第4話:特訓、開始

 エルトリッド・レッドフォードがウィズダム戦記でどんな人物か?

 シンプルに答えると、モブキャラである。

 そう、確かこいつ―――というか俺の―――家であるレッドフォード家は、いわゆる辺境伯なのである。

 モンスターの蔓延はびこる荒地を任された、代々が戦士の家系。


 これだけ言えば誇り高い騎士を連想するかもしれないのだが、作中では武力ガン押しの印象が強い。

 モンスターが出た?じゃあ倒しに行こう!と当主自らが出陣するような家系だ。


 序盤でモンスターに家をやられて自然消滅するから、その他の印象はあんまり無いというのが本音である。


 ちなみに強いのは長男のグスタフ・レッドフォードであり、彼はマジモンの戦士だ。剣より斧が似合う、偉丈夫……というよりはゴリゴリのマッチョ鎧マンだ。

 次男のジークフリード・レッドフォードはどっちかというと頭脳派のイケメンである。ちょっと嫌味ったらしいが女性には優しい(それがまた腹立つ)。


 で、三男のエルトリッドくんはどうなのかというと、あんまり作中で活躍がないため、情報すら無い。

 ひとつ言える事は、強いとか賢いみたいなエピソードは無かった、ということだ。



「序盤で行方知れずになってモンスターになるんだっけなぁ……」



 レッドフォード家は確か、オープニングどころかプロローグの時点で滅んでいたような気がする。

 兄の二人は立派に戦って戦死してたような気がするが、エルトリッドは明確に語られないものの、行方知れずの末ザコいモンスターに変化した説があったが、真実はどうやら分からない。


 ただ、レッドフォード家がどこでどうやって滅んだかは覚えていない。

 これだけやりこんだ俺でさえ覚えていないぐらいメインストーリーに関わらないような土地なのだ。


 なんで滅んだかって、モンスターが多すぎるのが原因だった気がするが……。


 …………考えるのが面倒になってきた。


「なにがなんだかわかんねえけど、とりあえずゲーム開始!ってところか」



 エルトリッドとなってゲームを開始したと思えば、自然と頭が回転し、身体が動いた。

 いつもこうだった。

 現実で仕事をしているとろくに働いてくれない頭も、ゲームを起動してキャラを動かせば攻略順序やキャラクターの強化プランが頭に思い描かれる。


 今回のプランは――とりあえず中堅クラスぐらいまでは強くなって、あとは適当に隠居しよう!

 覇王とかモンスターとか、できればあんまり関わりたくない。

 だがウィズダム戦記には、主人公がいる。

 この世界がゲームのシナリオに忠実であれば、きっと主人公がぜんぶなんとかやってくれることだろう。

 そこそこ強い人間になれれば、あとは野となれ山となれ。なんとか家を見繕い、隠居でもしよう。会社の有給は使えないまま消滅したわけだし。


 気が付けば森に入り、ずんずん道に入っていく。

 森の中は日中なのに薄暗く、奇怪な鳴き声が響き渡っている。

 終盤に入ることを想定されたダンジョンだ。ここに巣食っているのは高レベルのモンスターばかりのはずだ。


 こんな危険な森に入ってなにをするのか?そんなものは決まっている。

 稼ぎだ。


 名前こそ〈帰らずの森〉だが、攻略法さえ知っていれば誰でも出入り自由だ。

 恐れる理由はない。近所の本屋より行った回数は多い。


「よし、ここだ。この岩のボタンを押せばいいはずだ」


 森の中、広い空間にぽつんと置かれた不自然な岩にボタンが隠されており、押すと木々がざっと動いて隠し通路が現れる。

 原理や仕掛けはまったく不明だが、今はどうでもいい。


 中はじめっとした洞窟だった。壁にはキノコが生えていたり、謎に発光する水晶のようなものがあったりする。


「この水晶、家に持って帰ったら明かりになりそうだなー」


 ゲーム中は思いもしなかったが、ゲームの中にいる今なら可能だろうか?

 いや、いかんいかん。今はとにかく目的がある。


 洞窟は短く、すぐに行き止まりとなっており―――そこには空中で黄色く発光し続ける球体がある。

 これが目的の、〈ポータル〉だ。


「もしこれもゲーム通りなら……」


 球体が光を放ち、モンスターが現れる。

 液状の身体に、赤いコアを内部に持っているモンスターだ。


「やはり、スライムが出てきたか……」


 ウィズダム戦記のゲーム中、〈ポータル〉はなんの説明もされていない物質だが、この〈ポータル〉はモンスター発生の原因のひとつなのだ。

 中でも、この〈帰らずの森〉にある隠しポータルは特殊中の特殊。


 この高レベルモンスターが巣食う〈レッドフォードの地〉で、ここにあるポータルからは最初、スライムしか出てこない。

 これを悪用……もとい、有効利用しない手はない。


「悪いが、狩らせてもらうぞ!」


 剣を構えると、スライムもこちらに向かってくる。きっと臨戦態勢に入ったのだろう。

 飛び掛かって斬りつけると、ザクリという感触が手に伝わってくる。

 だが、スライムは倒れない。こちらに反撃し、飛び掛かってくる。


 次にやることも変わらない。飛び掛かって斬る!

 その瞬間、電撃めいた閃きが頭をよぎる。


「〈叩き斬る〉!」


 身体がその閃きに突き動かされたかのように、先ほどよりも強力な斬撃を放つ。

 ドガンという音と共にスライムは消滅。

 俺は初めての戦闘であっけなく勝利した。



「よし……やっぱり思った通りだ。本当に〈ウィズダム戦記〉の中なんだ」


 となれば後は簡単だ。俺は20年間これを続けてきたのだから。


「このあっけない勝利を、積み重ねに積み重ねよう」


 口元には、無邪気のような、この世のどれよりも邪悪なような笑みが浮かんでいた。

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