第11話 八剱咲良
「や~いや~い泣き虫~」
「泣き虫さくら~」
「うぇ~ん! ひっく……」
私――
恐いこと、嫌なこと、痛いことがあったら、すぐに泣いてしまう。ドン臭くて、すぐに転んで怪我をしては泣いてしまう。それを面白がった男の子たちにもからかわれてしまい、また泣き出してしまう。
けど、そんなダメで泣き虫な私を助けてくれるヒーローがいた。
「おい! さくらをイジめるな!」
「うわぁ、だんなが来たぞ~」
「にげろ~!」
「ったくあいつら、いっつもさくらにちょっかいかけやがって」
「うぅ……よしき君」
私の事を助けてくれるヒーローは、
義侠とは家が隣同士で、いわゆる幼馴染という関係。彼は人見知りで引っ込み思案の私と一緒に遊んでくれたり、泣いているとすぐに飛んできてくれる正義のヒーローだった。
「ほら、立てよ」
「ありがと」
「何かあったら、すぐにおれを呼べ。なにがあっても助けにいくからさ」
「うん!」
いや、助けているのは私だけではない。
幼稚園の友達に先生、動物や見知らぬ人でも、困っている人がいれば誰彼構わず助けてしまう。それは小さい頃から
どうしてそんなに人助けをしているのかと聞いたことがある。
その問いに、彼はこう言ったのだ。
「困っている人を見たら見てみぬふりをするな。自分の中の正義を貫け。おれは母さんの教えを守っているだけだよ」
無邪気な笑顔でそう告げる彼は、とてもかっこよかった。
義侠の母親は綺麗な女性だけど、強くて優しい女性でもあった。義侠の家に行って遊ぶことも多かったが、母親は仕事で家に居ることはあまり無い。
それでも、家にいる時は小さな私と遊んでくれたり、暖かいご飯や甘いお菓子を作ってくれたりと優しく振る舞ってくれた。
義侠に似て、優しくてかっこ良い女性だったんだ。
私は義侠のことも、義侠の母親のことも大好きだった。
「咲桜、今日からお前を鍛える。お前は私のように立派なセイバーになって人々を守るんだ」
「……はい、お父さん」
小学生に上がり、十歳になった頃。突然父が剣呑な顔を浮かべて私にそう言った。
周りの人達には普通のサラリーマンだと話していたが、父の本当の仕事はダンジョンの脅威から人々を守るセイバーだった。
それもダンジョンランキング一位の大企業、帝国ギルドに務め、幹部の役職に就いている。実は凄いセイバーの父は、娘の私にもセイバーにさせるつもりだった。
「あだっ!」
「立て咲桜、そんなんじゃ立派なセイバーにならないぞ」
「ぅう……」
「泣く前に立て」
「はい……」
父は厳格で、寡黙な人だった。小さな私に対しても、容赦なく戦いの指導をしてくる。泣いたって許されない。ただじっと、鬼のような眼差しで立てと促してくるのだ。
「なんだこの成績は? 明日から塾に通え」
「でも、それだと義侠と会えない……」
「新田さんの子か。あの子とは学校以外では極力関わるな」
「えっ……どうして?」
「お前は知らなくていいことだ。余計な事は考えず、咲桜は成績を良くして身体を鍛えろ」
「……はい」
父が強要してきたのはセイバーになる事だけではなく、学校の成績や義侠との交遊関係にも口を出してくる。
小学生に上がっても私と義侠は仲良しで、毎日のように遊んだりしている。それを見てクラスメイトに「夫婦だ~!」と指を刺されても、義侠は全く気にせず私と仲良くしてくれた。
女の子の友達に借りて読んだ漫画とかだと、男の子は女の子と一緒に遊んだりしてからかわれるのが嫌になり、急に距離を取られたりするのだが、彼の場合は全くそんな事がない。
義侠も自分の友達と遊んだりするが、一人でいる私に声をかけたり遊びに誘ってくれたりした。
辛く厳しい指導にも、義侠と居られるから乗り越えられた。だが、義侠との楽しく幸せなひと時さえも父に奪われてしまったんだ。
八剱家と新田家は家が隣同士。
私と義侠も仲が良いから、普通なら親も親しい関係であってもいい。だが私の両親は、何故か必要以上に新田家に関わろうとしなかった。
理由はわからない。
ただ、私が義侠の家に行ったりすることは許されていたから親同士仲が悪いという訳ではないだろう。義侠の母も、私に優しくしてくれるしな。
学校が終われば塾通い。夜には父の厳しい指導。そんな毎日を繰り返していた。
「どうして咲桜をセイバーにさせるのよ! 自分の娘を危ない目に遭わせていいって言うの!?」
「お前は口出しするな!」
「ああそう! だったら勝手にすればいいじゃない! 私はあなたの家政婦じゃないんだから!」
母は私がセイバーになる事に反対だった。指導をやり始めてから、父と母は毎日のように喧嘩をしている。
そしてとうとう、父に愛想を尽かした母は離婚届を出して家を出てしまう。
「咲桜は、私と一緒に来ない?」
「……」
「そう……立派なセイバーになるのよ。咲桜が自分で決めたことなんだから」
母は私について来て欲しいと言ってくれた。だが私は断り、父を選んだのだ。
あの時母について行けば、きっと幸せになっていたと思う。だが私はもうセイバーになるつもりだったし、父の期待を裏切りたくなかった。
そして何よりも、義侠の側を離れたくなかったんだ。
「すまない……」
「お父さん……」
母が家を出て行った日の夜、父は珍しく酒を飲み、暗いリビングのソファーで一人泣いていた。
◇◆◇
「おはよう咲桜」
「ああ義侠、おはよう」
「中間テストどうだった?」
「まぁまぁなデキだったよ。義侠はどうだったんだ?」
「全然ダメだったわ。因数分解ってなんだよって感じ」
「仕方ない、私が教えてあげよう」
「おっ、いいのか?」
「当たり前じゃないか」
「サンキュー。そういや咲桜って変わったよな。昔は泣き虫で人見知りだったのに、今じゃ喋り方も堂々としてるしよ。昔は泣き虫だったなんてこと、咲桜を知らない奴が聞いたら驚くだろうな」
「そうだな……私もそう思うよ」
私は中学生になった。
泣き虫だった頃とは随分変ったと自分でも思う。背も伸びたし、運動や勉強もできるようになった。話し方も父を真似、固い口調になっている。
義侠が言ったように、小さい頃は人見知りで泣き虫だったなんて思う者はいないだろう。
そういう義侠だってかなり変わった。
声変わりして声が低くなり、背が凄く伸びて、顔つきも少年から青年っぽくなった。
本人には恥ずかしくて言えないが、義侠はかなりのイケメンだと思う。男前といった端正な顔に、背が高いし身体も引き締まっている。どこからどう見てもイケメンだろう。
カッコよくなった義侠は中学になってからモテ始めた。
いや、小学生の頃からモテていたんだ。顔も良くて、運動も出来て、明るく優しい彼がクラスの人気者にならない訳がない。
女子の間でも人気だったのだが、義侠の側には常に私がいるから好意を伝える子は居なかった。だからといって、嫉妬とかで私をイジメたりする子は居ない。何故ならイジメは、義侠が一番嫌っていることだからだ。
義侠が変わったのは外見だけで、内面は全然変わっていない。
いつも明るく元気で、困った人を見かけたらひゅんっと飛んでいき助けてしまう。助ける為に喧嘩をして、傷を作ることも増えた。暴力はいけないことだが、それは彼も知っているだろう。
しかし、力の使い方だけは決して間違わない。傷つける為じゃない。誰かを助ける時だけ、どうしても必要な時に仕方なく暴力という手段を用いる。それは義侠の母も承知の上だった。
相変わらず、義侠は誰かのヒーローだった。
時には余計なお世話だ、ウザいんだよと非難されることもあったが、そういう時は助けた後にちゃんと謝っている。
義侠は自分のやっている事はヒーローごっこで、ただの自己満足と理解している。理解している上で、母の教えと己の信念に基づき行っているんだ。
中には女子にカッコいいところを見せつけたいとか、裏があるとか心無い言葉を吐く者もいる。それに負けず、義侠は自分の正義を貫いていた。
やろうと思ってできることではない。一人の人間として、本当に尊敬できる奴だ。
義侠に助けられたら、女子が惚れてしまうのも無理はないだろう。そんな義侠が女子に告白されたと言ってきた時は驚いた。
ついに来たか、と。
遅かれ早かれこうなっていただろう。
凄く嫌だった。義侠が私以外の女と付き合っている姿なんて、見たくなかった。
「良かったじゃないか」と言って、「付き合うのか?」と聞いた。冷静を装っていたが、実際のところ恐怖に脅えていたよ。もし「うん」と言われてしまったら、その場で泣き崩れてしまう自信があった。
だが義侠は「断ったよ」と言った。それを聞いた時、私は心の底から安心した。
義侠と同じように、私もそこそこモテだした。
男子からチラチラと視線を向けられることも増え、いつしか私も告白された。勿論、付き合えないのと断ったがな。
その後すぐだった。
「好きだ、咲桜。俺と付き合ってくれないか」
中学二年生の時、私は義侠に告白された。彼らしい、真っすぐな告白だった。
死ぬほど嬉しかった。泣きたいほど嬉しかった。私だって義侠が大好きだ。叶うことならば、「お願いします」と、「私も好きだ」と伝えたかった。
だが――、
「……すまない。私は今、誰とも恋愛をするつもりはないんだ」
「……そっか、なら仕方ねぇな」
「このまま、“友達”の関係でいよう」
「……ああ、そうだな」
私は義侠の告白を断った。
理由は二つ。父に義侠と極力関わるなと言われていたからだ。学校の中の友達までなら許される。しかし、恋人関係までは許されなかっただろう。
もう一つは、恋愛をしている暇がなかったからだ。塾にも通っているし、セイバーになるための訓練も継続している。一日に暇が無く、仮に義侠と付き合ったとしても恋人としての時間を取れない。それは彼にも申し訳ないだろう。
義侠には、父がセイバーであることも、私がセイバーを目指していることも伝えていない。父に口留めされているのもそうだが、義侠の母はセイバーを良く思っておらず、義侠もまたセイバーを良く思っていなかったからだ。
セイバーになると言って、義侠に嫌われたくなかった。そんな事で義侠が私を嫌うなんてことは無いと重々承知しているけど。
告白を断った後、義侠はずっと落ち込んでいた。
それだけ私のことが好きだったんだと嬉しい気持ちもあり、彼の想いに応えられないことが辛かった。私だって、義侠のことが大好きなのに。
このまま距離を取られるかと恐かったが、そんな事はなかった。
吹っ切れた義侠は、私と以前の友達の関係に戻ってくれた。それが嬉しくもあり、切なかった。
「なぁ義侠……私だってお前のことが大好きなんだぞ」
家の道場に寝転がりながら、ぼそりと呟く
この想いは、いつになったら彼に告げられるんだろうか。
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