第7話 ギルド協会

 



「ここがギルド協会、日本支部か……」


 俺は東京のとある場所を訪れていた。

 眼前に聳え立つ巨大な施設。見上げるほど高いがビルって訳ではなく、正方形の倉庫みたいな建物の名前は『ギルド協会』と言って、ダンジョン対策の為にダンジョン省が『ELF』と共同で建てた施設である。


 ギルド協会は日本だけでなく、世界中に存在している。日本のギルド協会だから『ギルド協会 日本支部』ってことだな。


 因みに世界中のギルド協会を束ねるさらに上の『ギルド協会本部』ってのがあるみたいなんだが、それがどこに存在しているのかは公表されておらず、謎に包まれているらしい。


 じゃあギルド協会ってそもそも何んだよっていうと、その国にある全てのギルドを管轄する場所なんだ。民間軍事会社のギルドは、政府のギルド協会の元に成り立っている。

 だからギルドはギルド協会の言うことには絶対に逆らえないってことだ。


 ギルド関係を上から順にすると、


 /→ギルド

 ギルド本部→ギルド協会→→ギルド

 \→ギルド


 って感じに纏まっているんだ。


 その他にも、ギルド協会はダンジョンに関して全ての事柄に携わっている。


 ダンジョンが出現した時にダンジョン警報を発信するのも、警察のダンジョン課に出動願いをするのも、全部ギルド協会が行っている。それ以外にも色々やっているみたいだが、俺が知っているのはそれくらいだ。


 そしてセイバー登録をできるのもギルド協会だった。

 セイバーに成る手段は二通りある。どこか個人のギルドに所属することか、ギルド協会に所属するかだ。


 手っ取り早くセイバーに成るなら個人のギルドに所属するほうが早いらしいが、俺は自分のギルドを作りたかった。どこかのギルドに入るつもりは毛頭ないため、直接ギルド協会にセイバー登録しに来たって訳だ。


「ふぅ……行くか」


 軽く深呼吸してから、俺はギルド協会に入っていく。

 出入口の自動ドアの前には警備員が二人居るが、何事もなく通れた。自動ドアを潜り抜けると広いロビーに出る。


 ロビーの真正面には受付カウンターがあり、女性スタッフが二人いる。ロビーには二人のスタッフと俺だけしかおらず、想像と違って閑散としていた。


 もっと沢山人がいると思っていたんだが、俺だけってなるとなんか気まずいな……。

 少し不安を抱きながら受付カウンターに向かい、恐る恐るスタッフに声をかける。


「あの……」


「はい、ギルド協会へようこそ。本日はどのような御用でしょうか?」


「えっと、セイバーの登録をしたいんですけど」


「セイバー登録ですね。本人確認証と履歴書はお持ちですか?」


「はい、持っています」


 背負っている鞄に顔を向けた後、スタッフに頷きながら答える。

 セイバー登録するには、本人確認証と履歴書が必要ってことは事前に調べてある。


 セイバーに成るっていうのは、簡単に言うと会社に入社して仕事することやバイトをするのと同じことなので、面接するにも最低限の身元確認が必要なんだ。それで言うとギルド協会の場合は、派遣社員みたいな扱いってネットに書いてあったな。


「では、こちらの番号札バッジを見えるところにつけて少々お待ちください」


「はい」


 135と記載さいれているバッジを受け取り、胸元につける。その間に電話していたスタッフが内線電話をガチャリと戻すと、俺にこう言ってきた。


「お待たせしました。それでは、あちらのエレベーターに乗って十階の『セイバー課』に行ってください」


「わかりました。ありがとうございます」


 スタッフに軽く頭を下げながらお礼を言って、俺は言われた通りにエレベーターに乗り込む。ぽちっと10のボタンを押すと、エレベーターに乗った時の独特な浮遊感を感じつつ、あっという間に十階に到着した。


 エレベーターを出るとすぐに、『セイバー課』と書かれた立て札と、長い受付カウンターが目には入る。


「だからぁ、今月は東京にダンジョンが出た回数が少なくて全然魔石を取れなかったんだって!」


「そう言われましても、規則なので」


「お願いします。もう少しだけ納付を待ってもらえないでしょうか。うちのセイバーのほとんどが怪我をしてしまって、まともにダンジョンに行けなかったんです」


「お気持ちは察しますが……」


(なんだなんだ、やけに騒がしいな)


 ロビーの静けさとは打って変わってセイバー課はかなり騒々しい様子だった。多分セイバーだと思うけど、窓口にいるスタッフとあーだこーだと揉めている。


 どんなやり取りをしているんだろうと気になるが、まずは自分のことだ。でも、誰に話しかければいいんだろうかと困惑していると、空いている窓口の電光掲示板に俺の番号札の番号が掲示されてあった。


(あそこか)


 135番の窓口に行くと、綺麗な女性スタッフが声をかけてくる。


「番号札135番の方ですか?」


「はい」


 返事をすると、スタッフは俺の胸元につけてあるバッジを確認してから、こう聞いてくる。


「今日はセイバー登録をしに来られたのですよね?」


「はい、そうです」


「分かりました。では面接を行いますので、私について来てください」


「はい」


 スタッフはぐるっと回ってカウンターの外に出てくると、「こちらです」と俺を誘導する。

 スタッフの後をついていき、「どうぞ」と促され個室に入った。個室には小さいテーブルと椅子が二つあり、座ってくださいと言われたので座ると、スタッフも俺の前に座る。



 スタッフ――結賀さんと挨拶を交わす。

 結賀さんはかなりの美人で、つい見惚れてしまった。黒髪のショートヘアで、銀縁の眼鏡をかけている。知的な顔立ちで、眼鏡も合わさってデキる女性ってイメージ。でもちょっと性格はキツそうだな。勝手な偏見だけど。


「どうかなさいましたか?」


「あっいや、なんでもないです」


「そうですか。では本人確認証と履歴書を見せてもらっていいですか」


「はい」


 鞄に仕舞ってあるクリアファイルの中から健康保険証と履歴書を取り出し、テーブルの上に出して渡す。普通だったら学生証なんだけど、退学になっちまったから使えないんだよな。


「ありがとうございます、拝見させていただきますね。え~っと、新田義侠さん、十七歳……十七歳!? えっ!? 高校生なの!?」


「ついこの間に退学になったんですけど……」


「退学!? あっ本当だ……履歴書に書いてあるわね」


 履歴書の名前と歳の欄のところを見た結賀さんが、目をかっ開いて驚愕する。退学したって伝えるともっと驚いて、学歴・職歴の欄を見て呆然としていた。


 ははっ、この人面白いな。

 めちゃくちゃリアクション良いじゃん。

 外見の想像ではもっとクールで冷たそうな人だと思ったけど、俺の勘違いだったようだ。表情がコロコロ変わるし、意外と可愛いんだな。


「へ~十七歳、それもつい最近に退学になったと。差し支えなければ、どうして退学になったのか聞いてもいい?」


「えっと……」


 困ったな、それを言うと印象が悪くなって登録できなくなるかもしれない。だからと言って嘘は吐きたくないしな。仕方ない、素直に本当のことを言おう。


「同級生に暴力を振るいました」


「暴力を……」


 暴力という言葉を聞いて眉を顰める結賀さん。やっぱりそうだよな、不良だと思われるよな。


「どうして暴力を振るってしまったのか聞いてもいいかしら?」


「え……」


「なにか理由があったんじゃないの?」


 まさか深く突っ込まれるとは思わなかったので驚いてしまう。俺的には、ふ~んって冷たい目で見られるだけで終わると思っていたからだ。


 言うべきかどうか一瞬迷ったが、俺は事実を告げることにした。

 俺の話を聞いた結賀さんは、「へ~」と言って、


「そんなドラマみたいなこと今時あるのねぇ。イジメを止めさせようとした事はとても立派だけど、やっぱり暴力で解決するのはいけなかったわね」


「えっ、信じるんですか?」


「えっ? 嘘なの?」


「いや嘘じゃないですけど……」


 びっくりした……こんな作り話みたいな話、正直信じてもらえるとは思っていなかった。けど結賀さんは何の疑いも無しに信じたので、逆にこっちが面喰らっちまったよ。


「じゃあそれでいいじゃない。それで退学になって、セイバーになろうと?」


「はい」


「セイバーにはどうしてなろうと思ったの?」


「自分でギルドを作って、ダンジョンランキングで一位になるためです」


 俺は力強い声音で己の決意を告げた。

 今の俺の人生は、全てそこにある。現在ランキング一位の帝国ギルドに下剋上して、ダンジョンランキングで一位になり、この転移マントと手紙を渡してきた人物に真実を教えてもらう。


 そして父さんが本当に帝我園に殺されたのであれば、必ず奴に報いを受けさせるんだ。


 俺の覚悟を聞いた結賀さんは、ふふっと小さく笑みを零して、


「ダンジョンランキングで一位になりたいねぇ……」


「なにか可笑しいですか?」


「ううん、別に可笑しくなんてないわよ。ただ理由が珍しかっただけ。ほとんどの人は、『人を助けたい』とか、『金持ちになれそう』だとか、『ダンジョンに入ってモンスターと戦い』とかそういう動機でセイバーになろうとしていたんだけど、君みたいに『ダンジョンランキングで一位』になるって大それた動機を言う人は今までいなかったの」


「そうなんですか」


「気を悪くさせてしまったら謝るわ。ごめんなさい」


「いや別に、謝んなくていいですよ」


 頭を下げて謝ってくる結賀さんを慌てて止める。

 この人、ガキの俺にも真摯に対応してくれて凄ぇ良い人だな。


「ここからは真面目な話。ギルド協会の規約には年齢制限は設けていません。だから新田さんでもセイバーになれる。でもね新田さん、セイバーって本当に危険な仕事なの。簡単に命を落としてしまうのよ」


「……」


「今はギルドの数も増えてセイバーは人材不足。だから君みたいに退学してしまったとか訳ありの子供がギルドに入っていることが増えているんだけど、かなりの確率で死んでしまっている状況なの。だからよく考えて欲しい、命を粗末にしては駄目よ」


「セイバーが危険な仕事なのは承知の上です。それでも俺は、セイバーになります」


 俺のことを考えて厳しく諭してくる結賀さんに即答する。


 セイバーはダンジョンに蔓延る凶暴なモンスターを命懸けで倒す仕事。そんな事は最初から分かっている。命を懸けてでも、俺はやらなくちゃいけないんだ。


 俺の意志が固いと察した結賀さんは、深くため息を吐いて、


「はぁ……もし君が死んでしまったら、家族も悲しむのよ? それは分かってる?」


「家族はもういません。父は俺が生まれる前に死んで、母は先日病気で死にました」


「っ……!? そうだったの、ごめんなさい」


「謝らなくていいですよ」


 申し訳なさそうに謝る結賀さんを止める。彼女に同情されたくないしな。結賀さんは再びため息を吐いた後、真剣な表情を浮かべた。


「新田さんの覚悟は分かりました」


「じゃあセイバーになれるんですか!?」


「まだです。新田さんには実施試験を行ってもらいます」


「実施試験? そんな事しなくちゃいけないんですか?」


 てっきり軽い面接をしてぱぱっとセイバーになれると思っていたけど、そうじゃないのか?

 首を傾げながら問いかけると、結賀さんは「勿論」と口にして、


「ギルドの場合は面接だけで試験を行わない所もありますけど、ギルド協会では試験を行います。セイバーの素質が無いと判断した場合は登録できません」


「マジですか」


「マジです。それとも止めておく?」


「やるに決まってるじゃないですか」


 勝気な笑みを作って聞いてくる結賀さんに、間髪入れずに答えた。

 実地試験か。どんな試験か分からないけど、絶対にクリアしてセイバーになってやるよ。

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