないんだ」
なんとか引き離してルヴィを席に座らせようとしながら、ミスティが言った。
「そうなの?てっきり親戚か何かかと思ってたわ」
「つい10日ほど前かな。彼女、波止場でぼんやりしてたんだ。そこでミスティが声をかけて、なんとなくパーティにいる、って感じかな」
リューフェンが甲斐甲斐しくルヴィを席に座らせるために少女の傍でしゃがみこんであれこれしてやっている所を、やれやれといった風に見守っていた。
「あれはびっくりしたよねー。どこから来たの?って聞いても、わかんない、って言うんだもん」
ミスティが笑いながら言う。
「わかんないって……」
「見ての通り、ルヴィはあんまり喋らないからね」
リューフェンが努めて軽い口調で言った。
「でも多分、記憶喪失だと思う」
記憶喪失……。
もしそうなら、大変だ。
ルヴィの親は今、どうしているのだろう。
「ルヴィっていう名前もね、わたしが勝手に付けたの」
ミスティが少し俯いて言った。
「持ち物、なんもなくて。服もね、今は神官服をあげたんだけど、わたしが声掛けた時はぼろぼろの布切れみたいな服だった」
「………」
すぐに親元に返すべき、という言葉を飲み込んだ。
きっと親が誰かが分かっているなら、彼女たちはすぐにでも行動したのだろう。
しかし、こんな状態の少女をたったひとりで放っておく親元に返すのが、果たして良い事なのか?
悪い親、というのも含め、全ては想像にすぎない。
もしかしたら、何かやむを得ない事情があったのかもしれない。
「それでどうすればいいかわかんなくて……とりあえず一人にしておけないでしょ?だから、いまはわたしたちのパーティメンバーってことにしてる」
「ヴァグランツの?それって危険じゃないの?」
私がそう言うと、ルヴィはまた席を立とうとした。
「まあそうだね」
ルヴィをあやすように席に落ち着かせるミスティの代わりに、リューフェンが言った。
「でも彼女からは不思議な魔力みたいなものを感じるんだ。案外、いいヴァグランツになれるかも。ずっと彼女と触れ合っていたソニアも、何か思わなかったかな?」
確かに彼女からは、見た目以上に何か不思議な雰囲気を感じる。
触れてはいけないもののような、とてつもなく大きなもの、というか。
まるで、人が太古から存在している巨石や巨木に対し、自然と畏敬の念を抱くような情動。
(この子、一体……)
「ミスティ」
ふと訪れた沈黙を破ってそう言ったのは、ルヴィだった。
「ん?なーに?」
「おなかすいた」
そう言うのと、ちいさなお腹が鳴くのは、ほぼ同時だった。
(考えすぎかしら……)
みんな脱力して席に座りなおすと、ミスティは店員を呼んだ。
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