第9話:兄との邂逅・グスタフ編
―――光が収束する。
気が付くと、そこは特殊ポータルのある洞窟付近。
森のただ中に立ち尽くしていた。
剣も衣服もボロボロ。焦げ臭く、ところどころの切り傷と擦り傷、打ち身が痛む。
「どれぐらい戦ってたんだ……」
よろめきながら、森の中を歩いていく。さすがに、もう狩りは中断せざるを得ない。
迷いなく森を出ると、清々しいほど白く、朝日が降り注いでいた。
うん、もしかして朝までやってたのか?いやいや、そんなはずは。
あんまり考えないようにして、草原の中を細く横切る道を歩く。
不思議なことに、疲労はほどほどで、気怠さは全く感じなかった。
―――そうして数時間。
遂に、赤い屋根が特徴のドでかい屋敷がはるか彼方に見えてきたのだった。
「わかりやすいよなぁ」
レッドフォード家の屋敷は広大だ。
遠くからでもよく見える赤い屋根から派手さを感じさせるが、内装はそれほど華美でもなく、むしろ石造りのがっしりした造りとなっていたように思う。
一応、屋敷内のレアアイテムがある位置だけは覚えている。
「俺の知識、偏ってるなぁ……」
設定上とはいえ、いまから実の兄と話すというのに、まったく役に立たない知識しかない。
こんなことなら設定資料集とかもうちょっと読み込んでおくべきだったかなぁ。
「―――エルト!おぉい!エルト!」
背後から大声で呼びかけられ、びくりと肩を吊り上げてしまう。
振り向くと、大勢の兵士を率いた、栗毛のでかい馬に乗っている戦士風の男が嬉しそうに駆けてくる。
あの背中に担いだ大剣、筋骨隆々な身体つき、目元の傷跡、撫でつけられた真紅の短髪。
間違いなく、グスタフ・レッドフォードだ。
いやそれより。
(馬の威圧感すげぇ……)
馬から降りてくれないと、会話どころでもなさそうだ。
「おいエルト、こんなところで何をしている?」
親し気に話しかけてくる兄――グスタフは近くで馬から降りて、喜色もあらわにそう言った。
なにを嬉しそうにしてるんだ、この人は。
「えっと」
何をしているって?
「稼ぎ」です。必須剣技の7割覚えました。ドラゴンとも戦いました。専門用語を連発されました。
とは言えない。
「その、モンスター討伐をしていました」
「なんと!お前のその佇まい、なにがあったかと思ってはいたが」
俺の言葉に、グスタフは嬉しそうに言葉を続ける。
本当に、何を嬉しそうにしてるんだ?弟がボロボロになってるのを見て不審がらないのか?
「まさか単独でモンスター討伐が出来るようになっていたとはな!そうかそうか――――お前も、レッドフォード家の男なのだな」
いや。
違うんです。
そんな真っ当に努力してる人ではないです。
なんか嬉しそうだとは思ったが、弟がモンスターを討伐できるようになったらしいことが嬉しいのか?
そういやそういう家系だったな、ここは。蛮族というか、荒くれというか。
「いえ、兄上。そうではなく――いやそうなのですが、なんといいますか」
「なんだなんだ。照れる必要は無いぞ!モンスター討伐は武人の誉れ。しかし供もつけず単独とはな」
「……単独で狩れるものしか相手にしてませんので」
嘘ではない。
さっきから、俺は嘘は言っていない。
だが、どうしてか誤解が一人歩きして地平線の彼方へ飛んで行っている気がする。
「ジークもお前の事を心配していた」
その言葉には少し驚いた。
「お前を家に置いておくのが心配だとな、しかし、その心配も無用だな」
「い、いえいえ」
ああ、そういう心配ね。
「正直言うと、自分は兄様達の足手まといですから」
「……いつになく殊勝だな、エルト。いつもお前は言を濁していたが」
「うっ」
え、そうなんだ。
転生前のエルトリッドがどんな人生を送っていたか、俺はよく知らない。
いきなり以前とは異なる言動を見せてしまったようだ。不自然と思われるか……?
戦々恐々と身を縮こめていると、グスタフは俺の身体を、頭から足先までを視線で見まわした。
上位種らしき竜との戦闘で、ボロボロになっているのを嫌でも意識してしまう。
今にして思うと不審な点だらけだな。
「やはり、血は争えんな」
意味深な言葉と笑みを浮かべ、グスタフは部隊の元に駆け戻り、馬を飛ばして道を行ってしまった。
特に何も咎められなかったのはいいが。
「俺の事、置いていくんかい……」
さびしい一人ツッコミは、爽やかなそよ風と共に流されていった。
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