第42話:愚策

 アーディンが議場の席に戻ると、弱り切った貴族達は一斉に視線を送ってきた。



「諸将、お待たせした」


「フォウルズ伯。正面衝突の愚を犯すつもりはありますまいな?」


「ほう、ルース卿には何か策がおありか」


「いや……と、とにかく、ここはいたずらに突出するのではなく、慎重な用兵こそが肝心かと……」



(慎重な用兵?)


 具体的に何をどうするというのか。


 要は何も発言していないのに等しく、つまりは自分の兵を失いたくないだけなのだろう。

 誰も彼もがそうなのだ。無駄に人命を失いたくない。


 だが、いつかは必ずぶつかる時が来るのだ。その時、背後の市民を守るべき盾として、モンスターどもの前に立たなければならないというのに。


 だが、逃げようなどと言うことはできない。彼らにも面目というものがある。

 ろくな代案が無ければ黙っていろ、と言いたくなるのをぐっと抑え込み、議場を見渡す。



「彼の言う、について、具体的な手順に落とし込める者はいないか?」



 誰も手を挙げず、下を向いてしまう。実戦経験の無さが浮き彫りになっていた。



「失礼します、閣下!戦場の物見兵から伝令です。モンスター群が前進しております!」


「なんだと!?」

 それに反応したのは周囲の貴族たちであった。目に見えてうろたえている。



「どうやら、時間は差し迫っているようだ」

 アーディンはそう前置きした。


「いかがだろう、諸君。ここにひとつ、国王陛下の使者と名乗る人物から授けられた策があるのだが……」


 嫌な予感を抑え込みつつ、アーディン・フォウルズはひとつの決断を下した。


 ■


 都市郊外に集まった兵たちを見回すと、怯えた者、あくびをしている者、妙に熱っぽくこれから掲げる武功について話す者、様々だった。


(これでは、寄せ集めではないか)


 都市が平和であるということは、よほど厳しい訓練をしなければ兵たちは簡単に衰えるということを、アーディンは思い知った。

 ただ、300という頭数は事実、何物にも代えがたい武器であった。



(寄せ集め、といえば……)


「集まりましたかな?」


 まるで最初からそこにいたかのように、黒衣の魔術師は背後からぬっと現れた。


「と、とりあえず前哨部隊は集まりました」

 動揺を隠しながらアーディンが応える。


「遊撃兵や支援部隊はこれからですが、ひとまず強化魔法は彼らにお願いしたい。よろしいですかな?」


「ふーむ……」


 ブラックロッドはいかにも興味ありげに顎に手を置いて、兵たちを値踏みするように見回した。

 ローブからのぞいた病的なまでに細く白い手と、ぎょろりと剥く目がアーディンの嫌悪感を呼び起こす。



「ま、とりあえずは彼らだけでいいでしょう。どのみち大差はないですしね……」

 ブラックロッドは小さな声でぼそり呟いた。


「アーディン様!すみません、こちらへお願いいたします!」

 突如、兵士がアーディンを呼び止めた。

 それはつまらない用事だった。一部の小隊の人数が不揃いなのでどこかの部隊から融通してほしいだとか、作戦手順の再確認だとか、どこそこの部隊で体調不良者が出ただとか。


 先ほどの言葉、その真意を確かめることも出来ないまま、アーディンは雑務に忙殺された。



 カローブルック近辺に生息しているモンスターは臆病で非力だが数の多いゴブリン、近付くまでは普通の植物と見分けがつきにくいダンスリーフなど、下級のものばかりだった。

 常識的見地に立って考えれば、正面衝突しても一方的な敗北はないはず。



 まず、前面に重装兵部隊を展開し、敵をなんとかして受け止める。

 側面に軽装の遊撃部隊を配置し、敵の側面、または背後を突いて攪乱。


 そして、主力としてカローブルック魔道兵団を重装兵の背後に配置させ、いつでも援護攻撃をさせる構えを取る。


 アーディンの采配はまったくもって基本に忠実であり、教本通りの戦略だった。


 念のためアーディン自身は全軍司令官として魔道兵団を直卒。

 決定的戦力である魔道兵を率い、前線に対しての直接指揮を執る事とした。



 誰恥じる事のない指揮官であり、貴族であることを知らしめるため、アーディン・フォウルズは兵と共に出陣した。


 ■


 出立後、数時間。

 カローブルックの東平原に、進撃しつつあるモンスター群が接敵するのにもう間もなくだった。


 どれだけ気を遣っていても、司令官は直接戦闘には関われない。

 全軍を指揮するのだ。そんな暇はない。

 いまも、右翼側の遊撃部隊が少し突出しすぎている事に対して、考えを巡らしているところだった。


 なので、気づくのに遅れた。


「アーディン様。前線の重装兵、様子がおかしくありませんか?」


 副官に言われ、初めて重装兵を見る。

 最初は、その違和感が分からなかった。


 が、数秒経ってようやく気づく。進軍速度があまりにも速すぎる。

 これでは、背後から支援するはずだった自分達が置いていかれてしまう。


「なにをしているのだ!?前線でなにがあった!」


 喚き散らすように手近にいた参謀たちに聞いてみたものの、彼らも状況を把握していないようだった。


「まだ、なにも……これから、モンスター達と接敵するというのに、一体……」


 参謀たちは、慣れない戦場ということもあって、不安に震えていた。


(功を焦ったか?)

 実に重装兵らしい理由を思い浮かべたが、すぐに打ち消す。


(いや、元々士気に不足のあった部隊だ。そんな元気は無いはずだ……)



「アーディン様!重装兵、敵モンスター群と衝突しました!」

 斥候が戻り、大声で報告した。



 大きな不安と共に、カローブルック攻防戦はこうして開戦した。

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