第19話 セイバー仮面
「そこを退いてくれ! 俺がドアぶっ壊す!」
メインドアに密集している人達にそう叫ぶと、慌てて道を譲ってくれる。その隙間を縫うように走り抜け、自動ドアに拳を叩き込んだ。
しかし――、
「かってぇ!?」
放った打撃は自動ドアを破壊するには至らなかった。
何でこんなに硬ぇんだよ!? と苛立ちを感じながら再度殴り続けるも、自動ドアはビクともしない。
嘘だろ……俺の力でも壊せないっていうのか。このままじゃ民間人が避難させられないじゃないかと絶望していると、背後から悲鳴が聞こえてくる。
「ぐぁーー!!」
「セイバー仮面!」
悲鳴が気になって振り返ると、セイバー仮面がモンスターの攻撃を受けていた。いつの間にかモンスターはぞろぞろと増えていて、とても一人で捌ききれる数じゃない。
このままじゃセイバー仮面が殺されてしまうと危機感を抱いた俺は、咄嗟に彼を助ける為に向かおうとするのだが――、
「来るんじゃない!」
「なっ……」
セイバー仮面は手を向けて俺を制した。彼は迫り来るモンスターの攻撃を躱し、反撃しながら俺にこう言ってくる。
「君はセイバーだろ!? ならば私よりも先に救うべき人がいるじゃないか! 君は自分の役目を果たすんだ!」
「でもっ!」
「私なら大丈夫だ! 何故なら私は正義のセイバー仮面だからだ! 絶対に守り通してみせる!」
「っ……わかりました!」
セイバー仮面の言葉に返事をし、俺は踵を返した。
そうだ……俺には俺のやるべき事がある。今目の前にいるこの人達を救えるのは、俺しか居ないんだ。
集中しろ、心を落ち着かせろ。取り乱していたら力を十全に発揮できない。
俺は心の中で深呼吸をすると、拳に力を溜め込みながら弓引いた。そして――、
「はぁぁああああああああああ!!」
裂帛の咆哮と同時に、右拳を打ち放つ。ドゴオンッ! とけたたましい破壊音と共に、メインドアが破壊された。
よし! 破壊できたぞ!
「今だ、落ち着いて避難してくれ!」
「ありがとう!」
「助かった!」
誘導すると、密集していた人達が俺に礼を言いながらかけ走で避難していく。
よし、ここを開けられたのは大きい。民間人の殆どは一階に集まっていたからな。
「ぐあぁあ!!」
「セイバー仮面!?」
背後から仮面セイバーの悲鳴が聞こえてくる。状況を窺うと、モンスターに押し倒されて今にもドドメを刺されそうになっていた。
このままでは彼が死んでしまう、助けに行かねぇと!
間に合ってくれと祈りながら駆けつけると、その前に誰かがモンスターの首が斬り裂いた。
「だ、誰だ……?」
泥となって消滅していくモンスターの背後には、サラリーマンが着ているようなスーツとネクタイをビシッと身に纏い、魔剣を携えた一人の男が憮然と立っていた。
なんだあいつ……スーツなんか着てるけど、あいつもセイバーなのだろうか。
疑問を抱いていると、恐らく俺が破壊した二階のドアから次々とスーツ姿の人が入ってきて、魔道具を使用してモンスターを駆逐していく。
皆スーツを着ているけど、あいつら全員仲間なのだろうか。そう思いながら傷ついて倒れているセイバー仮面に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……これくらいどうってことないさ。それより、よくやってくれた。君なら出来ると信じていたよ」
「何言ってるんですか、あなたがモンスターを食い止めてくれたお蔭ですって。っていうか、あいつらはいった何者なんですか? あいつらもセイバーなんですか?」
「ああ、恐らく彼等は――」
スーツの集団が何者かセイバー仮面に尋ねるも、彼が話す前に目の前にいたスーツの男が見下すような眼差しを向けながらこう言ってくる。
「ふん、俺達より先にセイバーが来ているとはな。ここから先は俺達帝国ギルドが取り仕切る。お前等は残っている民間人の避難でもしていろ」
「帝国ギルドだと!?」
スーツ男の話を聞いて驚愕する。
帝国ギルドは日本のダンジョンランキングで一位とギルドの中でも頂点に君臨していて、俺の敵である
っていう事は、こいつら全員帝国ギルドのセイバーだっていうのか。
初めて邂逅する帝国ギルドに呆然としていると、仲間の一人がスーツ男に駆け寄って声をかける。
「隊長、一階にダンジョンコアはありませんでした」
「なら二階から虱潰しに探していけ。いいか、絶対に他のセイバーに取られるなよ。このD級ダンジョンは俺達帝国ギルドが攻略するんだ」
「はい!」
二人の話を聞こえていた俺は、スーツ男に喰ってかかる。
「ちょっと待てよ、攻略する前に民間人の救助と避難が先だろ。まだ民間人が残っているんだぞ!」
「ふん、そんな事はお前達のような弱小セイバーの役目だろ」
「“そんな事”だと!? テメェ言ってやがんだ!!」
スーツ男の発言にカッとなる。
この野郎、まだ避難できていない民間人が沢山残っているのにもかかわらず民間人を救助する前に攻略を優先するって言いやがったぞ。
セイバーが最優先に果たさなければならないのは民間人の救助の筈だろう? それを放棄してダンジョンを攻略するってのは何を考えてやがるんだ、こいつは。
帝国ギルドは帝我園だけではなく、部下のセイバーも皆クソったれなのかよ!?
「ふざけんじゃ――」
「やめるんだ、ここで私達が言い争っている場合じゃないだろう。ここは彼等に任せるんだ」
「でもっ」
「人々をモンスターから守るのがセイバーの使命だ。違うかい?」
「そうですけど……」
「ふん、ガキとは違いそっちの方が利口じゃないか。最初からそうしていればいいんだ」
そう吐き捨てると、スーツ男は仲間を連れて二階に向かってしまう。
マジでムカつくな。ぶん殴ってやりたかったが、セイバー仮面の言うことも尤もだ。俺が今ここで癇癪を起している場合じゃない。
「私は民間人が一階に残っていないか探してみる。君は二階を頼んだ」
「それはいいですけど、あなたはその傷で動けるんですか?」
「これくらい大したことないさ。さぁ、急ごう」
「わかりました」
セイバー仮面の提案に乗り、俺はエスカレーターを駆け上がって二階に向かう。
二階では帝国ギルドのセイバーがあちこちでモンスターと戦っているが、民間人の姿はどこにも見当たらない。
もう避難したのだろうか……と思っていると、一人の女性が必死に何かを探しているように徘徊しているのを見つけた。その上、モンスターと鉢合わせてしまう。
「ガァアア!」
「きゃあ!?」
「おらぁ!」
女性に襲い掛かるモンスターを横から殴り飛ばす。腰を抜かしている女性に手を貸しながら、避難しろと催促した。
「こんなところで何しているんですか。早く避難してください」
「息子が! 息子と逸れてしまったんです!」
「なんだって!?」
女性に話を聞くと、どうやらダンジョン警報が鳴った時のパニックによって五歳の息子と逸れてしまってらしい。その上探しても見つからないそうだ。
「気持ちは分かりますが、今は避難してください」
「で、でも……!」
「大丈夫です、息子さんは必ず俺が助け出しますから。息子さんの名前は?」
「は、はやとです」
「はやと君ですね。俺が見つけて貴女のもとに返しますから、さぁ早く」
「わかりました……お願いします、どうかはやとを……」
食い下がる女性を説き伏せ、俺は彼女を連れて破壊した出入口から避難させた後、急いではやと君を探しに向かう。
しかし、ショッピングモールの中は広い上に様々なジャンルの店舗が沢山ある。この中から小さい子供を探すのはかなり難しいだろう。
「はやと君! はやと君居るか!? 居たら返事をしてくれ!」
くっそ駄目か! 探しながら声をかけ続けても応答がない。
もしかしてもう殺されてしまったのではないか? そんな最悪な展開が一瞬脳裏を過るが、俺は頭を振って否定した。
諦めるな。どこかにいる筈なんだ。
考えろ……店の中に居ないとしたらどこに行く?
「もしかしたら……あそこか?」
ふと思いついた場所は男子トイレだった。もしかしたらと考えた俺は急いでそこへ向かう。
辿り着いてすぐに「はやと君いるか!?」と呼びかけると、ガタンと物音がしてキィと扉が開き、個室から小さい男の子が出てくる。
「だれ? なんでぼくの名前を知ってるの?」
「はやと君か!?」
問いかけると、男の子はこくりと頷いた。
よかった……無事に見つけられた。どうやらはやと君は母親と逸れてしまった後、探している途中にモンスターと出くわしてしまったらしい。それで咄嗟に男子トイレの個室に逃げ込んだんだそうだ。
なんかそんな予感がしたんだよな。俺もはやと君の立場だったら、そうしていたかもしれない。ドラマとかでもよくトイレの個室に逃げ込む展開があるけど、マジでそういう心理状態になるんだよな。ここならきっと大丈夫って感じでよ。
「さぁ行こう、お母さんも待ってる」
「うん」
俺ははやと君を抱っこして、破壊した出入口からダンジョンの外に出る。少し奥に進むと、警察と母親の姿が目に入った。
よかった、警察も到着していたのか。数は少ないが、警察も民間人の避難誘導を行っている。
「はやと!」
「おかあさん!」
はやと君を母親に渡すと、母親はぎゅっと息子を抱き締めた。微笑ましい光景に安堵していると、親子が俺にお礼を言ってくる。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「おう、お母さんと会えて良かったな。ここはまだ危ないですから、避難してください」
親子を警察に引き渡してから再びショッピングモールに戻ろうとする俺に、誰かが声をかけてくる。
「新田!」
「えっ……
突然名前を呼ばれたので振り返ると、機動隊のように武装している警察の男が駆け寄ってきた。
その人は俺が初めてE級ダンジョンを攻略した時に出会ったダンジョン課の人で、部隊の隊長である柳葉さんという。彼は関東区域を担当していて、あれから何度もお世話になっていた。顔見知りではあるが一度飯も奢ってもらったことがあり、それなりに付き合いがあった。
「聞いたぞ新田、お前がドアを破壊して民間人を避難してくれたんだってな。よくやってくれた」
「セイバーなら当然のことですよ。それより遅いですよ柳葉さん、いつ来てくれるんだろうと待ってたんですから」
感謝してくる柳葉さんに茶化すようにそう言うと、彼は「すまんすまん」と謝って、
「出動するのにちょっと手間取ってな。だがもう結界の装置は起動してある。これでモンスターが出てくることはないだろう。中の状況はどうなっている?」
尋ねてくる柳葉さんに、俺は端的に説明した。
一階と二階のドアを破壊し、民間人を避難したこと。俺以外にも偶然居たC級セイバーも協力してくれていること。途中から帝国ギルドがやってきたことなど。
「帝国ギルドも来ていたのか」
「はい、先ほどギルドメンバーの一人が報告に来ました」
「うお!? いきなり出てくるんじゃねぇよ
「宮城さん」
「三日ぶりですね、新田さん」
横から話に割って入ってきたのは女性警察官の宮城さんだった。彼女は柳葉さんの部下でいつも行動を共にしているから、俺とも面識があった。柳葉さんほどフランクではないが、彼女にも報告したりするからそれなりに話せる関係だ。
「もしかしたら来ているんじゃないかと思いましたが、やっぱり来ていたのですね。ご協力感謝します」
「はい、たまたま買い物に来ていたので……」
「また、“たまたま”ですか」
笑っているように見えて笑っていない宮城さんに、俺は苦し紛れの嘘に罰が悪く感じながら頭を掻く。
警察には転移マントと瞬間移動のことを話してはいないが、色んな場所で何度も鉢合わせする俺に少なからず不信感を抱いているのだろう。
だからといって無理に問い詰めたりはしてこないけどな。俺は話を変えようと、二人に告げる。
「俺は中に戻ります。まだ民間人が残っているかもしれないですから」
「ああ、頼んだ。帝国ギルドがいるから心配ないだろうが、くれぐれも気をつけろよ」
「無理はしないでくださいね」
「はい」
案じてくる柳葉さんと宮城さんに返事をして、俺は再びショッピングモールの中に向かったのだった。
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