第48話:砂漠の女性たち
砂漠での旅路は、日中は日射と照り返しとの戦いであり、夜間は凍えるほどの寒さとの戦いとなる。
そのため、砂漠の人達は熱くなってしまう金属鎧や取り回しの悪い大型武器よりも、革製の鎧や軽い武器を好むのだそうだ。
足りない威力は魔法で補うのが、砂漠を拠点に戦うヴァグランツの定石らしい。
しかし、魔法の効かないモンスター、通称オーバードによって、そうした定石で戦うヴァグランツを蹂躙しつつある。
(ソニアの手記より、一部抜粋)
■
港町ファーネルを後にした私たちの前には、地平線の彼方まで続く広大な砂の大地が立ちはだかっていた。
しかし、砂とばかり格闘してはいられない。
モンスターもいるだろうし、オーバードもいる。
だが、首都の人たちにはどうしても中央大陸の異変と、ブラックロッドのことについて伝えなければならない。
そして、もしかすれば、私の謎についても分かるかもしれない。
「先頭はボクが歩く。ソニアはボクのすぐ後ろをついてきて」
「ソニアの後ろはわたしが守るからね!」
陽炎が揺らぐほどの灼熱の中、リューフェンが勇ましく先頭に立ち、ミスティは天真爛漫に最後尾でそう言った。
彼女らの顔に、暑さに対する感情は一切見受けられない。
やはり砂漠の民は汗をかきにくいのだろう。私も早く慣れる必要がある。
「ここから〈ゴルド・マグナ〉にはどれぐらいかかる?」
私がそう聞くと、リューフェンは少し考えてから言った。
「そうだね……ま、三日ぐらいかな」
三日も掛かる、というべきか。三日程度で到着すると喜ぶべきなのか。
見渡す限り砂しかない現状では、どう言うべきか迷った。
「熱くないかい?」
リューフェンが気づかわしげに言ってきた。
もちろん直射日光と、照り返しは暑い。
が、そういう質問ではなく……。
「………」
ひっしと腰の辺りにくっついて離れない、ルヴィのことだった。
「……ルヴィ、まだ離れないねー」
後ろでミスティが苦笑している。
とはいってもその手には弓が握られており、異変あり次第すぐに臨戦態勢へ移るようだった。
私の持つ白銀の槍も断熱性の高い皮(のようなもの)を巻いてくれて、砂漠で持てるようにしてくれたのもミスティである。
その手際はまったく見事なもので、旅慣れた様子といい、本当に私が必要だったのか疑うほどだ。
「ルヴィ、なにかあったらソニアから手を放して、わたしたちの後ろに隠れるんだよー?」
「……うん」
「よしよし」
ルヴィの短い返答に満足したのか、ミスティがルヴィを撫でまわす。その度にルヴィの透き通るような蒼い髪が揺れ動く。
(目立つと思ったら、そうか。この子だけは肌が色白で、蒼い髪だからか)
砂漠の民は基本的に褐色であり、髪色は赤、緑、黒が主流である。
浮いているように感じたのは、私と同じく肌色と髪色が違う事に由来しているのかもしれない。
(でも、この子の奥底に感じる得体のしれないものはなんだろう……)
リューフェンは、ルヴィに感じる不思議な雰囲気を『魔力』と言ったが、本当にそうなのか?
現状では一番それに近い気はするが、どうにも答えが出ない。
しばらく考え事をしても答えが出るわけもなく、そして歩いても歩いても風景の変わらない景色。
「ソニア。水、飲む?」
ミスティが心配そうに言ってきた。
「ええ……もらえる?」
気丈に振る舞う余裕すらなく、私は厚意に甘えた。
「まっかせて!」
ミスティは得意げに言うと、持っていた革袋に魔法を込めた。
革袋はみるみる膨らんでいき、その重みを増していく。
(〈水〉属性の魔法……)
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
何の衒いも無く魔法を使われ、私は小さく返事をして革袋を受け取った。
分かっている。
彼女には、何の悪意も無い。いやそれどころか、善意しかないのだ。
私が魔法を使えなくなった落ちこぼれであるなどと、思っていないのだ。
なのに、彼女に対するどす黒い感情をどうしても拭い去ることが出来ない。
そして、その厚意に甘えている自分に対しても。
「ソニア、大丈夫?休憩しようか?」
ミスティが言ってきた。
「いいえ……大丈夫。今日の予定地点まで行きましょう」
「砂漠は大変だよ。わたしたちだって慣れるまで何年も掛かったんだから仕方ないよ」
私の言葉を、気遣いと捉えたのだろう。ミスティは私の肩に手を置いて言った。
「本当に無理だったら言うわ……お願い」
私がなおも拒むと、ミスティは笑って一歩引いた。
「わかった。約束ね」
「ミスティ、ボクにも水をくれないか」
リューフェンが革袋を差し出し、気まずい沈黙を破った。
「はーい」
ミスティはその革袋にも魔法を込めて、また水で満杯にしてしまう。
(以前であれば……)
私も以前であれば、それぐらいは魔法具なしで出来た。
空気中の魔素を変換し、異なる属性にして物質化する。
理論は単純ながら、修練が必要な作業。
こと砂漠という環境においては、どれだけ重宝することか。
「考え事かい?」
いつの間にか隣を歩いていたリューフェンが言ってきた。
「……まあね」
曖昧に返し、ごまかした。
「それより、方角は大丈夫なの?なんの目印もないけど」
「ああ、大丈夫だよ。こう見えても〈ラッド・サン・シェル〉の大きな都市や遺跡だったら、どこからでもどの方向へ行けばいいのかわかる。ボクの数少ない特技なのさ」
「どうやって?砂漠は風と流砂ですぐに地形が変わってしまうって聞くわ」
「その通り。だけど全部が変わるわけじゃないし……目印は他にもある」
彼女はそういって、上を指さした。
上には、青い空が広がっており、白い雲が流れ、眩い太陽があったが、それだけだ。
「あ、そうか」
私がそう言うと、リューフェンは軽くウィンクした。
「そう、太陽が昇る方向と沈む方向でも、方角はわかる。こればかりは、どれだけ風が吹いても変わらないからね」
……軽く言うが、それだけでこの大砂漠の中、どの方角へ行けばいいかわかるのだろうか?
(私なんかより、よっぽど謎が多い気がしてきたわ……)
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