第16話 結賀望美

 


 私――結賀望美ゆいがのぞみは、大学を卒業したのちギルド協会に就職した。


 ギルド協会に就職しようと思った理由は、セイバーによって私達家族が命を救われたからだ。


 1999年7月に人類が滅亡するというノストラダムスの大予言。


 大予言を迎えたその日、世界中にダンジョンが現れて、ダンジョンの中から出てきた凶悪なモンスターが猛威を振るった。後に大災害と呼ばれる出来事は、予言の通り人類は滅びてしまうかと誰もが絶望する。


 しかし、突如現れたセイバーによって危機は救われたのだ。


 彼等は人々に襲い掛かるモンスターを瞬く間に倒し、ダンジョンを攻略して消滅していった。その結果人類は滅びることなく、逆にダンジョンによる産業革命が起きて人類は発展していく。


 だが、大災害は多くの人々に悲しい爪痕を残した。

 友人を、家族を、大切な人達を失い涙を流した人達は沢山いる。その悲しみは今でも拭われておらず、あの時の光景がトラウマになっている人達は多くいるだろう。


 一歩間違えれば、私もそうなるかもしれなかった。

 小さい頃、大災害の日に私は両親と遊びに出掛けていた。突然ダンジョンが現れ、避難している最中にモンスターに襲われてしまったのだ。


 もう駄目かと思われたが、駆けつけてくれた一人のセイバーが私達家族を救ってくれたのだ。


「怪我はないかい?」


「だ、だれ……?」


「俺か? 俺はセイバーだ。もう安心していいぞ、お嬢ちゃん」


 そのセイバーはたった一人で暴れるモンスターを倒すと、ダンジョンの中に消えて行った。

 あの時のことは今でも鮮明に覚えている。あの人のお蔭で、私達家族の命は救われたのだ。


 大災害の後も、セイバー達は命を懸けてダンジョンを攻略し、人々の平和を守ってくれている。

 恩返しもあるけれど、そんなセイバー達を裏から支えたい、サポートしたいと思って、ギルド協会に就職したのだった。


「あの~、魔石の換金をお願いしたいんですけど」


「承知いたしました。では、魔石のご提示をお願いします」


 私の仕事は主に受け付けや窓口といった事務仕事だ。

 セイバーの相談を聞いたり、魔石の換金だったり、セイバーになりたいという人の面接など。


 それと事務員は、セイバーの担当を幾つか受け持っている。担当しているセイバーのサポートをするといった感じだ。

 私はまだ数人だけど、ベテランの人は数十人も担当していた。


 個人で活動したいと思っている人はギルド協会に登録しに来る。その人達は民間企業のギルドに就職はいっているセイバーとは違い、いわば派遣社員的な扱いだ。強制ではなく、ダンジョンに行こうが行かないが構わない。本人の自由意志に任せている。


 まぁ、ノルマがあるから最低限ダンジョンに行かないと、登録を剥奪するんだけどね。


 ギルド協会に就職してからの一年は、凄く大変だったし悲しく辛かった。


 自分が何もしていない事を棚に上げて文句やいちゃもんを言ってきたり、ダンジョンを攻略している時に他のセイバーやギルドに迷惑をかけたり、警察に協力的でなかったりと迷惑をかけたりすることもあった。


 そのクレームは全部担当事務員である私達に来て、精神が擦り減っていくこともあった。


 でも、クレームなんてマシな方だった。

 もっと辛いのは、担当しているセイバーが死んでしまうこと。昨日元気に会話していたセイバーが、今日の昼に警察から亡くなったと連絡がきてしまう。


「おたくのセイバーはモンスターに殺されました」って。


 それが何よりも悲しくて辛かった。担当していたセイバーが初めて亡くなった時のことは、私はあまり覚えていない。

 ただ、いつも通り仕事をこなして、家に帰ったら泣きわめていた気がする。


 一回や二回じゃない。顔を知っている人、話したことがある人、そんな身近な人が死んでしまうことが何度も起こってしまうんだ。


 その辛さに耐えられずギルド協会を辞めていった者は少なくない。私の同期だって沢山辞めていった。


 私だって何度辞めようかと思ったかわからない。だけど、その度に踏み止まり考え直した。


 大災害以降、ダンジョンが発生する数は増えている。セイバーが居なければ民間人はダンジョンの脅威に晒されてしまう。私の家族だってそうだ。

 一人でも多く、セイバーがいるのは本当にありがたい。彼等の存在は、人々にとって平和の象徴なのだ。


 だから私は辞めない。自分の命を懸けて私達を守ってくれるセイバーに、少しでも心の支えになれればと。死なせないように一生懸命サポートしたいんだ。


 その想いから私は慌ただしい仕事を毎日やり続け、気付けばあっという間に三年が経っていた。



 ◇◆◇



「セイバー登録をしたいという方が来られました」


「わかりました。通してください」


 ある日、フロントからセイバー登録をしたいと連絡がかかってくる。

 ここ最近はセイバーに登録したいという人が居なかったので、久しぶりの面接だった。というのも、ギルドの数が増えてきたからセイバーになりたい人は皆そっちに行くのだ。


 それはそうだろう。

 個人でやるよりもギルドに入った方がダンジョン攻略の危険度も低いし、福利厚生や収入なども安定している。ギルド協会でセイバー登録するよりも、ギルドに入った方が良いのだ。


(どんな人が来るのかな)


 面接の準備をしながら待っていると、エレベーターから一人の青年が出てくる。


(うわぁ、凄いイケメンだ……)


 その青年は男前というか、かなりのイケメンだった。

 背も高く、読者モデルでもやっているんじゃないかと思うぐらいかっこいい。ただ、上に羽織っている黒いコートはちょっとダサいかも。

 まぁ、彼ぐらい背が高く男前なら様になっているんだけど。


 つい見惚れてしまっていると、青年はギルド課の騒がしさに困惑している。

 そうだよねぇ、わかるよその気持ち。ここはいつも感じなのよ。


 青年は辺りを見回しながら、私の方に向かってきた。えっ!? と驚いたけど、コートには受付の番号札がつけてあった。


 という事は彼が、セイバーの登録にしにきた方なのだろう。


「番号札135番の方ですか?」


「はい」


 うわ、声もかっこいい。

 確認すると、やはり彼がセイバー登録しにきた方だった。青年を面接室に連れていき、対面に座って軽い挨拶を行う。


「それでは改めまして、セイバー課の結賀ゆいが望美のぞみです。本日は面接担当をさせていただきますので、宜しくお願い致します」


「新田義侠です。よろしくお願いします」


 彼の名前は新田義侠。あと近くで見てもやっぱりイケメンだった。

 面接を始め、新田さんに本人確認証と履歴書を見せてもらう。その瞬間、私は驚愕してしまった。


 なんと新田さんはまだ十七歳だったのだ。随分若いなーとは思っていたけど、まさか高校生だとは思ってもみなかった。

 しかし、彼によるとつい最近退学になってしまったらしい。理由を尋ねると、どうやら暴力を振るってしまったようだ。


 正直に話した彼に、私は理由を問う。

 どうして暴力を振るったのかと。その過程を聞かなければ、面接にも影響する。理由もなく暴力を振るったのであれば、そんな人をセイバーにさせる訳にはいかないからだ。


 新田さんは少し戸惑いながらも、理由を話してくれた。

 その内容からすると、学校のスポンサーの息子が権力を盾に集団で生徒を虐めていたので、それを止めさせようとしたら手を出されてしまった。返り討ちにしたら怪我を負わせてしまい、退学になったとのこと。


(現実にそんなことあるんだ……)


 正直作り話かってくらいドラマチックな内容だったけど、多分彼は嘘は吐いていないだろう。


 これまで沢山の人と話してきたんだ。その人が嘘を吐いているか吐いていなかぐらい私には見分けられる。

 話している時の新田さんは申し訳なさそうにしながらも、後悔はしていないように見えた。


 その話はおいておいて、私はどうしてセイバーになろうと思ったのか尋ねる。

 すると彼は、自分でギルドを作ってダンジョンランキングで一位になりたいと言ったのだ。


 その理由に私は驚き、つい笑ってしまった。

 セイバーを登録しに来る人の理由は人によって違うが、大体はありきたりなことばっかりだ。だけど彼は、最初から明確な目標を持っている。それがちょっと不思議だったのだ。


 それから私は新田さんに真剣な話をした。

 セイバーが如何に危険であることかを。だけど彼の意志は揺るがなかった。

 両親も既におらず、悲しませる人もいないからと。新田さんはいわゆる“訳あり”だった。


 新田さんの覚悟を受け取った私は、実施試験を行う為に彼を地下三階に連れていく。

 ギルド協会は独自に二つのダンジョンを管理していて、セイバーの試験だったり研修だったり昇格の為に使っているのだ。


 エレベーターで地下三階に降りると、冬樹ふゆきさんが声をかけてくる。

 筋肉が凄くボディービルダーみたいな外見の彼は、ギルド協会所属のA級セイバーだ。因みにA級セイバーとは日本でも数少ない超凄くて強いセイバーで、尊敬に値する人物である。


 でも私、冬樹さんってちょっと苦手なのよね……。

 馴れ馴れしいというか、会う度にご飯を誘ってくるのも面倒だ。それに申し訳ないけど見た目が暑苦しいのよね……私的には、新田さんみたいな人が好みだわ。


 私は新田さんに冬樹さんを紹介する。

 彼が今回、新田さんの試験を担当してくれるのだ。


 冬樹さんは新田さんを連れていき、魔道具の説明やレクチャーを行う。魔銃を手に取って喜んでいる新田さんを見ると、まだまだ子供だなって可愛く思えてきた。


 魔銃を試し打ちした後、二人はダンジョンの中に入っていく。冬樹さんがいるから心配することはないんだけど、やっぱり心配しちゃうわね。


 しかし、私の心配は杞憂に過ぎなかった。

 現れたモンスターを、新田さんは脅えずに倒してしまったのだ。それも外すことなく一発で仕留めてしまう。


 これには少し驚いた。

 どんな人だって、初めてモンスターと戦う時は恐くて右往左往するのが当たり前。なのに彼は淡々と、あっけらかんとモンスターを倒してしまった。

 慣れてきたらゲーム感覚でバンバン倒せるんだけど、初めはビビッて何もできないパターンが多い。


 ビックリしたのはそれだけじゃなかった。

 なんと新田さんは、魔銃を冬樹さんに渡して素手でモンスターと戦かおうとしてしまう。


「ちょっとちょっと、何してるの!? 怪我したらどうするのよ、冬樹さん!」


 二人の行いに気が気でなく心配していると、新田さんは凄い速さでモンスターに接近してモンスターを殴り倒してしまう。


「す、凄い……」


 まさか素手でモンスターを倒してしまうなんて……。

 確かに魔道具を使わずに戦うセイバーもいるにはいるけど、初めて戦う新田さんができるなんておかしくない?


「なんなのよ……彼は……」


 私が驚いている間に、新田さんは次々現れるモンスターを獅子奮迅の如く蹴散らしてしまう。倒すごとに動きが疾く、キレが鋭くなっていく。終いには、ガーディアンですら一撃で倒してしまった。


「もう凄すぎて……何がなんだかわからないわ」


 ため息を吐いていると、二人がダンジョンから出て戻ってくる。


「まさか一人で守護者ガーディアンまで倒しちゃうなんて凄いですよ新田さん!」


「ありがとうございます。でもそんなに大したことなかったですよ」


「大したことありますよ! 魔道具も使わず自分の身体で戦った時は「なんて危ないことをさせているんですか冬樹さん!」って冷や冷やしましたけど、素手でバッタバッタと倒しちゃうんですもの!」


 興奮しながら褒めると、新田さんは照れ臭そうに頭を掻いた。

 本当に凄いことをやってのけたのに、本人は余りわかっていないようね。謙虚なのか、頓珍漢なのか……まぁそういうところもギャップがあって可愛いかも。


 冬樹さんに試験合格を言い渡され喜ぶに彼に、セイバー登録の手続きをするからと面接室に二人で戻っていく。


 C級セイバー証を渡した後、セイバーについての注意事項などを説明する。


 ギルド協会のHPを教えたり、ダンジョンに入る時にやって欲しいことや、警察に報告したりすることなど。これを怠ってしまうと私も困ってしまうし新田さんの評価も下がってしまうから、しっかり覚えてもらった。


 逆に新田さんからの質問を答える。

 ギルドを作ってギルドマスターになる為には、まずB級セイバーになってさらに評価を上げなければならない。


 早くても三年はかかると言ったら、目に見て落ち込んでしまった。可哀想だけど、B級の壁は高くそう易々と昇格できるものじゃない。地道にやってもらうしかなった。


 落ち込んでいたと思ったら、新田さんは何かを閃いたような顔を浮かべて、こう頼んできた。


「結賀さん、ダンジョン警報なんですけど、俺には全国の範囲に設定してくれませんか」


 突飛なこと言われて、つい首を傾げてしまう。

 ダンジョン警報を全国範囲に設定したところでなんになるのだろうか。新田さんは都内に住んでいるのだから、例え地方にダンジョンが現れたって出動できないのに。


 そのことを伝えるが、新田さんはそれでもいいからお願いしますと言ってくる。

 彼の考えていることは分からないが、セイバーのサポートをするのが私の役目だ。して欲しいというのならしてあげるまで。


 一通り説明が終わったので、最後に講習を行う。

 段取りとか、他のギルドやセイバーと一緒になった時とか、ダンジョンについてだとかね。


 新田さんは講習を受けてもらったが、今一物覚えが悪かった。

 彼は自分で、「俺……身体を動かすことは得意ですけど頭は悪いんです」と言っている。


 彼、大丈夫かしら? ギルドを作るということは、社長になって会社を経営するということと同じ。会社を経営するにも、それなりの学がなければならない。まぁそういうのは人を雇って任せるって手もあるけど、自分も理解していなければならない。


 とりあえず今日は、私も頑張ってわかりやすく説明したので、なんとか理解してもらえた。


「ありがとうございました、結賀さん。またよろしくお願いします」


「お願いだから、余り無茶はしないでね」


 講習も終わり、新田さんと別れる。

 私はこの時知らなかった。何故彼がダンジョン警報を全国範囲に設定して欲しいと頼んできたのか。


 その理由を、私はすぐに知ることになる。



 ◇◆◇


「新田さん! これはいったいどういう事ですか!?」


 一週間ぶりにギルド協会を訪れた新田さんに、私は開口一番に興奮気味に尋ねる。

 興奮というか戸惑いというか、興奮するのが無理な話だ。

 だって新田さんは、この一週間だけでも十件のE級ダンジョンを攻略していたのだから。


 どういうことか問い詰めると、彼は真剣な表情で私にお願いしてきた。

 理由は話すけど、他の誰にも言わないって。どうやらまた何か特別な訳があるらしい。私は約束し、場所を面接室に変えて改めて話を聞く。

 すると彼は、なんとこう言っていきたのだ。


「俺があちこちに行けるのは、瞬間移動できるからなんです」


「しゅ、瞬間移動~~?」


 この子ったら、いきなり何を言い出すのかしら。

 瞬間移動なんてできる訳ないじゃない。やっぱり本当のことは話せないのかしら……と残念に思っていると、目の前にた新田さんが突然消えてしまった。


(えっ!?)


 突然消えた彼に驚いていると、新田さんは私の後ろから声をかけてくる。

 彼は本当に、瞬間移動を行えたのだ。もしかして超能力者? と疑念を抱いていると、どうやらからくりは彼が着ている黒いコートにあるらしい。


 誰かから譲り浮けたコートは転移マントといって、元々は新田さんのお父様の所持品で、瞬間移動できる力があるそうだ。

 多分魔道具だと思うんだけど、そんな凄い便利な物があるなんて……。


 でも、確かに転移マントがあれば全国に現れたダンジョンに行けるだろう。彼がダンジョン警報を全国範囲に設定して欲しいと頼んだのは、転移マントがあったからだったんだ。


 私は転移マントを他の人に話をしてはいけないと厳重に注意する。それは彼も十分理解していて、送り主からも注意されたそうだ。


 そりゃそうよね……瞬間移動できる魔道具なんて、セイバーからしたら是が非でも欲しいものだし。


 でも、どうしてそんな重要なことを私に話してくれたのだろう。

 正直に話さなくても、瞬間移動できるだけで転移マントの存在は明かさなくてもよかったのに。そう思っていたら、新田さんは真顔でこう言ってきた。


「はい。俺は結賀さんを信じていますから」


「――っ!?」


 これには私もハートにズッキュンきたわ。

 まだ二回しか会っていない私なんかを信頼してくれる。そんな嬉しいことあるだろうか。


 やばい……新田さんの顔がまともに見れない……。

 熱くなっている顔を隠すように手で覆っていたら、彼に心配されてしまった。落ち着きを取り戻した私は、話を続ける。


 それから大量の魔石を換金して――凄く驚いた――、新田さんに言ってなかったB級セイバーに昇格する条件を謝りながら話すと、彼は瞬間移動で帰ってしまった。


「はぁ……」


「どうしたんですか先輩? ため息なんて吐くなんて珍しいですね」


 自分の窓口に戻ってため息を吐いていると、後輩の女の子から問いかけられる。


「まぁ、担当しているセイバーさんと色々あってね。ちょっと疲れちゃった」


「へぇ、でもそれにしては嬉しそうですね」


「そ、そうかしら?」


 首を傾げていると、後輩はにまりと下卑た笑みを浮かべて、


「先輩が担当しているセイバーって、さっきのイケメン君ですよね? いいですね~先輩、羨ましいです。私もイケメンを担当したいですよ~」


「ばっ!? そんなんじゃないわよ!」


「本当ですか~~? 実は狙っていたりとかしないんですか~?」


「もう、馬鹿なこと言ってないで仕事に戻りなさい」


「は~い」


 楽しそうに返事をして去っていく後輩に、私はもう一度ため息を吐いた。


「新田さんは子供なのよ。狙うとか何言ってんだが……」


 確かに新田さんはイケメンだし芯の通っている魅力的な男の子だ。

 けど、ちょっと危なっかしいところがある。それが放っておけないだけ。


 うん、そうだ。そうに違いない。


「よし、仕事頑張ろ」


 後輩の言ったことは忘れて、私は自分の仕事をこなす。

 人々の平和を守るセイバーのサポートをするために。

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