第9話 初めてのダンジョンとモンスタ

 



「なぁおっさ……冬樹さん、ダンジョンに入るって言ってもどこにあるんだよ。そんなもん見当たらないんですけど」


 地下に降りてからずっと気になっていた事を冬木さんに尋ねる。

 結賀さんはこの中にダンジョンがあるって言っていたけど、何もない空間が広がっているだけでそれらしき物は見当たらねぇ。


 どこにダンジョンがあるっていうんだよ、もしかして俺だけが見えないだけなのか?


「そこにラインが引かれてあるだろ?」


「そうっすね」


「ラインの手前には結界装置が張ってある。そしてラインから先がダンジョン――異界になってんだよ」


 すぐ目の前の床に引かれているラインを指しながら告げる冬木さん。ラインの先がダンジョンだって? 冗談だろ?


「まぁ入ってみたら分かるさ。おいガキんちょ、ついてきな」


「うっす」


「新田さん、気を付けてくださいね」


 俺と冬木さんが話している間ずっと黙っていた結賀さんが、心配そうに声をかけてくる。彼女に軽く会釈して、冬木さんの背中を追いかけてラインの中に入る。すると――、


「――っ!?」


 なんだこの感じ……一瞬にして空気が一変したぞ。

 さっきまで全然普通だったのに、ラインを越えてすぐ重苦しい雰囲気が身体に襲い掛かる。なんかこう寒気というか、息苦しいというか……。


 あれだ、幽霊が出そうな真っ暗なトンネルに入った時の不気味な雰囲気に似ている。


(でもなんだ? 雰囲気は息苦しい筈なのに、“身体に力が溢れてくる”)


 自分でもよく分からないが、俺は不思議な感覚に陥っていた。

 嫌な空気が纏わりついてくるのとは逆に、身体の内側から力が漲ってくる。なんだこれ……俺の身体はどうなっちまったんだ?


「どうだよ、ダンジョンの中は一味違うだろ」


「そう……ですね。少し気持ち悪い感じがします。けど、本当にダンジョンの中なんですか? 確かに不気味ですけど、さっきまでと風景とか変わらないじゃないですか」


 ダンジョンって聞くと、もっとこうアニメやゲームに出てくる迷宮や遺跡とかファンタジーな世界観をイメージしていた。だが実際は、ダンジョンの中に入っても全く景色が変わっていない。それにモンスターだって一匹もいやしなかった。


「ああ、そこまでは知らなかったか。ダンジョンってのは難易度によってランク付けされているんだ。下から順にE級からA級ランクに区分されているって感じでな」


「それは知ってます」


 ニュースとかでも、『たった今推定ランクB級のダンジョンが出現しました』ってたまに出てくるし。難易度の推定ランクが低いのがE級で、一番高いのがA級だ。それは俺も分かってる。


「ああ、そこまでは一般人にも開示されてるんだっけか。お前が想像してるようなダンジョンは、推定ランクB級からなんだよ。B級とA級は、現実世界とは一変して別世界――まさにダンジョンって感じになってるんだぜ。

 でも推定ランクE級からC級のダンジョンは、“異界化”するだけで風景とかは変わらねぇんだ。モンスターは出るけどよ」


「へぇ、そうだったんですか」


 初めて知った情報に驚く。

 ダンジョンって聞くとファンタジーな場所をイメージしていたけど、全部が全部そういう訳じゃないんだな。


「それが結構悩みの種なんだよな。E級からC級のダンジョンは風景が変わらねぇから、一般人がうっかり紛れ込んじまう時がある。ダンジョン警報を聞き逃したり、警察が到着する前に入っちまってモンスターに殺されるってケースも少なくねぇんだ」


「確かに……」


 ダンジョンの中に入ってみて分かるが、嫌な雰囲気がするだけで景色は変わらない。それだけならただの勘違いで済ましちまうかもしれない。もっと分かり易かったらいいんだけどな。


「もし警察より先に入ることがあって一般人を発見したら、モンスターと戦わず最優先にダンジョンの外に誘導するんだぞ」


「はい」


「おっといっけね、もう試験を合格して貞で話しちまったぜ。まずは試験に合格してからだな」


「でも、モンスターなんて一匹も居ないじゃないっすか」


 へへっと笑う冬木さんに突っ込む。

 ダンジョンに入ってすぐにモンスターと戦うかと思って身構えていたが、モンスターらしき存在は一体も見当たらない。

 どういうことだよ、といった視線を向けると、冬木さんは困った風に頭を掻いた。


「お前が来る前に俺がモンスターを倒しておいたんだよ。そろそろ出てくると思うんだが、おっかし~な」


「ていうか、そもそもギルド協会の地下にダンジョンがあるのは何でですか? 普通に考えておかしいっすよね。たまたま地下にダンジョンが出現したんですか?」


「あ~、それはダンジョンをここに“持ってきたんだよ”」


「持ってきた!?」


 マジかよ!? ダンジョンを持ってきたって……そんな事できるのか?


「まぁ驚くのも無理はねぇな。一番奥を見てみろ、あそこに菱形の大きな石があるだろ?」


「えっ……本当だ、ありますね」


 目を凝らして見てみると、奥の壁際に人ぐらいのサイズの石がある。菱形の立体のソレは、床から少し浮いてゆっくりと旋回していた。あの大きな石はなんだ? ちょっと光ってるけど。


「あれは“ダンジョンコア”って言ってな、ダンジョンの核なんだ。ダンジョンコアを破壊すると、ダンジョンそのものが消滅する仕組みになっているんだぜ」


「へぇ……ってことは、あのダンジョンコアってやつをどっかのダンジョンからここに運んできたってことですか?」


「その通り、察しが良いな。勿論ダンジョンコアを運ぶなんてやっちゃ駄目なことだぞ? 

 ギルド協会だけ、セイバーの試験を行う為に許されているんだ。隠れて盗もうとしたって、ギルド協会にはダンジョンの場所を全て把握できるから無駄だしな。因みに地下五階にはB級ダンジョンもあるんだぜ」


「B級ダンジョン……」


 そんなものまで管理しているのか。ギルド協会って凄ぇんだな。

 冬木さんの話を聞いて感心する俺は、あれっと疑問を抱いた。


「確かセイバーって、ギルドに入ることでも成れますよね? ギルド協会の場合は独自にダンジョンを管理しているけど、ギルドに入った新人はどうやってダンジョンの試験を行うんすか?」


「そこは各ギルドの方針に任せちまってるな。社内で戦闘の訓練を行ってからランクの低いダンジョンに実践投入して育成したりするギルドもあれば、新入社員が揃ってギルド協会に研修しに来たりしているギルドもある」


「そんな感じになってるんですか」


「そうだな。もしギルドメンバーを死亡させちまったら厳しいペナルティがギルドに課せられるから、ギルドも下手に訓練させないままダンジョンに投入する事はねぇ。

 それにギルドに入ったセイバーもE級からC級までのダンジョンには入れるが、B級に入る為にはギルド協会の試験に合格しなきゃならねぇ。お前が心配しなくても、ギルド協会はちゃんとした措置を取ってるってことだよ」


 そりゃそうだよな。

 訓練もしない内に右も左も分からない社員セイバーがいきなりダンジョンに入ってモンスターと戦う訳がないか。ペナルティもあるなら、ギルドも慎重に期すってことだろう。


「ゲゲ……」


「おっと、話している間にモンスターが産まれてきたぜ」


「あれがダンジョンのモンスターか」


 俺のいるところから少し遠い場所の床からドロッと黒いヘドロが湧き出ると、ヘドロは一瞬の内に生物の形に変化した。

 へぇ……モンスターってあんな感じで出てくるんだな。


 キョロキョロしているモンスターを観察する。

 大きさは小さな子供ぐらいで、頭から爪先まで全身が真っ黒に包まれている。しかし、両の目だけは赤黒く染まっていて、全体的に薄気味悪いフォロムになっていた。


 気持ち悪いけど、なんか弱そうだな。簡単に倒せそうだぞ。

 初めてダンジョンのモンスターを目にしてそんな感想を抱いていると、隣にいる冬木さんが注意してくる。


「ぼうっとしてないで魔銃を構えろ。来るぞ」


「ゲゲー!」


 俺達に気付いたモンスターが、耳障りな奇声を上げてトタトタとこっちに迫ってくる。魔銃を掲げて真っすぐ向かってくるモンスターに狙いを定め、ぐっとトリガーを引いた。


 ジュウンと重低音が鳴って銃口から光弾が発射し、モンスターの胸部を撃ち抜いた。


「ゲゲー!?」と悲鳴を上げて倒れるモンスターは、ドロリと身体が溶けるように消えていく。完全に消滅すると、床には小さな石ころが転がっていた。


 あっという間に終わっちまったが、これでモンスターを倒したことになるのか? なんだか思ってたよりあっけねぇな。


「ひゅ~やるじゃねぇか。一発で弾を当てられたのもそうだが、モンスターに襲い掛かられて取り乱さなかったのも凄ぇよ。大抵の奴はギャー! ってビビっちまうもんなのによ」


「どうも。モンスターって、今のばっかりなんすですか?」


「強さ的にはそうだな。今のは“ゴブリン級”って言って、モンスターの中では雑魚の部類だ」


「ゴブリン級?」


「おう、モンスターも脅威度によってランク分けされているんだ。下から順に“ゴブリン級”、“オーガ級”、“ドラゴン級”ってな具合でな」


 ゴブリンにオーガにドラゴン、なんかゲームみたいだな。

 顔に出ていたのか、冬木さんに「ゲームみたいだろ?」って突っ込まれてしまう。なんだ、冬木さんも同じことを思ってたのか。


「E級に現れるのはほとんどゴブリン級だ。オーガ級はD級やC級に、ドラゴン級はB級から出てくるって感じだな。モンスターは今みたいに気持ち悪い奴もいれば、鳥や犬みたいな姿のモンスターもいるぜ。一々名前は付けねーから、セイバーは全部脅威度で呼んでいるんだけどよ」


「脅威度ねぇ……モンスターを倒したし、これで合格ですか?」


「まさか。今のだけじゃ判断しねぇよ。ほら、また出てきたぞ」


 冬木さんが顎で指し示すと、また床からモンスターが湧いてきていた。俺は手に持っている魔銃を横目に、冬木さんに提案する。


「なぁ冬樹さん、やっぱり素手で戦ってみちゃ駄目っすか? 遠いところから銃で攻撃するのって性に合わないんですよ」


 お願いすると、冬木さんは「う~ん」と唸った後に小さなため息を溢した。


「しょうがねぇ、やるだけやってみろ。けど、怪我をさせる訳にはいかねーから、危ないと判断したらやめさせるからな」


「ありがとうございます」


 礼を言って、持っている魔銃を冬木さんに渡す。

 ふぅ……と軽く深呼吸をして、集中を研ぎ澄ました。よし、やるか。

 俺は力強く床を蹴り上げ、未だにキョロキョロしているモンスターへ駆ける。


(速ぇ!?)


「おら!」


「グェ!?」


 一瞬で間合いを詰めると、モンスターの頭を思いっ切り蹴っ飛ばす。モンスターは盛大に吹っ飛び床に叩きつけられると、泥となって消滅した。

 なんだよ、一発蹴っただけで終わりかよ。まぁ格闘でも全然イケるって事が分かってよかった。


「うん、やっぱり俺にはこれが合ってるわ。それに何だろうな。いつもより調子が良いっていうか、身体が軽い気がする」


(おいおい嘘だろ!? あのガキ、今魔力を纏いながら攻撃しやがったぞ!? しかもセイバーでもないのに、何であんなに魔力が高ぇんだ!?)


 身体のキレが良いことに驚いていると、次々とモンスターが湧き出してくる。

 しゃあ、バンバン倒して冬木さんにアピールしてやるぜ。意気込む俺は、手当たり次第にモンスターに襲い掛かった。


(魔力が通ってない攻撃はモンスターを倒せねぇ。だからセイバーは魔石に宿る魔力を利用した魔道具で戦うのが普通セオリーだ。なのにあのガキは、肉体に魔力を纏って攻撃してやがる)


「おらぁ!」


(自分の意思でやっているのか? いや、そんな感じには見えねぇ……じゃあ無意識に“魔力武装”をやってるっていうのかよ!?)


 目の前にいるモンスターをぶん殴り、一撃で屠る。

 はは、なんだこれ! モンスターを倒す度に身体のキレが増しているぞ。いったいどうなってんだ。自分の身に何か変化が起きているのを感じながら、俺は構わずモンスターを片っ端から屠っていく。


(おい冗談だろ……まさかあのガキ、もう器の進化べセルアップしてるのかよ!?)


「グゲゲッ!」


「ん、なんだあいつ?」


 最後のモンスターをぶっ飛ばしたら、ダンジョンコアの近くに新たにモンスターが現れる。そのモンスターは最初の奴と姿は似ているが、身体が少し大きいし強い気配を感じた。警戒しながら、離れたところにいる冬木さんに大声で問いかける。


「冬樹さん、あれもモンスターですか!?」


「おうそうだ! あいつは“ダンジョンコアを守る守護者ガーディアン”だ。ガーディアンを倒さないとダンジョンコアを破壊することができないんだぜ」


「ガーディアン?」


「いわゆるボスって奴だ! まぁボスといっても、ゴブリン級だから今までのモンスターよりちょっと強いぐらいだけどな」


 モンスターのボスか。いいじゃねぇか、今までの奴等じゃ全然歯応えがなかったんだ。やっと張り合えるモンスターと戦えそうだぜ。


「倒しちゃっていいんすよね!?」


「いいぞ、やってみろ! (さて、流石にあのガキでもガーディアンには手こずるだろ。危なくなったら助けてやらねぇとな)」


 ガーディアンだろうがボスだろうが、今は全然負ける気がしねぇ。全身に漲ってくる力を、早く試してみたい。


「ゲラアッ!」


 ボスモンスター――ガーディアンが、素早い動きで迫ってくる。それに対し俺も走って、真っ向から対峙した。


「ゲゲェ!」


「軽い」


「ゲゲ!?」


 モンスターが放ってくる左拳打を、右手でガシっと受け止める。間髪入れずに左アッパーで顎を打ち抜くと、モンスターの体勢が崩れて正面がガラ空きになる。

 俺はぐっと握り込んだ拳を弓引き、全力で右ストレートを放った。


「はぁああ!!」


「ゲアーー!?」


 放たれた拳打はモンスターの腹を貫通すると同時に、衝撃波に乗って肉片っぽいのが後ろに飛び散る。拳を引き抜いて距離を取ったら、モンスターは反撃してくることもなく崩れ落ち、そのまま泥になって消滅した。


 ころんっと、今まで落ちたのより少し大きめな魔石が床に転がる。


「ガーディアンもあっけなく倒しちまった……。はは、こりゃとんでもね~ルーキーが現れやがったぜ!」


 ガーディアンを倒し、新たなモンスターも出て来る気配はない。


「ははっ」


 戦いの興奮が収まらない中、俺はぐっと拳を握ったのだった。

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