第21話:顕現

「〈滅閃・走駆〉!」


「グァァァァァァァァァ!!」



 相変わらずの〈滅閃・走駆〉走法でモンスターの間をひた走る。


 この剣技〈滅閃・走駆〉は走り抜けたあと、効果範囲内にいる敵にダメージを与えるというシンプルなものだ。

 これがとてつもなく便利だった。


 特に、相手がこんなに密集していると、いつ発動しても絶対にダメージを与えられる。


 しかも、ここからが重要だ。

 走り抜けた後、移動先に敵がいた場合、そいつも通り抜けてダメージを与える。

 更にその移動先に敵がいたらそいつも通り抜けてダメージを与える。


 密集したモンスター群、そのど真ん中で使ったらどうなるのか?

 何十、何百体で軍集団を形成しているモンスターが一斉に血染めの華を咲かせたように体液を吹き出し、倒れる。


 こいつはすごい。すごい爽快感だ。


 ソニア嬢も守れて、一石――何鳥だ?数えきれん。


「ソニア様!」


 振り向くと、なんとか馬を走らせてこちらに駆け寄ってくるソニア嬢がいた。

 表情は疲労で満ちていた。

 こんなに馬を走らせたこともないんだろうなぁ。かわいそうに。



「ソニア様!大丈夫ですか!?」


「なにも大丈夫じゃ……ないけど……?」


 息も絶え絶え、といった風だが、冷静なツッコミが返ってきた。


「ソニア様……大丈夫じゃないところ、すみません。あの火災ですが……」


「大きな建物が燃えてしまっているようね」

 呼吸を整えたソニア嬢が言った。


「はい。おそらく、グスタフ砦です」


 グスタフ砦。

 グスタフ・レッドフォードが建築したとかいう対モンスター用の砦。

 俺はこの目で見たことが無い。なにせ、ゲーム開始後には廃墟になっている。


 つまり、これから廃墟になるということは、ゲーム的にはこれからがプロローグの部分なのだろう。


 成り立ちやその存在意義などをオタク特有の早口でまくしたてたい、という欲求はあるが、それよりも大事なことがある。


「ソニア様。勝手を言って申し訳ございませんが、このまま屋敷にお戻りください。俺――いや、私は砦に向かいます」


「どうして?」


「グスタフ――兄様が、おそらくはあの砦で戦っているはずです」


「手遅れとは思わないの?もう、火の手が回っているのに」


 それは事実だ。

 俺が火災現場に行って出来る事は無い。魔法も自前では使えないわけだし。

 死体がひとつ増えるだけの可能性が高い。


「戦局的には手遅れでも、兵士一人の命だけでも救えれば……いや、救わなくてはいけないのです。彼らはレッドフォードの兵ですから、こういう時のために貴族ってのは良い飯を喰わせてもらっているので」


「……貴族、か」


 ソニア嬢はぽつりとこぼした後、短くためいきをついた。


「わかった。私は行っても足手まといのようね。先に屋敷に向かいます」


「ありがとうございます、すみません」


「でも、生きて帰ってきなさいよ。お詫びをしたいと思ってくれているなら、ちゃんと面と向かって話しなさい。ああ、それと――」


 なんのかんの、こちらの心配までしてくれているようだった。

 ソニア嬢は何かを言い残し、馬に乗せている荷物を探っている。




 その時だった。

 右目が、焼けるように熱い。


 負傷したか?

 思わず右目を閉じ、手で顔の右半分を恐る恐る触ってみる。


 外傷はない。

 切り傷もなければ、火傷でもなさそうだ。


 しかし、未だにじくじくとした痛みが収まらない。


 身体の奥底から、熱い何かがせりあがってきて、全身に熱が伝わってくる。


 いつの間にか、右目に感じていた痛みは熱さに変わっていて、何とも言えない心地よさすら感じていた。


「な……なんだ、これは……」


 右目を押さえる。

 なにか、得体のしれないものが湧き出てくる。そう思った。


 ソニア嬢が何か、青い杖のようなものを持って、こちらに寄ってくる。

 反射的に俺は叫んだ。


「来ては駄目だ!」


 ただごとでないと察したのだろう。ソニア嬢はびくりとしたものの、ゆっくりとこちらに寄ってきた。


「どうしたの!?やっぱり、さっきの滅茶苦茶な戦闘でケガを――」


 心配してくれているソニア嬢を遮って、なるべく大きな声を出そうとした。


「は、はやく、屋敷の方に――」


 最後の方は尻すぼみになって言えなかった。


 身体の中に、マグマのように熱いものが煮えたぎっている感覚に耐えられない。

 ソニアが俺の右手を指さして何かを言っているが、何も聞き取れない。



『――奴が近い。後は任せろ、盟友』



 誰かがすぐ近くで言った。

 ソニアではない。

 人間の声でもなかった。


 眼前が真っ白になり、そこで俺の意識は途絶えた。

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