第43話:予定外

 都市カローブルックは、中央大陸の都市の中では小規模だ。

 だがそれは、『中央大陸では』の話。


 地獄とまで称された辺境のレッドフォードなんかと比べると、人の多さ、そして人家の多さに感動してしまう。

 市場は人で賑わい、店で店主と何か話している男に、立ち話に花を咲かせる女たち。子供たちは追いかけっこで遊んでいる。


 いずれも、レッドフォードでは見れなかった光景だ。



「活気がないわね」

 ただ、まるで俺の内心を見透かしたうえで言下に否定するかの如く、ソニアが言った。



「え?そうですか?充分賑やかだと思いますけど……」


「レッドフォードと比べればそうだけど……表情とか話の内容とかで分かるでしょ?」


 そうか……そこまではわからなかった。

 しかしソニアはすごいな、なぜそんな細かい所まですぐにわかるのだろう。



「エルト、これからフォウルズ卿の所に行き、挨拶を済ませる。一応お前も来い」

 ジークがさらりと言ってきた。


「はい、わかりました」


 正直言うと、行きたくない。


 行きたくないけど、行かなかった方が問題だ。

 行って無礼だった方が、行かなくて無礼だった時よりかは言い訳が立つからだ。

 なけなしの社会性が出たような気がして、自分に腹が立つ。



「あのぉ!!」



 ふと、突然大声での呼びかけが聞こえた。

 街のトラブルか何かだろうか?


「あのぉ、すみません!」


 掴みかからんばかりの勢いで、茶髪の青年がいきなり俺に寄ってきた。



「え、俺?は、はい。なんでしょう?」


「ひょっとして、どこかの騎士サマですか!?」



 騎士様……というと、そうだけど、ちょっと違う。

 いや、そうか。騎士長とやらになったんだっけ?それは騎士なのか?それとも指揮官なのか?


「キミ……一体誰だ?」

 横合いから呆れたように、ジークが言った。


「……あ!す、すみません……えっと、その、ボ、ボクは……」


 よく見ると整った顔立ちと、金糸を用いた模様が入ったコート……。


(貴族っぽいな)



「ボク、その、ジェラール・フォウルズと言います。あの……」



 ナリはいいのに、俯きながらどもり、貴族らしくない。

 貴族らしくなさで言えば俺も負けていないが、彼はまた異なるタイプのようだ。



「た、たす、助けてください!お願いします」



 彼が苦労して出した一言は、まるでゴブリンに襲われた村人みたいな言葉だった。



 ■



「まず、その、説明させてください」


「あ、うん。よろしく」


 何故か、代表して俺が主体となって、ジェラールから話を聞くことになった。

 ジークはイケメンが過ぎてちょっと話しづらいところあるし、ソニアにこの役目を押し付けるわけにもいかないし、消去法で俺なのだ。……たぶん。


 お互いにぎこちない挨拶の後、彼が説明できるまで二十分。

 説明を聞き直すのに二十分。

 認識違いを正すのに十分。


 ――約一時間を要した。



 話を要約すると、こうなる。


 兵を率いて出撃したアーディン・フォウルズ伯は、這う這うの体で戦場から帰ってきた。

 彼に従っていた兵士たちは、一部の者達しか戻ってこなかった。


 街に迫っていたモンスターの状況は不明。

 フォウルズ伯は現在意識を失い、自宅にて傷を癒している……。



「つまり、アーディン・フォウルズ伯は……負けちゃったの?」


「恐らくは……。でもそれも、よくわからないんです……」


「意識不明かぁ……ケガはどうなの?魔法で治せない、特殊な傷とかは?」


「そういうのは無いそうですけど……なんていうか、心の方が心配で……」


 心の方?

 負けた事が相当なショックだったのか、それとも苛烈な戦場経験で精神を病んでしまったのか。


 人間を相手にした戦争ならどちらも考えられる。

 でも相手は下級モンスターだし、可能性としては前者の方がありえそうだ。



「モンスターが集団を形成して、街を襲うか……」

 ジークが呟いた。視線は空の上だった。


「とても信じられない話だとは思いますが……」


「いいや、そんなことはないさ」

 抗弁しかけたジェラールの言葉を遮り、ジークは言った。


「どうも、アーディン伯には無理をしてでも挨拶せねばならんらしい」

 口の端を吊り上がらせたジークは悪い笑顔をしていた。



「私はどうすればいい?」

 それまで一言も口を利かずに黙っていたソニアが言った。


「ソニア様、申し訳ありませんが予定を少し変更します」

 さっとソニアに向き直ったジークは仏頂面で言った。



「頼りない護衛で大変申し訳ありませんが、エルトと共に港町メルフレスに向かってください。ここで起きた事は私がなんとかします」


「え、兄様!それじゃ……」

 ジークが一人で、カローブルックのモンスター群に立ち向かうということだろうか?


 それとも、騎士団を率いて戦うのだろうか?

 どちらにせよ、それではジークが……。


「黙れ、もう決めたことだ。時間がない」

 ぴしゃりと言い放つと、ジークは二、三の言葉を交わし、何回か振り返ってくるジェラールと共に、街中へ消えていった。


 ジークは一度も振り向かなかった。

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