第13話 E級ダンジョンとべセルアップ

 



「母さん俺、セイバーになったよ。セイバーにだけはなるなって言ってたのに、ごめんな」


 母さんの遺影に手を合わせながら謝る。

 小さい頃からずっと、セイバーにだけはなるなって言われてきた。その約束を破り、俺は昨日セイバーになった。

 母さんには申し訳ないと思っている。だが、俺はこの道を進むしかないんだ。


 帝国ギルド社長の帝我園が父さんを殺したかもしれない。その真実を確かめる為にも、俺はセイバーになり自分のギルドを作ってダンジョンランキングで一位になる。


「父さん、見守っていてくれ」


 母さんの遺影の隣に置かれている父さんの遺影にも手を合わせる。


 父さんがどんな人だったのか、生まれた時には既に居なかったから俺には分からない。母さんが言うには、明るく優しくて誰にでも手を差し伸べる立派な人だったらしい。



 ――困っている人が居たら見てみぬふりをするな。

 ――自分の中の正義を貫け。



 この教えは母さんに言われてきたが、実は父さんのものだったらしい。

 でも、そんなのは関係ない。俺は“二人の”教えを忘れずに生きていく。

 セイバーにはなったが、その信念だけは絶対に曲げない。


「じゃあ、行ってくるよ」


 二人にそう言って、頭を軽く下げる。

 するとタイミング良く俺のスマホにダンジョン警報が鳴り響いた。全国のどこかでダンジョンが出現したのだろう。


「場所はどこだ?」


 すぐにギルド協会のHPを開いて詳細な情報を確認すると、難易度E級のダンジョンが静岡県の道の駅周辺に出現したらしい。ちゃんと位置情報も記載されてある。


 俺は位置情報をコピーしてからマップのアプリを開いてペーストし、ストリートビューで場所の画像を見る。


「この手間も面倒だよなぁ……」


 転移マントで瞬間移動するには、転移する場所をイメージしなければならない。行ったことがある場所ならすぐに転移できるんだが、一度も行ったことがない場所に転移するにはこうやってマップアプリで一々画像を検索しなければならなかった。


 他に魔力を探知して転移できる方法もあるんだが、そっちの方はまだまだ出来ない。訓練はしているんだが、魔力を探知するってのが今一分からなかった。


「よし、行くか」


 転移する場所のイメージを頭に叩き込んだ俺は、瞬間移動を行ったのだ。



 ◇◆◇



「ここか……」


 無事に道の駅に瞬間移動した俺は、周りの状況を確認する。


「ダンジョンが現れたって! この近くらしいよ!」


「早く逃げよう!」


 ダンジョン警報を聞いたのだろう。道の駅にいた観光客や店員などの人達が慌てて避難していた。自分達から避難してくれているので、俺がわざわざ逃げろと言う必要はないだろう。


「警察は……まだみたいだな」


 ダンジョンが出現したら警察のダンジョン課が出動し、ダンジョンからモンスターが出て来ないように結界装置を張ることになっている。しかし、警察の姿はどこにも見当たらない。


 そりゃそうか、こんな山の中にすぐに駆けつけるのは難しいだろう。


「さて、ダンジョンはどこにあるんだ?」


 道の駅周辺と書いてあったから、すぐ近くにある筈なんだけどな。


「ん? あっちか?」


 どうやってダンジョンを探すか考えていたら、不意に違和感をいた。なんかこう、山の中から異様な雰囲気が漂ってくる。気になった俺は、道路の壁を乗り越えて山の中に入った。


「ビンゴだな」


 山の中に入ってすぐ、異様な雰囲気がさらに強まった。

 この先にダンジョンがあるのは間違いない。ダンジョンに入る前にスマホを操作し、ブックマークしていたギルド協会HPのマイページを開いて、道の駅周辺に出たE級ダンジョンに入ることを送信する。


 面倒だが、これをしないと評価が下がったり罰則を受けてしまう。結賀さんにも絶対してねって念を押されたしな。


 しっかり送信の確認をした俺はスマホをポケットに仕舞い、奥へと進みダンジョンの中に入り込んだ。


「この感じ……入ったな」


 歩いてすぐ、不気味な感覚が身体に纏わりつく。セイバー登録試験で、ギルド協会のE級ダンジョンに足を踏み入れた時と同じ感覚だ。

 という事は、俺は異界――ダンジョンの中に入ったということだ。


「よし、気張っていくか」


 セイバーになってから初めてのダンジョン攻略。

 いつ命を落としてもおかしくない危険な仕事。すぅ~はぁ~と深呼吸し、初陣を無事達成するべく集中を研ぎ澄ました。



 用心しながら歩いていくと、カサカサと物音が聞こえてくる。音に反応してそちらに視線を注ぐと、黒い化物――モンスターがいた。


「ダ……ダンゴムシ?」


 最初に遭遇したモンスターは、サッカーボールぐらい大きいダンゴムシの見た目をしたモンスターだった。


 あれモンスターだよな? ダンゴムシが突然変異して大きくなったとかじゃないよな?


(モンスターってあんな感じなのもいるのか)


 どう考えても見た目がダンゴムシで訝しんでしまうが、きっとモンスターなのだろう。全身が黒く、目が赤いというモンスターの特徴にも当てはまっているし。まぁダンゴムシはそもそも黒いんだけど……。


「ちょっと石でも投げてみるか」


 様子を見てみようと、俺は地面に落ちていた小石を拾ってモンスターに投げる。パシッと見事的中すると、モンスターは身体をクルリと丸めて俺のほうに勢いよく転がってきた。


「おら!」


「――ッ!?」


 転がってくるモンスターをタイミング良く蹴っ飛ばす。吹っ飛んだモンスターは木に激突し、地面に落下してピクピクと震えた後、泥となって消滅した。


 なんだよ……一撃で終わりかよ。

 物足りなさを感じつつモンスターが消滅した場所に向かい、地面に落ちている石――魔石を拾う。


「一応初退治って感じだな。そんでこれが魔石か」


 拾った魔石を手の中で転がす。

 モンスターを倒すと必ず魔石が落ちる。そんでこの魔石には魔力と電力が内臓されており、ギルド協会で換金できるんだ。確か数千円から数万円だっけ。


「失くさないようにしないとな」


 背負っているバッグに魔石を仕舞う。

 このバッグは魔石を入れる為に買ったものだ。値段は3980円と安物。沢山入れられるようにデザインよりも機能性を取った。バッグの中には飲み物や携帯食料が入っている。


 バッグを背負うのは少し戦い辛いが、魔石を拾うには仕方ない。面倒だがダンジョンを攻略したところで魔石を拾わなかったら評価も上がり難いしな。


「よし、次だ」


 それから俺は、奥に進みながら次々と現れるモンスターを苦戦せず倒していく。


 バッタ、芋虫、蝶、カマキリなど、見た目が昆虫のようなモンスターばかり現れた。そういえば結賀さんに教えてもらったっけ。ダンジョンが出現した場所の環境によって、モンスターの見た目も変化するって。


 自然の中だから昆虫の姿をしたモンスターが沢山出てくるんだろうな。

 でもこれ、虫嫌いなセイバーにはたまったもんじゃないだろう……俺は平気だけど。


 モンスターはどいつもこいつも普通よりサイズが大きいだけで、特殊な攻撃をしてきたりする訳でもなく雑魚ばっかだ。

 まぁ最低難易度E級に出てくるモンスターはゴブリン級ばかりだから、こんなもんか。


「おっ、あれって……」


 さらに奥に進むと、俺はあるものを発見した。

 それは切り株の上で淡く光ながらクルクルと回るダンジョンコアだ。ダンジョンを構成しているダンジョンコアを破壊すればダンジョンは消滅し、攻略完了となる。


 こんなに早くダンジョンコアを見つけられるなんて幸先良いな。

 さっさと破壊して終わらしちまおう。そう思ってダンジョンコアに歩き出そうとした瞬間、突然地面が揺れ出す。


「地震か? いや、これは――」


「シャア!」


「あっぶね!」


 嫌な予感がした俺は、その場から飛び跳ねるように距離を取る。すると、俺がいた場所の地面の中からドドッ! と蛇のようなモンスターが這い上がってきた。


 あっぶねぇ……そこに居たままなら喰われちまってたぞ。

 間一髪回避できたことに安堵しながら、今までとは一線を画すモンスターを観察する。蛇のモンスターは体長が俺よりも大きく、中々に強そうな雰囲気を醸し出していた。



守護者ガーディアンってやつか」



 ガーディアンはダンジョンコアを守る守護者、いわゆるボスって感じのモンスターだ。そういえば、ガーディアンを倒さないとダンジョンコアを破壊できないんだっけ。すっかり忘れていた。


 恐らく、ダンジョンコアに近づいたから現れたんだろう。つーか、地面の中から不意打ちとか卑怯だろうが。


「シャアアアッ!」


「っ!」


 心の中で悪態を吐いていると、モンスターが顎を開けながら襲い掛かってくる。波打つように不規則に動くモンスターをしっかりと捉え、タイミングを計って拳を振るった。


「おらぁ!」


「ジャッ!?」


 拳打は横っ面にクリーンヒットし、モンスターが吹っ飛ぶ。だがすぐに立て直し、今度は地面を這うように迫ってきた。


「シャアッ!」


「ちっ!」


 反撃し辛い角度から強襲され、腕に噛みつかれてしまった。刺されるような痛みはあるものの、モンスターの牙は腕の肉に届いていない。


「離せよ」


「ジャ!?」


 牙で貫けず困惑しているモンスターの首根っこをぐっと鷲掴み、全力で握り締める。首を絞められたモンスターは悶絶し、俺の腕から口を離した。

 掴んだままモンスターの身体を地面や木に何度も叩きつけていると、絶命して泥となった。


「ふぅ……ちょっとヒヤッとしたけど、転移マントのお蔭で助かったな」


 肩を撫で下ろしながら、モンスターに噛まれた部分を見る。鋭い牙に噛まれたというのに、転移マントは破れるどころか傷一つ付いていなかった。


 送り主不明の二通の手紙の内、転移マントの説明書にはこう書かれてあった。


『転移マントは防具でもあり、破損しても何日か経てば自動的に修復される』ってな。


 この転移マントは瞬間移動できるだけでなく、強固な防具でもあるんだ。だから、モンスターに噛まれても肉には届かず、多少痛いだけで済んだのである。


 それに加え、万が一破損しても勝手に修復されるらしい。試したことはないけどな。

 マジで優れものだぜ、この転移マントはよ。


「うっ……なんだ、身体が熱い」


 急激に身体が熱くなり、戸惑ってしまう。だがそれはほんの一瞬ですぐに収まり、今度は身体の底から力が溢れてきた。


「はぁ……はぁ……もしかして今のがべセルアップってやつか?」


 冬樹さんに聞いた話だが、ダンジョンでモンスターを倒すと、魔力を溜められる器が大きくなるんだ。


 この現象を“器の進化”――べセルアップと呼ぶらしい。難しいことはよく分からないが、簡単に例えるとゲームのレベルアップみたいな感じみたいだ。


 べセルアップは魔力を溜められる器が大きくなるだけじゃなくて、微かにだが身体にも変化をもたらす。その変化というものは、大雑把に言えば身体が強化されるんだ。反射神経や運動能力など、様々な人体の能力が強化される。より高く跳べ、より速く走れたりするんだ。


 考えてみたら凄いよな。突き詰めていったら超人のようになるってことだろ?


 ギルド協会で試験を担当してくれた冬樹さんや、帝我園のようなA級セイバーくらいになると、超人レベルに達しているらしい。俺も早くそうなりてぇな。


「さっさとダンジョンコアを破壊するか」


 ガーディアンを倒したことで、ダンジョンコアを守るモンスターはもう居ない。俺はダンジョンコアに近づき、「ふん!」と思いっ切り殴って破壊した。


「ふぅ……これで攻略完了っと」


 ダンジョンコアを破壊すると、身体に纏わりついていた嫌な感覚が消える。恐らくダンジョンも消滅したんだろう。

 一仕事した俺は、ガーディアンを倒した時に落ちた少し大きめの魔石を忘れずに広い、踵を返した。


「初陣にしては上々だな」


 こうして、俺の初めてのダンジョン攻略は無事達成で終えたのだった。

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