第44話:剥がれ落ちる鎧
「黙れ、もう決めたことだ。時間がない」
ジークフリード・レッドフォードは、その見た目相応の冷徹さでエルトを突き放すように背中を向け、立ち去って行った。
判断が迅速であると言うよりは……不自然だ。
「なにか隠してるわね」
私はそう判断した。
ジークは何かを隠している。エルトにも言えない何かを。
「え?ジーク――兄様が?」
相変わらずトボけた表情でエルトが応じた。
「妙だとは思わない?だって、異常事態なのよ?しかもついこの前起きたような事……どう考えても、アンタがいた方がいいでしょ。戦力的に」
「うーん……」
エルトはポリポリと頭を掻いて、腕組みをして考えた。
「兄様の剣も、相当なモンだと聞き――いや、相当なモンなんだけどね」
「重傷だったのよ?本来はひと月かそれ以上の療養が必要なはず。それを押しての旅なのよ」
「つまり、ジークは戦えないことを承知でカローブルックを守ろうとしてるってこと?」
「更に言うと、エルトの手も借りられないってこと」
私はそう断定した。
「……そういえば、グスタフ兄様も忙しそうにしててロクに話もできなかったなぁ」
「そうね……何か聞いてない?」
「何も……ただ、ジーク兄様と連日、夜な夜な軍議らしき事をしてたとは聞く」
「……グスタフとジークが一緒になってやろうとしてる事、か」
「悪い事ではないと思うんだけど……」
エルトは抗弁してきた。
彼の気持ちはわかる。急に身内のことを疑われているのだから。
軍議というのもまったく真っ当な仕事であり、疑う材料としては弱すぎる。
なにより、何に対しての疑いなのか、私にもわからない。
「でも、秘密は秘密よ」
身内の不自然なほど急な豹変は、私にも覚えがある。
それに対する答えはまだ出ていない。だからこそ、無視してはいけない気がする。
「エルト。私、一人でメルフレスに行く」
一瞬の閃きに身を委ねるように、思いついたことを提案する。
「え!?」
当然というべきか、エルトは大変に驚いてみせた。
「嫌な予感がするの……ここも、ひょっとしたら廃墟になってしまうかもしれない」
「それなら、少し出発を引き延ばしてくれたら……」
慌ててエルトが代案を出した。
そう、きっと彼なら数日でカタを着けられる問題だ。
この周辺に出てくるモンスターであれば、大した事は無い。
レッドフォードに出没するモンスターと比べると、羽虫も同然だろう。
「この状況も、ブラックロッドの所為なんでしょ?」
「……おそらく。一度、あいつが激高したとき言ってたことがある」
『〈ユルティム〉の細胞で強化されたモンスター達を、そう易々と倒せるものか!』
「すぐにでも、その〈ユルティム〉が何なのか調べなきゃいけない。そのためには、グズグズしてられないの。ここだけじゃないかもしれないでしょ?ひょっとしたら南大陸も被害を受けてるかもしれない」
「調べる目途は立ってるの?」
「一応ね。話を聞いてくれるかどうかは微妙……どころか十中八九、門前払いでしょうけど」
「どうする気?」
「魔導公――ロフェリア様なら、何か分かるかも」
世界最高の魔法使い、ロフェリア・ハーリュヴェル様。通称魔導公。
世界でも魔導公を名乗れるのはたったの一人。
会った事も無ければ、教科書の中でしか見ない人物。
でも、元・公爵家令嬢という立場と、あともう一押しがあれば、もしかすれば話ぐらいは聞いてもらえるかもしれない。
「ああ、あの」
エルトは見知った人物の顔を思い浮かべたかのように、虚空を見つめて相槌を打った。
「なに?まさか、会ったことあるの?」
「え!……いや、まさか。その、すごい人物だし、ね?」
なぜかエルトは慌てて否定した。
なにが、ね?だ。まったくもう。
「私、正直に言うとね。南大陸に行って、そこで何かが解決するとは思ってないの」
「知り合いにブラックロッドのことを教えるって言ってたね?」
「うん。でも本当は、今回の事で協力してもらえないかお願いしにいく。ロフェリア様に話をするために、お口添えが欲しいだけ……貴族娘らしい、権力を笠に着たやり方でしょ」
後ろ暗い気持ちが、つい口から漏れ出てしまう。
私は何を言っているんだろう。
どうしてエルトにこんなことを言ってしまうのだろう。
そんなことない、とか否定して欲しいのだろうか?
(私は卑怯者だから)
お父様に家を追い出された時も、何も考えなかった。
いつか、いつの日か、なんのかんの元通りの暮らしができると考えて。
周囲の視線が怖くて、出来損ないの烙印が怖くて、将来何者にもなれないかもしれない事が怖くて……。
「すごいね、ソニアは。そんなことまで考えてたんだ」
「……え?」
予想だにしていなかった一言だった。
「いや、俺もロフェリア様の事は……その、そう!名前だけは知ってたんだけど、そこまで頭が回らなかった」
「……」
「で、ソニアはロフェリア様を頼るっていう『結果』に行き着くために、ここまで論理的に『どうすればいいか』を考えたんだろ?すごいよ、それは。中々出来る事じゃない」
「……そうかしら。結局、私がやるのは他人にお願いすることだけよ」
「しかも、思いついた後、行動しようとしてる」
「……思いついたからでしょ」
「だから、すごいんだよ。世界の誰が何と言おうが、ソニアはすごいよ。俺が保証する」
「……何回言うのよ」
心の中にある何かが、剥がれ落ちた気がした。
それの正体は、わからない。
いいや、わかってやるもんか。
頬を伝う何か熱いものを隠すために、ジークがそうしたように、私もエルトに背を向けた。
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