第17話 雑誌記者
「『A級やB級だけじゃない! C級セイバー特集!』だぁ~?」
「はいっす。A級やB級ばかり注目されがちですが、C級だって平和を守っているセイバーっす。中には見所のあるC級セイバーだって沢山いて、その人達の頑張りを読者にも知って欲しいんす。編集長、この記事どうっすか……?」
「駄目だ駄目だ! C級セイバーなんて誰も興味なんてないんだよ」
出版社の『ダンジョンマガジン』編集部。
ここは主にダンジョンに関連する記事を書いている部署で、子供から大人まで幅広い世代に好まれており、売れ行きも右肩上がりで、今や大手出版社にも比肩するほど人気を誇っている。
そんな勢いのある編集部に入社したばかりの新米記者の名前は、
『のの』と変な名前を親に付けられたことを未だに根に持っている彼女は短大を卒業後、記者を目指していたのと、特にギルドやセイバーについて興味と関心があったため――実はセイバーマニアだった――、ダンジョンマガジンに入社した。
念願だったダンジョンマガジンに入社し、晴れて目指していた記者になれたものの、初めは雑用ばかりで記事なんか全然書かせてもらえない。それも雑用とは名ばかりの肉体労働で、残業は深夜を超えるのが当たり前。
編集部は正に戦場で、新人には恐ろしくキツい業務だった。
“こんなんだとは思わなかった”。
そう言って、彼女の同期は挫折してすぐに辞めていった。数日、一週間、一か月と次々辞めていく同期達の背を見ながら、ののもこんな所辞めてやると何度も思った。
しかしののは辞めなかった。
折角目指していた記者になって、大好きな雑誌であるダンジョンマガジンに入社したのも理由の一つだが、なによりも自分自身の手で書いたセイバーの記事を載せたかったのだ。
それを果たすまで辞める訳にはいかない。その野望と熱意があったから、ののは必死に喰らいつき、ゾンビ状態になりながらも働き続けた。
そんな彼女の熱意と頑張りが伝わったのだろう。
ある日突然編集長から呼び出され、「来月発行する雑誌に載せるから、お前書いてみろ」と言われる。それを聞いた時、ののは飛び跳ねるように喜び、大声で二つ返事をした。
まずはどんな記事を書くか簡単なプロットを提出しろと言われたので、ののは満を持してプロットを提出する。
プロットの内容は、C級セイバーに着目したものだった。ダンジョンマガジンではランキングの高いギルドやランクが高いA級・B級セイバーの記事しか載せない。
勿論それらも大好きだが、それだけでは勿体ない。
C級だって凄いセイバーは沢山いるし、セイバー全体でも数が多いのはC級だ。なのに世間ではC級はオマケ扱いになっている。
そんなのは納得いかない。彼等だって命を懸けて人々を守っているんだ。だからもっとC級セイバーのことも読者に知ってもらいたいとののは思っている。
しかし、熱意を籠めたプロットは編集長に却下されてしまった。
どうしてですか、とののが問うと、編集長は「いいか?」とため息を吐きながら説明する。
「いいか野々村、記事ってのは数字が出てなんぼだ。じゃあ数字をどう出すって~のかというと、読者の
「そんなの分からないじゃないですか! C級セイバーが気になる読者だってきっといるっすよ!」
「それはお前みたいなマニアックな奴に限られるだろ……? そんなんじゃ数字は出せん。もっと興味のあるものを出してくるか、拾ってこい。人気A級セイバーに恋人が居たとか、実は不倫してましたとかな。読者はそういう方が喰いつきが良いんだよ」
「えぇ……」
「まぁ別にマイナス方面じゃなくてもいいが、とりあえずそれは無しだ。また考えてこい」
「……はいっす」
編集長に却下されながらプロットを返されたののは、トボトボとした足取りで自分の席に座ると、深いため息を吐きながらうつ伏せになった。
「はぁ……C級セイバーだって頑張ってるになぁ」
「馬鹿だなぁ野々村、そんなクソみたいな記事誰が読むかっての」
「なんか用っすか……
落ち込むののに嫌味を言ってきたのは、同期の中で唯一辞めなかった
辞めなかったといっても彼はダンジョンマガジンの社長の息子で、彼女のように雑用は一切していない。いわゆるコネ入社の特別扱いというやつだった。
今はののと同じように新米記者だが、いずれは役職に就くのだろう。
そんな富樫は、ののに向かって憎たらしい笑みを浮かべながら口を開く。
「C級なんて誰も興味ない記事なんか書かず、俺みたいにA級セイバーのことを書けよ。なんなら紹介してやろうか?」
富樫は社長のツテを使って、A級セイバーに簡単にアポを取れる。
だからといって彼が書く記事が良いとか面白いかは別であったが。
「いいっすよ。私は自分で考えた記事を書くっす」
「あっそ、俺が折角同期のお前にチャンスを与えてやるっていうのに馬鹿な奴だな。まぁ別にいいけどよ、どうせろくな記事を書けないんだし」
ののを馬鹿にした富樫は編集長のもとに向かい、当てつけのように「A級セイバーのところに取材しに行ってきま~す」と言って出て行った。
そんな富樫にののは舌をべ~と出して心の中で罵倒すると、またぐったりとデスクにうつ伏せになる。
「あ~あ、自分の記事を書きたいっす」
◇◆◇
「はぁ……全然駄目だったっすねぇ」
深夜の道を歩きながらぼやくのの。
あれからずっと新しいプロットを考えていたが、書きたい記事が全然浮かばなかった。どうしてもC級セイバーの記事を書きたいという熱意が頭に残っており、他のアイデアが浮かんでこない。
「どうにかなんないっすかねぇ……んん? ダンジョン警報っすか?」
やっぱりC級セイバーの記事を書きたいと諦めきれずにいると、ポケットに入っているスマホからダンジョン警報が鳴り響く。
「E級ダンジョン出現、場所は河原付近……って、ここから近いじゃないっすか!」
内容を確認してみると、ののが居る場所からすぐのところにE級ダンジョンが発生したようだった。
ののはやばいやばいと慌てて、
「早く逃げなきゃ……でも待てよ? E級ダンジョンってことは、攻略しに来るのはC級セイバーっすよね。これはC級セイバーの活躍を生で撮れるチャンスっす! ちょっと行ってみるっすか、ヤバくなったら逃げればいいし」
ののにとってこれは千載一遇の好機だった。
セイバーでもない自分がダンジョンに近付くのは危険だ。自分でも馬鹿だと重々承知している。
それでも、C級セイバーの生の活躍を実際に見れる機会を逃す手はない。
そう判断した彼女は、急いでダンジョンへと向かった。
「……まだ誰も来てないみたいっす。なんか鳥肌立ってきたっすけど、もうダンジョンの中なんすかね?」
ダンジョンにやってきたが、まだセイバーは誰も到着していなかった。モンスターに見つからないように物影に伏せ、鞄から高額カメラを取り出す。
いつシャッターチャンスが飛び込んでくるか分からないので、ののは何時いかなる時でも自前のカメラを用意していたのだ。
「早くセイバー来ないかな……」
一人でダンジョンの中に居ることに段々不安になっていると、突然肩をツンツンと叩かれる。誰だよもう……と振り返ってみると――、
「ブアァ」
「ぎゃーーー!?」
なんとそこに居たのは、魚の顔をした
外見は人魚というより魚人に近い。頭が魚で、頭から下が餓鬼のようだった。気色悪い見た目と深夜の不気味さが合わさって、ののは恐怖に縛られ身体が硬直してしまう。
そんなののに、魚人のモンスターはパカァと大きな口を開けて丸のみしようとした。
「ひっ――」
「おらぁ!」
引き攣ったような声を漏らすののに襲いかかるモンスターを、突然現れた青年が殴り飛ばす。
その青年はこちらを向くと、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
「あっ……はい。大丈夫っす、助けてくれてありがとうございます(な、なんすかこのイケメン!?)」
その青年は背が高いイケメンで、闇夜に合う漆黒のコートを羽織っていた。
モンスターに殺されそうになった恐怖も忘れて、ののはその青年にぼーっと見惚れてしまう。
反応がない彼女に、青年――新田義侠は怪訝そうに尋ねた。
「あの、一応聞きますけどセイバーですよね?」
「えっと……私はセイバーじゃないっす」
「はぁ!? セイバーじゃないならこんな所で何してるんですか! 早く逃げてください!」
セイバーだと思っていたらただの一般人だった。
それを知って驚いた義侠は驚愕した後、ののに警告する。しかし彼女は一向に逃げようとはせず、その場に立ち尽くしたままだった。
「あの……貴方はC級セイバーっすよね?」
「まぁそうですけど、それがなんですか」
「私記者をやっているんですけど、C級セイバーの記事を書きたいんす。そこでお願いなんすけど、貴方がモンスターと戦っているところを撮らせて欲しいっす!」
「はぁ!?」
何を言っているんだこの女……? と義侠は困惑してしまう。
記者がどうとか記事がどうとか言っているが、死ぬ可能性があるダンジョンの中で何を言っているのだろうか。つべこべ言わないでさっさと逃げるべきだろう。命が惜しくないのだろうか。
意味分からない彼女の発言をするののに義侠が怒ろうとする前に、彼女からお願いされてしまう。
「絶対に邪魔はしないっす! この通りっす!」
「ぐっ……」
頭を下げて懇願してくるののに、義侠は狼狽えてしまう。
彼女だって、ダンジョンの中は危険だと理解している筈だ……と思う。なのにここまで食い下がってくるのは、なにかしらの事情があるのだろう。何者にも譲れない何かが……。
ののから伝わってくる信念を感じた義侠は、大きくため息を吐くと、
「はぁ……しょうがないな。いいですよ、居ても」
「えっ!? いいんすか!?」
「でもその変わり、絶対に俺から離れないでくださいね」
「当然っす! 言う通りにするっす! でもいいんすか? お願いした私が言うのもなんですが、普通断るっすよね……?」
「そりゃ俺だって本当は断りたいけど、困っている人を見てみぬふりはできない性分なんでね」
「はぁ……立派ですね」
「そんなもんじゃないですよ。ただの自己満足です」
義侠の了承を得て、ののは同行することになった。
といっても、攻略速度は凄まじく早くあっという間に橋の下にあったダンジョンコアまで辿り着いてしまう。
「あの強さでC級って……冗談っすよね!? あの人滅茶苦茶強いんですけど!?」
次々と現れる魚人モンスターを一瞬で蹴散らしていく義侠の姿をカメラに収めながら脱帽してしまう。
ののは何度か遠くからC級セイバーの戦いを見たことがあるが、こんなに圧倒的ではなかった。しかもセイバーの必需品である魔道具の武器を一切使わず、拳や足だけで殴殺しているじゃないか。
(か、かっこいいっす!)
ダンジョンコアを守る為に現れた
とてもC級セイバーとは思えない強さで圧倒的な戦いを見せる彼の姿に、ののは終始興奮していた。
ダンジョンコアを破壊した義侠に、ののは興奮したまま声をかける。
「凄いっす! 凄すぎるっす! 何でこんなに強いんすか!? C級とは思えない強さじゃないっすか!」
「そ、そうですか?」
鼻息を荒くさせながらずいっと身を寄せてくるののに、義侠はたじたじになってしまう。
すると彼女は改めて感謝を伝えてくる。
「自分の我儘を聞いてくれてありがとうございました! これで自分の記事が書けそうっす!」
「はぁ……それは良かったですね」
「そこでお願いなんすけど、貴方のことを記事にしていいっすか? 名前とかは絶対出さないので!」
追加でお願いしてくるののを図々しい人だなと思ってしまう義侠。
まぁそれくらいでないと、記者なんてやれないのかもしれない。名前は出さないと言っているし、別にいいかと義侠は了承した。
「いいですよ」
「ありがとうございます! あっこれ、私の名刺っす。何かあったら、これに書いてある番号に連絡して欲しいっす」
「ダンジョンマガジン編集部……ですか」
「はい。私は野々村ののっていいます。よければ、貴方の名前を教えて頂いてもいいっすか?」
「俺は新田義侠です」
義侠が名前を告げると、ののは嬉しそうに笑って、
「新田さん、今回は本当にありがとうございましたっす!」
因みに、後から駆けつけた警察に報告すると、何で民間人をダンジョンに入れさせているんだとこっぴどく怒られた二人だった。
◇◆◇
「『A級やB級だけじゃない、C級セイバーにもイケメンがいた!』ねぇ……」
「はいっす。うちの雑誌の読者層を調べると、女性読者も結構いるっす。特に顔が良いセイバーが特集されている記事はかなり好評っす。これならニーズにも合っているっす」
翌日、ののは新しく作ったプロットと義侠が写った写真を編集長に提出した。
その内容は、C級セイバーのイケメンを押すこと。こんな俗っぽい記事を書くことはののとしても嫌だったが、雑誌に載せてもらうのには致し方ない。
勿論義侠についてだけじゃなくて、他のC級セイバーについても書けるだけ書くつもりだ。
「そうだなぁ、っていうかこの写真かなり良いな。臨場感もあってよ。つ~か近くないか?お前まさか直接ダンジョンに行ったんじゃないんだろうな?」
「さぁ~、それはどうっすかね?」
疑いの眼差しを送ってくる編集長に、ののはそっぽを向きながらすっとぼける。
その態度は行ったと言っているようなものだ。無茶をする部下に、編集長はため息を吐くと、
「意気込みは分かるが無茶だけはするなよ。それで死んじまったら書きたいものも書けなくなっちまうだろうが」
「うっ……すいませんでした。以後気を付けるっす」
「気をつけるんじゃなくてするなって言ってんだよ……。まぁいい、この内容で書いてみろ」
「えっ!? いいんすか!?」
「ああ。写真に写ってるセイバーもイケメンだしな。これなら数字も出せるだろ」
「ありがとうございます! 頑張るっす!」
編集長にGOサインをもらったののは、飛び跳ねる勢いで自分のデスクに戻っていく。るんるん気分で記事を書こうとする彼女を邪魔するかのように、富樫が声をかけてきた。
「おい野々村、GOが出たからってあんまり調子に乗るなよな」
「自分がA級セイバーのアポを取れなかったからって、やっかみはやめて欲しいっす」
「ぐっ……」
実は親のコネを使ってA級セイバーにアポを取ろうとしたのだが、素っ気なく断られてしまったのだ。その腹いせにののにちょっかいをかけたのだが、まさか言い返されるとは思わなかった。
「ちっ……ぁ痛った!? 誰だよこんな所に物を置いた奴は!?」
「へへ~ん、おとといきやがれっす」
舌打ちをしながら去る富樫は何かに躓いて転んでしまう。
ののはそれを見ながらざま~みろと舌を出した。
「さぁ、書くっすよ!」
ののは楽しそうにキーボードを打っていく。
多分、彼女くらい逞しく根性が据わっていないとジャーナリストはやっていけないのかもしれない。
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