第22話:覇王と魔術師
雪に閉ざされた北の大陸クリスタルハイランド。
マナも少なく動植物も少なく、凍死者に次いで餓死者が多い「死の大陸」。
その過酷な大陸の、ある寒村で生まれ育った少年がいた。
彼は類まれなる剣の才能、そして魔法の素質を秘めていた。勇気にも事欠かなかった。
彼が15歳のとき、呪殺魔法・破壊魔法によって各地に甚大な被害を及ぼした高難度モンスター「デュラハン」をたった一人で倒した時、彼は自身の運命が始まったことを悟った。
中央大陸のある貴族が彼の噂を聞き、自身の護衛兵士にスカウトしたのだった。
彼が初めて中央大陸の首都〈セントクライス〉に降り立ち、クリスタルハイランドとの違いを目の当たりにしたとき、彼の心に去来したのは憧憬や羨望などではない。
絶望だった。
政治劇に没頭する貴族も、他愛も無い話で騒ぐ市民も。
誰一人、明日の飯、今日をどう生きるかなど悩んでいない。
みな、当然のように生きていた。
そして、彼はひたすらに努力した。
幼い頃からの『夢』に向かって邁進し続けた。
北の大陸をも救える王となり、統治する。
高潔ではあるが、険しく遠い道だった。
自身の才能に驕ることなく、日々鍛錬に励み、実戦を厭うことなく、剣と魔法を駆使して全ての敵をなぎ倒した。
信頼を得るにつれて、モンスター討伐だけでなく、汚れ仕事までやらされるようになった。
しかし、彼は折れることなく励み続けた。
苦労と研鑽の末、彼は更なる絶望に包まれる。
どれほど勇名を馳せようと、どれほど要人暗殺に手を染めようと。
平民は貴族にはなれない。
王にはなれない。
絶望を抱いていた彼の前に、ある魔術師が囁いた。
「貴方の夢を叶える方法があります。それは、現国王を打倒し、新たな王となることです」
つまり、国家への反逆。
ブラックロッドと名乗る怪しげな男が語るその手段はあまりにも巨大で、馬鹿馬鹿しく――そして、魅力的な提案だった。
「それを、俺一人で出来るとでも?第一、お前は何だ?」
「ええ、できますとも。それを可能とする秘策がございます」
彼の鬱屈した闇をどこで知られたのかはわからない。
だがそんなことはもはやどうでもよい。
彼は〈覇王ヴァルゼム〉。
人も魔も超越した存在となったのだった。
ヴァルゼムは
黒く輝く鎧に、鮮血のように赤いマント。
人ならぬ力強さ、魔とは思えぬ魅力を纏う絶対者がそこに存在していた。
火の粉が舞い、焦げ臭さが鼻を突く。
彼の見たところ、戦闘前の破城攻撃は成功しているようだ。
「砦への攻撃はどうなった?」
傍らの魔術師に語りかける。
「はい、ヴァルゼム様。レッドミノタウロスによる砦の無力化は成功しました。じきにグスタフ・レッドフォードも砦から出てくるでしょう」
モンスターを操って兵隊にする。
ブラックロッドの提案は相変わらず突拍子もなく馬鹿馬鹿しかったが、それでも現実に種々様々なモンスターどもが思うように動いている。
それでも、制限はあった。
号令一下、陣形を整えるというような真似はできず、あそこへ行けだとか、あれを攻撃しろといった、わかりやすい命令をすることしか出来ない。
それに、命令した後、極端に知能が落ちることも散見された。
指示した地点へ一直線に移動して、あらん限りの力をもって攻撃する、というのが精一杯のようだった。
もっとも、それだけで恐るべき破壊力だが。
「ヴァルゼム様。前衛のレッドミノタウロスがいよいよ攻撃を仕掛けるようです」
目を閉じ、両手を広げてなんらかの魔法を使っているらしいブラックロッドが言った。
おそらく、『異界の魔法』を使って遠くを監視しているのだろう。
この世界には、そのような魔法はない。
だが、このブラックロッドは今まで聞いたことも無い魔法を色々と使いこなすことができる不可思議な男だった。
どこからそのような力を得たのか、ヴァルゼムは以前に一度聴いたことがあった。
「異界の者ですよ。私にはね、ヴァルゼム様。異界の者が力を貸してくれているんですよ」
ブラックロッドは〈異界〉とやらと繋がっているらしく、その〈異界〉はこの世界とは異なるおぞましい強大なモンスターが存在しているそうだ。
「本当は、異界のモンスターをけしかけたいところですな」
目を閉じながら、ブラックロッドは低く笑いながら言ってきた。
「やはり、強いのか」
「それはもう。それともう一つ」
「なんだ?」
「異界のモンスターには、この世界の魔法が一切通用しないんですよ。とても強力でしょう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。