第14話 警察ダンジョン課

 



「そういや、ダンジョンを攻略した後は警察のダンジョン課ってのに報告しなきゃいけないんだっけ」


 ダンジョンを攻略した俺は、山道を降りて道の駅にまで戻ってきていた。

 もう用は無いし帰るか他のダンジョンに行きたいところなんだが、セイバーのルールで勝手に帰ることは許されない。


 ダンジョンで起こったことを、結界を張りに訪れる警察に報告しなければならないからだ。

 ギルド協会の結賀さんにも警察には協力してくれって強めに言われているし、仕方ないから待つことにした。


「な、なんだ?」


 早く来ねーかなと思っていたら、突然バババババ! と五月蠅い音が上から聞こえてくる。なんだなんだと見上げてみれば、空に飛んでいるヘリコプターが道の駅駐車場に着陸する。


「おいおい、何でヘリコプターが……」


 こんな駐車場のど真ん中にヘリコプターが着陸するなんておかしいだろと困惑していると、機動隊が着ているようなゴツい服を身に纏った人達がぞろぞろとヘリコプターの中から出てきた。


「ダンジョンはこの辺りに出現している、探してすぐに結界装置を発動しろ! ダンジョンから出ているモンスターを発見したら即討伐! それと避難できていない民間人が残っていたら誘導するんだ!」


「「はい!!」」


「E級だからって手を抜くんじゃねぇぞ! モンスターから民間人を守るのは俺達ダンジョン課の役目なんだからな!」


 おお~なんか凄いことになってるな。

 ヘリコプターから出てきたと思ったら、慌ただしく山の中に入っていく人達を眺めて感心する。


 聞こえた会話から察するに、あの人達が警察のダンジョン課というやつなんだろう。初めて目にしたけど、なんかかっちょいいな。


 おっと、ボーっとしてないでさっさと報告を済ましちまおう。

 俺は部隊の指揮を執っていた隊長らしき人に近付き声をかける。


「あのーすいません」


「ん? なんだボウズ、こんな所に居ちゃ駄目じゃないか。ここの近くにダンジョンが出現したんだぞ。早く安全なところに逃げなさい」


「あっいや、俺はセイバーです」


「セイバぁ? ボウズがぁ?」


 自分がセイバーだと伝えると、隊長らしきおっさんが胡乱気な眼差しで睨んでくる。

 ちょっとちょっと、あんた顔が恐いって。元々イカつい顔してるんだから睨むのはやめてくれよ。普通にビビるから。


 やっぱ俺みたいな若い奴は怪しまれるのか……。警察の人に信じて貰えるように鞄から財布を取り出し、さらに財布の中からセイバー証を取り出して隊長らしき人に渡す。


「はい、これセイバー証です」


「拝借する」


 俺からセイバー証を受け取った隊長らしき人はセイバー証を確認すると、


「新田義侠、C級セイバー……うむ、確かに(“新田”か……懐かしい響きだな)」


 隊長らしき人は「ありがとう」と言ってセイバー証を返してくる。ふぅ~良かった、なんとか信じてもらえたようだな。

 安心していると、彼はビシッと敬礼しながら自己紹介してきた。


「私は警察庁ダンジョン課、関東区域担当ダンジョン部隊隊長の柳葉やなぎばだ。ダンジョン攻略のご協力感謝する」


「新田です。よろしくお願いします」


 なんか肩書が長ったらしくて全然覚えられなかったけど、とりあえずこのイカついおっさんの名前が柳葉さんってことと隊長ってことだけは分かった。


「それにしても早い到着だな。ヘリで飛んできた警察俺達よりも早いとは。それもこんな山の中に」


「あ~……丁度ここら辺に居たんですよね」


 流石に瞬間移動で来ましたなんて素直に言う訳にも行かないので、申し訳なく思いながら嘘を吐く。


「なるほど……ボウズは一人か? 所属しているギルドは? 他にギルドメンバーは居ないのか?」


「俺一人です。ギルドには入っていません。昨日セイバーになったばかりだし」


「ええ!? 昨日セイバーになっただって!? ちょ、大丈夫かボウズ? 大分若そうに見えるが……」


「歳は十七です。訳あって高校を辞めてセイバーになりました」


 どうせ突っ込まれるので自分から正直に本当のことを伝えると、柳葉さんは「十七!?」と驚いて「か~!」と天を仰いだ。


「今若いセイバーが増えているのは知っているが、あまり命を無駄にするなよ。全く、ギルド協会も何でこんな子供をセイバーにさせるかね。いいかボウズ、ボウズが考えているよりセイバーもダンジョンも危険なんだぞ。遊び半分でやっていいもんじゃないんだ」


「遊びじゃないです。全て覚悟の上でセイバーになりました」


 真剣な声音で即答すると、柳葉さんは俺の目を真っすぐに見てくる。

 目を逸らさず、俺もまっすぐに彼の目を見る。


「(強い目だ……どうやら本気のようだな)そうか……いや、すまない。口五月蠅いことを言ってしまったな」


「いえ、大丈夫です」


 真摯な態度で謝ってくる柳葉さん。彼が本気で俺を心配してくれたのは分かるから、別に気を悪くした訳でもない。それに、十七のガキがセイバーになるって聞いたら誰だって口を挟みたくなるのも無理はないだろうしな。


「昨日セイバーになったってことは今日が初めての攻略か。なら絶対に一人で入るなよ。他のセイバーが到着するまで待つんだ」


「ああ、それなら――」


「柳葉隊長、よろしいですか」


「ん、何だ?」


 ――ダンジョンはもう攻略しましたよ。

 そう言おうとしたら、駆け寄ってきた他の隊員に遮られてしまった。


「ダンジョンなんですが、どこにも見当たりません」


「はぁ!? そんな訳あるか、ちゃんとよく探したのか?」


「柳葉隊長、ダンジョンの反応が無いのは本当です」


「おい宮城みやぎ、それはどういうことだ?」


 いつの間にか側にいた、宮城という女性隊員の話に柳葉さんが眉根を寄せて問いかける。すると彼女はタブレット端末みたいな機械を取り出しながら説明する。


「さっきまであったダンジョンの魔力反応が消失しています。もうここにダンジョンはありません」


「おいおい、そりゃいったいどういう事だ?」


 女性隊員の報告に首を傾げる柳葉さん。

 そりゃそうなるだろう。だってダンジョンはさっき俺が攻略したんだし。

 伝えるならここだなと思った俺は、柳葉さん達の会話に入って口を開いた。


「あの、ダンジョンならさっき俺が攻略しましたよ」


「「はっ……?」」


「お、おいボウズ、それは本当か? ダンジョンが出現してからまだ二十分ぐらいしか経ってないんだぞ」


「嘘なんて言いませんって。ほらこれ、ダンジョンで手に入れた魔石です」


 呆然としている柳葉さん達に、鞄に仕舞ってあるダンジョンで採れたてほやほやの魔石を見せる。貸してくれと言われたので渡すと、魔石を見たダンジョン課の人達は驚愕した。


「本当だ……」


「これ中魔石ですよ。恐らくガーディアンのものだと思われます」


「ダンジョンはゴブリン級が十体ぐらいで、ガーディアンは大きい蛇でした。ダンジョンコアは殴って壊しました」


「「殴った!?」」


 ダンジョンで起こったことをありのままに話すと、彼等はさらに驚いてしまう。

 ビックリしたぁ、そんなに驚かなくてもいいだろ。逆にこっちが不安になってくるわ。


「おいボウズ……確かお前さん、セイバーには昨日なったって言ってたよな」


「はい」


「「ええ!?」」


「昨日の今日で、しかもたった一人でダンジョンを攻略したのか」


「まぁ、そうですね」


 頷きながら告げると、柳葉さんは「ははは!」と可笑しそうに笑い、他の隊員達は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。


「こりゃ大したもんだな。新田義侠殿、ダンジョン攻略にご協力感謝します。ギルド協会にはこっちの方で報告しておくわ」


「よろしくお願いします。もう帰ってもいいですかね?」


「ああ、いいぞ」


 敬礼して感謝の言葉を述べてくる柳葉さんに尋ねると、大丈夫だと言われる。

 報告って言ってもこんくらいでいいんだな。よし、終わったことだし退散しよう。


「じゃあ俺は失礼します」


「おう」と手を上げている柳葉さんと敬礼してくる隊員達に見送られながら、俺は彼等が見えないところまで行き、瞬間移動で帰宅したのだった。



 ◇◆◇



「柳葉隊長、彼は昨日セイバーになったって言ってましたけど本当ですか?」


 義侠を見送った後、警察庁ダンジョン課警部補の宮城みやぎ佳穂かほが、警部の柳葉五郎ごろうに問いかける。


「そうみたいだぜ」


「凄いですね。セイバーになったばかりで、しかも一人でダンジョンを攻略してしまうなんて……難易度がE級だとしても正直信じられません」


「お前さんの言いたいことは俺にも分かるぜ。ぶっちゃけ、俺だって全部信じちゃいないからな」


「ですよね」


 セイバーになったばかりでも、ギルドに所属していて仲間と一緒なら攻略できるだろう。

 だが昨日セイバーになったばかりの新人が、E級とはいえたった一人でダンジョンを攻略したというのは俄かに信じられない。


 しかも目に見える怪我は一切見当たらず、初のダンジョンで興奮している様子も窺えなかった。寧ろ飄々としたいように思える。


 そんな新米セイバーなんて今までいなかった。

 初めてのダンジョンでは上手くいかず、悔しそうにしていたり恐怖で竦んで泣いているのがデフォルトだ。それは警察間だって変わらない。初めてのダンジョンとはそういうものだ。


 怪訝そうにしている宮城に、柳葉はにやつきながら義侠の情報を教える。


「それもあのボウズ、歳が十七だそうだぜ」


「十七!? ええ……若いとは思ってましたけど、十七歳って……嘘ですよね?」


「マジで若ぇし、嘘じゃねぇだろうな。まぁ“訳あり”なんだろう」


「訳ありですか……最近増えてますよね、ギルドが子供を入れさせているのも」


 若いセイバー、とくに未成年者の子供がギルドに就職してセイバーになっているのが近頃増えている傾向があった。それも人材不足である弱小ギルドばかりが“訳あり”の子供を受け入れている。まぁ、訳ありなのは子供だけではないが。


 ギルド協会が定めた規則にはセイバーの年齢制限がないため、誰だってセイバーにはなれるが、だからといって若い子供をセイバーにするのはどうかと宮城は思っている。現に亡くなってしまっている子供もいるし、それが世論から非難されているのも事実だ。


「どう考えても納得できねぇが仕方ねぇよ……。ギルド協会は政府直属の機関だ、下っ端の俺達がギャーギャー言ったところで何も変わらねぇ」


「そうですね……」


 誰だっておかしいと思っている。本来自分達が守らなければならない筈の子供が、命を懸けて戦うなんてことは。

 だけど、その子供達によってダンジョンの脅威から人々の平和が守られているのもまた確かな事実である。


「でも彼、いったい何者なんですかね……初めてのダンジョンなのにあんなケロっとしていて……」


「気になるか?」


「それはまぁ……」


「はは、分かるぜ! あのボウズかなりのイケメンだったもんな!」


「そ、そんなんじゃないですって! 勘違いしないでくださいよ」


 柳葉にからかわれ、顔を赤く染めながら反論する宮城。

 確かに義侠はイケメンだ。背も高いし、雰囲気も若いのに大人びている。義侠と話している時に(イ……イケメンだわ)と思ってしまったのは彼女だけの秘密である。


「ちょっと柳葉隊長、今の時代それセクハラですよ」


「すまんすまん。でもまぁ、また会うだろうさ。あのボウズがセイバーである限りな」


 この時、二人はまだ知らない。

 今後もダンジョンを攻略した義侠としょっちゅう遭遇し、「どういうこと?」と困惑してしまうことを。

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