第20話 オーガ級
「少年!」
「セイバー仮面!」
ショッピングモール二階の出入口から入ってすぐ、セイバー仮面に声をかけられる。彼は俺を見て安堵するようにため息を吐くと、
「姿が見当たらなかったから心配したぞ」
「すいません、母親と逸れていた子供を外に避難させていました」
「そうだったのか。やるじゃないか少年、君は立派なヒーローだ!」
ヒーローというよりセイバーなんだけどな。まぁ同じことか。
「そっちはどうでした?」
「一階に残っていた民間人は全員避難を終えたよ。今は二階を捜索していたが、こっちも避難は終えていたようだね。民間人の姿は見当たらなかった」
「そうですか。じゃあ後は三階と四階を探しに行きましょう」
「うん、そうしよう」
一階と二階に民間人が取り残されていないことを確認した俺達は、エスカレーターを駆け上がって三階、四階と順次捜索していく。だが、そちらも民間人どころかモンスターの影すら見当たらなかった。
「どこにも居ないね……」
「はい、それにモンスターも居ないですよ」
「恐らく帝国ギルドがモンスターを粗方倒し尽くしたのだろう。でもダンジョンは未だに消滅されていないから、ダンジョンコアはまだ破壊されていないんだろう。そうなると、帝国ギルドとダンジョンコアは一体どこにいるんだろうか……」
首を傾げながら考えるセイバー仮面。このショッピングモールは三階が最上階なので、これより上には居ないはずなんだが、帝国ギルドの連中もダンジョンコアも一切見当たらない。
ならいったい、どこに消えたっていうんだろうか。
いや……ある。まだ他にも探していない場所があったじゃないか!
俺と同じようにセイバー仮面も気付いたのか、俺達は同時に口を開く。
「「屋上だ!」」
そうだ。ショッピングモールの店内は四階までだが、まだ屋上の駐車場が残っている。
帝国ギルドやダンジョンコアがあるのも、きっとそこに違いない。
「エスカレーターでは屋上に行けない。エレベーターを使おう」
「でも、動くんですかね?」
「帝国ギルドも乗ったんだろうし、大丈夫さ」
俺とセイバー仮面はエレベーターを探し、上行きのスイッチを押す。するとエレベーターがいる階の表示の光が動きだした。よし、生きていてよかったぜ。
ドアが開き、俺達はエレベーターに乗り込む。屋上のボタンを押すと動き出し、すぐに到着して扉が開いた。
「ぐぁあああ!!」
「隊長ぉおお!!」
「な、なんだよこれ……」
屋上の外に出て周囲の状況を確認しようとした刹那、信じられない光景を目にして驚愕する。
駐車場には十人近い帝国ギルドのセイバーがいるが、半数は血に塗れ倒れている。倒れていないセイバーもどこかしら傷を負っているようだった。
そして俺と仮面セイバーにムカつく態度を取ってきたスーツ野郎は、たった今攻撃を受けて苦悶の表情を浮かべながら地面に片膝をついている。
そんな彼等を嘲笑うかのように見下ろしているのは、凶悪なモンスターだった。
二メートルを超す巨躯に、不気味な狼の頭。血に塗られた鋭い牙と爪。はち切れんばかりの隆々な筋肉。四本ではなく、どっしりと二本足で立っている。
いや、恐ろしいのは外見だけではない。
奴と距離が離れているのにもかかわらず、その身から溢れる
戦わずとも分かってしまう……あいつは強い。それも多分、俺よりも。
凄惨な光景に恐怖し何も言えないでいると、隣にいる仮面セイバーが重い声音でこう言ってくる。
「マズいな……恐らくあのモンスターは“オーガ級”だ」
「オーガ級だって!?」
セイバー仮面の推測を聞いて驚いてしまう。
モンスターには強さによって脅威度が指定されてある。下から順にゴブリン級、オーガ級、ドラゴン級の三つで、オーガ級は二番目の脅威度だ。
これはギルド協会の結賀さんに聞いた話だが、C級セイバーが一人でも倒せるゴブリン級とは一線を画す強さをオーガ級は有している。戦うにしても、C級セイバーが最低でも五人以上は必要だろうってな。
「それもただのオーガ級じゃないぞ、奴はオーガ級のガーディアンだ。ただでさえ厄介なのに、まさかガーディアンとして生まれてきてしまったとはな……。
「マジかよ……」
そうか、ただのオーガ級だったら帝国ギルドの奴等でも十分勝てたのだろう。だがダンジョンコアを守るガーディアンは通常のモンスターよりもかなり強い。そんなガーディアンとオーガ級が掛け合わさってしまったとしたら、そりゃ半端なく強いんだろう。
「まさかD級ダンジョンでオーガ級のガーディアンが出てくるとはな……最悪の展開だ」
「どうしますか……?」
「少年、外に出た時に警察は居たかい?」
「はい、居ました」
「ならば少年、君は一人で戻り警察に状況を話してB級セイバーの応援を呼んでくれ。その間私が時間を稼ぐ」
「なっ、何言ってるんですか!? そんな怪我でまともに戦える訳ないじゃないですか!」
馬鹿なことを言っているセイバー仮面に怒鳴ると、彼は俺の方を見ながらこう言ってきた。
「ヒーローとはね、例え負けるとわかっている戦いでも守るべき者のために戦わなければならない時があるんだ。それがヒーローなんだよ」
「セイバー仮面……」
「さぁ、早く行くんだ!」
そう言って、セイバー仮面はワーウルフへ駆け出してしまう。
セイバー仮面ではワーウルフに敵わないだろう。十中八九殺されてしまう。
多分それは彼自身も分かっているはずだ。それでも尚、彼は帝国ギルドのセイバーを助けに向かっていく。なんて勇気ある人なんだ。
本当にいいのか? 怪我を負っているセイバー仮面を置いて、俺だけ戻っていいのだろうか。
心に迷いが生まれる。言われた通り警察に応援を呼びに行くのか、俺もセイバー仮面の加勢に行くべきなのか。
「ぐぁあああ!?」
「隊長!!」
「なっ――!?」
揺れてしまって足が動けずにいると、ワーウルフの攻撃によってスーツ野郎の左腕が斬り落とされてしまった。すかさずワーウルフがトドメを刺そうとした瞬間、セイバー仮面が阻止するように魔剣を振るう。
「仮面ソード!」
「ガル?」
「お前の相手は私だ! さぁ、どこからでもかかってこい!」
己より強い敵に対し、一切臆さず立ち向かう仮面セイバー。
そのかっこいいヒーローの姿を目にした俺は、勝手に足が動いていた。
――自分の中の正義を貫け。
そうだ、そうだった。
何を迷うことがある。俺はいつだって、己の信念を貫き通してきたじゃないか!
「ガルッ!」
「しまった! 武器が!?」
振るった魔剣を爪によって弾き飛ばされてしまい、無防備になってしまうセイバー仮面。そんな彼に追撃を行おうとするワーウルフの横っ腹に飛べ蹴りを放った。
「おらぁ!!」
「ガアッ!?」
飛び蹴りが直撃したワーウルフの身体が勢いよく吹っ飛ぶ。
俺は呆然としているセイバー仮面に謝りながら、こう告げた。
「すいません、やっぱり俺……あなたを見捨てることなんてできないです」
「少年……」
「あいつとは俺が戦います。セイバー仮面は応援をお願いします」
「……わかった。すまない少年! すぐに戻ってくる!」
俺の覚悟を受け取ったセイバー仮面は頷くと、エレベーターへ走っていく。
その姿を横目に、俺は帝国ギルドの連中を睨めつけながら口を開いた。
「あんた達も倒れている奴と
「この、帝国ギルドの俺達に向かって何を――」
「その怪我ではもう無理です隊長! ここは一旦退却しましょう!」
「くっ……わかった。まだ動ける者は倒れている奴を運べ、撤退する」
「「はい!」」
俺に言い返そうとしたスーツ男だったが、部下に止められると悔しそうに命令を下す。仲間の一人がスーツ男の肩を貸したり、動ける者が倒れている者を運んでエレベーターの方に避難していった。
それでいい、守るべき対象が少なくなる方がこっちとしても遠慮なく戦えるからな。
安堵していると、俺が蹴っ飛ばしたワーウルフがのっそのっそと何とでもなかったかのように近づいてくる。
「でけぇな……」
改めて対峙すると、ワーウルフの巨躯に驚いてしまう。
俺よりも背が高いし、なにより身体が大きい。鋭い爪や牙は触れるとスパっと斬り裂かれそうだぜ。さっきまでの俺だったら、ブルって足が竦んでいたと思う。
でも今は違う。
セイバー仮面から勇気を貰い、覚悟を決めた俺には恐怖なんか微塵もねぇ。それどころか身体の奥底から力が漲ってきやがる。負ける気がしねぇ。
「ガルァ!!」
ワーウルフが右爪による刺突を顔面に放ってくる。凄ぇ速いが、避けきれないことはない。軌道を見極め、顔を傾けて紙一重で躱すと、一歩踏み込んで長い口にアッパーを叩き込む。
「ガッ!?」
「はぁあああ!!」
「グハッ!?」
顔面をかち上げて身体が前面ががら空きになったところを、間髪入れずに前蹴りを喰らわす。直撃すると、ワーウルフは三回転しながら地面に這い蹲った。追撃を仕掛けず、俺はワーウルフを見下ろしながら、
「先に言っておくけど、俺は
「……ワオオオオオオオオオオンッ!!」
人間の言葉は分からないが、俺に舐められていることは理解したのだろう。
ワーウルフは怒りを示すように空に向けて咆哮すると、目つきを変えて襲い掛かってきた。
――疾い!!
「ガアッ!!」
「くっ……」
さっきよりも攻撃速度が上がっている。上段から振り下ろしてくる爪を躱さず、両腕を交差して受け止めるが、衝撃が重く俺は強制的に膝を曲げさせられる。
だが、防御した腕は無事だ。転移マントが頑丈で助かったぜ。何もなかったら多分腕を斬り落とされていただろうからな。
ワーウルフは一旦距離を取ると、ジグザグに動いて攪乱しながら迫ってくる。目で追うのはキツいが、全く見えない訳じゃない。ギリギリだが捉えられている。
「グルァ!」
「っ!」
這うように接近してきたワーウルフは、蛙飛びのように爪を振り上げてくる。バックスウェーで上体を逸らし回避するも、前髪がスパッと斬られてしまった。それを気にせず、俺は冷静にワーウルフの鼻っ面に左ジャブを放つ。
「ガッ!?」
「軽くてもそこは痛ぇよな。喰らえや!」
「グルァ!?」
鼻っ面に拳を叩かれて怯んで僅かな隙を狙って、フック気味の右ストレートを叩き込んだ。たたらを踏むワーウルフに回し蹴りをかます。身体が吹っ飛ぶも空中でくるりと一回転して着地し、再び勢いよくダッシュしてきた。
「ガルァアア!!」
「……」
怒るワーウルフから繰り出される怒涛の連打を、俺は防御や回避を使って凌いでいく。ピッと頬の薄皮一枚を斬られてしまったが、他は一度もクリーンヒットを許さなかった。
確かにテメェは俺より速く動けるし膂力だって上だ。
だけど攻撃は全部単調で読み易い。そんな大振り誰が喰らうかっての。
「テメェに教えてやるよ、喧嘩の仕方ってもんをなぁ!!」
「ガルッ!?」
動こうとするワーウルフの長い足爪をダンッと強く踏みつける。逃げらないようにした後、鳩尾に拳をめり込ませる。
「オエッ」
「はぁぁああ!!」
「ギャアア!?」
悶絶して身体がくの字になり、涎を垂らすワーウルフの口を閉じるように両腕でがっしり抱える。足を踏ん張って上体を後ろに曲げながら、ワーウルフの身体を後ろの地面におもいっきり叩きつけた。
バックドロップ風の攻撃を喰らったワーウルフは、目を回していた。
「どうだ、これが喧嘩ってもんよ」
「……ガルァ!!」
「なっ――うぉ!?」
白目を剥いていたのでもう終わっただろうと思っていたら、突然足首に尻尾が巻き付いて転ばされてしまう。すかさず俺の腰に乗ってきてマウントを取ると、大きな口を開けて俺を喰おうとしてきた。
この野郎、モンスターの癖に死んだフリをしやがったな!!
「ガルルルウ!!」
「ぐぉっ!」
なんとか牙を両手で掴むことで難を逃れたが、このままじゃ喰われちまう。目と鼻の先に牙があり、口から零れ落ちた涎が俺の頬を伝う。
マズったな……この体勢はワーウルフに圧倒的有利だ。マウントを取られた状態では最早小細工は通用せず、純粋な力勝負になってしまう。そして、力においてはワーウルフの方が上だ。
(何かないか……何か手が……そうだ!)
危機的状況を打破する手はないかと考えると、俺は一つの手段を閃いた。咄嗟にそれを行うと、ワーウルフは突然目の前から消えた俺を見失って混乱する。
そりゃそうだろう。なんせ俺は今、瞬間移動によってお前の真上にいるんだからな。
「はぁぁああああああ!!」
「グアアアアアアアア!?」
高さ+重力を加えた渾身の踵落としをワーウルフの首に叩き込む。ズドンッと地面に叩きつけられ、ワーウルフの首がボキっとへし折られた。
俺は距離を取り、微動だにしないワーウルフの様子を窺う。手応えはあったが、また死んだフリをされるのは嫌だからな。
しかし俺の心配は無駄に終わり、ワーウルフの身体は溶けるように消滅していった。ワーウルフが居た場所には、大きめの魔石が転がっていた。完全に倒したことを確認すると、身体の力を解いて安堵の息を吐く。
「ふぅ……勝ったか」
ワーウルフは強く、危うく殺されるところだった。転移マントがなかったら確実に俺が死んでいただろうな。全く、転移マントさまさまだぜ。
「んん……?」
勝利の余韻に浸っていると、身体の奥底から熱が広がり力が漲ってくる。多分べセルアップしたんだろうな。まぁワーウルフはオーガ級のガーディアンだったし、べセルアップするのも当然か。
「よし、さっさとダンジョンコアを破壊しちまうか。けどどこにあるんだ?」
魔石を拾った後に駐車場をぐるりと見渡すが、ダンジョンコアはどこにも見当たらない。
おっかしいな~と探していると、エレベーターの出入り口の屋根の上に、クルクルと回っているダンジョンコアを発見した。ジャンプでひとっ飛びすると、俺は殴ってダンジョンコアを破壊した。
すると、ダンジョンの中にいる独特な感覚がなくなっていく。
「ふぅ~、初めてのD級ダンジョンだったがなんとかなったな」
D級ダンジョンを攻略した俺は、喜びを噛み締めるように拳を握ったのだった。
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