第45話:不思議な蒼い少女
出発する前に、私が知っている南大陸のことについて記しておく。
南大陸〈ラッド・サン・シェル〉は、広大な砂漠と点在する都市とで成り立っている乾燥地帯だ。
ただ、砂漠には様々なものが埋もれている事が多い。
その多くは砂漠で干からびた旅人だったりするのだが、稀にもっと大きく、神秘に包まれたものであったりする。
つまり、大昔に存在した滅亡都市。もしくは、その都市から流れた宝物など、だ。
滅亡都市については、多くの歴史家が研究を重ねているが、詳しいことはあまりわかっていない。
そしてもちろん、これらの遺物や遺跡から金目の物を盗もうとする不逞の輩も多く存在する。
だが、そういった者達は首都である〈ゴルド・マグナ〉以南を中心に出没する。
それを心得ておけば、とりあえず大きな災難は免れるだろう……。
§
中央大陸の港町メルフレスから、南大陸の港町ファーネルへの旅路は、驚くほどに順調だった。
レッドフォートへ至る旅と、レッドフォードからカローブルックへの旅ですっかり慣れてしまったことが原因だと考えられる。
途中、何度かモンスターに襲われるものの、撃退。
あるいは、先にモンスターの存在に気づいてやりすごす。
思えば、以前は「公爵令嬢たるもの」といった思考が邪魔をして、行動の幅を狭めていたように思う。
つまり今の私は名実ともに、単なる旅人なのである。
§
エルトには、彼しか出来ない事がある。
やはり、私はそれに専念してもらいたい。
無益な人死にが起こるよりは、その方がいい。
私には何が出来るのだろう?
(ソニアの手記より、一部抜粋)
■
潮風に吹かれて香ってきたのは魚の生臭さであり、聞こえてきたのは水夫たちの豪快な笑い声だった。
(港町っていうのは、こういうものなのかしら?)
南大陸の都市、ファーネルに降り立った私は、驚くやら落胆するやらという心持ちだった。
中央大陸との貿易の要衝であるファーネルは、昔から栄え続け、長い歴史を持つ都市である、という知識しかなかった私にとって、もっと厳かで趣のある光景を勝手にイメージしていたのである。
船を降り立ち、波止場から出て辺りを見回す。
ひとまず、今日の宿をどうするかを考えなければいけない。
ぼんやり都市を眺めていると、ふと、何かが腰のあたりに触れる。
「……?」
見れば、蒼髪の少女がなぜか、私に寄り添うようにぴったりくっついている。
身長が私の腰の辺りまでしかない小柄な少女は無表情で、白い神官服を着こんでおり、腰まで伸びた蒼髪は空のように綺麗だった。
おそらく万人が、儚げな少女という印象を持つのではないだろうか。
ただ、この少女には目を離せない何かを感じた。
「……なに?」
尖った言い方にならないように注意してそう訊ねるものの、少女はただ首をかしげるばかりで何も答えてくれない。
「困ったわね……」
迷子かなにかだろうか?
「……困ってるの?」
そう言ったのは他ならぬ、蒼い少女だった。
「助けてあげようか?」
「……いや、あのね」
なんといえばいいのだろう?
論理的な思考が通用しない相手に手も足も出ないことを痛感させられる。
「あ、いた!もー、探したよ!」
横合いから随分大きな、快活な声がした。
褐色の肌とうねりの強い赤髪をした、これまた美少女だった。
何故か背中には大きな弓を背負っており、動きやすそうな白い旅装の上から皮の胸鎧を着けている。
表情豊かだが、顔のつくりは抜群に良い。……ついでに、発育も良い。なぜか負けた気持ちになってしまった。
「勝手に動いちゃダメって言ったじゃない!探したんだからね!」
「……うん」
「ほんとごめんなさい!うちの子が!」
少女を保護者のように撫でまわしたあと、褐色の美少女はこちらに頭を下げた。
「あ、ええ……よくわからないけど、大丈夫」
うちの子?娘ということだろうか?
蒼髪の少女は見たところ10歳ぐらいの子だが、そんな子供を持つような年齢には見えない。
(……まあ、私には関係ないか)
そう思い、彼女らから離れようとするも、相変わらず蒼い少女はまったく腰から腕を放そうとしない。
「ルヴィ、こら、放しなさい。お姉ちゃんに迷惑でしょ!」
ルヴィと言うらしい蒼い少女は、そう叱られても一向に見向きもしなかった。
「思うに、ルヴィは何か用があるんじゃないかな?そのお嬢様に」
妙にキザったらしい声を発したのは、褐色の肌をした薄緑色の短髪……の、女性だった。
革製の胸鎧を着こんで曲剣を腰に佩いているあたり、剣士らしい。
ハスキーな声色といい、どこか王子様のような雰囲気すらある。
が、その胸が、女性であることを強調してきており、私としては再度負けた気持ちを抱く。
南大陸の女性は、全員発育がいいのだろうか?
「お嬢様、申し訳ありません。お時間は大丈夫ですか?お急ぎの御用事はおありですか?」
どうでもいいことを考えている私に、物腰柔らかく剣士の女性はそう言ってきた。
「急ぎといえば急ぎですけど……」
別に日時を指定しているわけではないし、相手方に来訪を伝えているわけでもない。
ただ、そんなにグズグズはしていられないのは事実であり、どう応えるべきか悩んだ。
「よろしければ、一緒に食事でもいかがですか?ルヴィもそうしたがっています。このコを助けると思って……ね?」
剣士の人はそう言ってウインクしてきた。
なにが、ね?なのよ。もう。
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