第2話:追放は突然に

「それではソニア様、私は下がらせて頂きます」


 侍女が頭を下げ、廊下を歩いて行った。

 公爵家の跡取りとなると、そこは男女の分け隔てなく、求められる事は多い。


 お父様が魔法具工房の事業に専念したがっていたから、近日中には正式に自分が跡取りとなるだろうとなれば、それは多忙に磨きをかけた。


 だが、私は誰あろう、ソニア・アレンビー・アルドリッジ。アルドリッジ公爵家の跡取りとなるべき娘。


 覚悟もあれば、家を継ぐに足る器であるべく努力も重ねてきた。

 ……ただ、疲れていない、と言えばウソになる。


「今日は早めに寝ましょう」


 部屋に入り、就寝の準備をしようとして―――異変に気づく。


 部屋にある魔法具の明かりが点かない。


 あれ?今日の夕方には普通に点いてたはずだけど……。


 集中力が乱れていたのかもしれない。

 魔法具起動のための簡易な魔法は、一般市民の子供でも使えるようなもの。


 自慢じゃないけど、私は生後半年で明かりを点けることができてたって、お父様がよく褒めてくれた。

 魔法に関しては、大陸でも名が知れるほどには熟達している。


 だけど、何度やっても部屋の明かりは点かない。


 魔法具の故障かしら?


「誰か」


 声を荒げることなく呼ぶと、すぐにさっきの侍女がやってきてくれた。


「魔法具が故障しているわ。新しいのを持ってきて」


「それは申し訳ございません」


 そう言って、侍女は魔法具を起動させる。

 ―――部屋が明るく照らされた。


「え?」


 驚いたのは侍女だけじゃなく、当然私も。


 どういうこと?どうしてさっき………





 翌日。すぐに部屋に来いとお父様から呼ばれた。


「おはようございます、お父様」


 お父様は部屋にある大きな窓から、街を見下ろしていた。


「魔法具が起動できなくなったらしい、と聞いている」


 お父様はそう言い放った。昨日のうちに侍女が報告したのだろう。

 私には背を向けて、振り向こうともしない。

 だけど、嘘や言い訳が通用する相手ではないということは17年間の付き合いで分かっている。


「……ええ」


「では、魔法が使えない、ということか?」


 夜を徹してあらゆる魔法を試したが、一切の魔法が発動しなくなっていることは確認している。

 ……悔しいが、認めるしかない。


「……はい」


「……ふぅ」


 深い深いため息。

 窓が反射して見えてしまった、失望の表情。


 表情をいくらか正したあと、お父様はようやくこちらに向き直った。


「ソニア。レッドフォード家の三男が、婚約相手を求めているという話だ。ご挨拶してきなさい」


「え……?」



 ご挨拶をしてくる?


 行儀作法の修行でもなく、他貴族の異性にご挨拶をしてくるというのは、事実上婚姻の申し込みに等しい。


 この私が?公爵家跡取りである、この私が、あの辺境の地に?


 それも、三男に?



「言うまでもないが、私がいいというまでここに戻ってくるな。話は終わりだ、下がれ」


 お父様はそう言い放つと、それから一瞥すらくれることもなく、書類に目を通し始めた。




 レッドフォード家。

 大陸の東に広がる、広大な荒地に領土を持つ家である。

 多くのモンスターが東の荒地から湧き出てくることから、危険な土地。

 レッドフォードの者は代々荒くれが多く、魔法使いよりも剣や槍などで武功を立てる戦士が多い。


 頭から足の指先まで、感覚がない。


「あんなモンスターだらけの荒地に行って……荒くれものどもの三男坊に嫁ぎに行く……?私が……?」


 そして、それを命じたのは他ならぬ実父。

 それは屈辱であり、絶望であった。

 事実上の廃嫡であり―――追放であることは明白だった。



 きっと明日には多くの貴族共がこの城にやってくるのだろう。

 自分の息子や娘を、養子にするために。

 新たなアルドリッジ公爵家当主を生み出すために、お父様もそれを喜んで受け入れることだろう。


 もう自分には、この城にいていい理由がない。


「こちらの馬をお使いください」


 最低限の荷物を鞄に詰め込み、馬に乗る。

 私に許された馬は下級兵士の使う駄馬だった。


 馬を引き渡した兵士は蔑みの視線を隠そうともせず、最低限のやりとりしかしなかった。


 アルドリッジ当主を担う者として、血のにじむような努力を重ね、多くの人望を得るために腐心してきた。

 だが今や、誰の見送りもないまま、城を立ち去る。


 ―――私の人生は、ここで終わったと確信した。

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