第6話 転移マントと魔力
「よし、上手くいった」
一瞬で変わった景色を目にした俺は、転移が成功した嬉しさにぐっと拳を握り締める。
着ている黒いコート――転移マントを触りながらへへっと笑った。
「最初はおっかなかったけど、瞬間移動にも慣れてきたな。これでもうどこにだって行けるぜ」
母さんの葬儀、そして帝国ギルド社長 帝我園に下剋上を誓ったあの日から、早くも一週間が経っていた。この一週間、俺はひたすら転移マントの訓練を行っている。
家の窓に投げ込まれた風呂敷に包まれていた転移マントと二通の手紙。
一通には父さんが帝我園に殺されたことと、真実を知りたければダンジョンランキングで一位になれという内容が書かれていた。
そしてもう一通の手紙には、転移マントの使い方が書き記されていたんだ。
・自分のイメージした場所に転移できる。
・魔力を探知した場所に転移できる。
・転移する為の方法は、そこに自分がいると想像すること。
・マントの形状を自分の意思によって変化できる。
転移マントの使い方は、主にこのようなものになっていた。
説明を読んだ時は、「いやいやあり得ねーだろ」と全く信じられなかった。
だってそうだろ? 現代の科学、いや未来でも実現不可能と言われているテレポーテーション――いわゆる瞬間移動ってやつを、こんな一枚のコートだけで出来ちまうってんだからな。そんな夢みたいな話、誰が信じられるかって。
「嘘だろ……? マジで出来ちまったじゃねーか」
しかし、瞬間移動は俺の予想に反してできてしまった。
転移コートを着て手紙に書いてある通りのことを試しに家の中でやってみたら、本当に一瞬の内に移動しちまったんだ。
最初は恐かったから、目を瞑って一メートル先をイメージして転移した。成功した時は身体が震え上がるほど興奮したっけな。けど、もしかしたら気のせいかもしれない。俺が知らぬ間にただ歩いただけなのかもしれない。
そう思った俺は、勇気を振り絞って今度は一階のリビングから二階の自室に転移した。その実験も成功し、半信半疑だったのが確信に変わった。
「はは、凄ぇ……マジで俺、瞬間移動してるじゃん!」
転移マントは本物だった。瞬間移動なんて奇跡みたいな事を可能にする魔法のコートだった。“そこに自分がいる”とイメージした途端、一瞬後にはイメージした場所に移動していた。
興奮して調子に乗った俺は、一日中家の中で瞬間移動を繰り返しす。それがいけなかったんだろう。
急に頭が重くなり、身体に激しい怠気が襲ってきた。くらっと眩暈もして、俺はぶっ倒れてそのまま気絶しちまったんだ。
「俺、生きてんのか……頭痛ってぇ」
目が覚めたら、次の日の朝だった。
眩暈がしてぶっ倒れた時は正直死んだかと思った。自分が生きている事に心の底から安心したよ。帝我園に下剋上する前に死んでたまるかっての。
「そういえば使い過ぎには注意って手紙に書いてあったっけ。魔力切れを起こして反動がくるから気をつけろって。くそ、興奮してすっかり忘れてちまってたわ」
魔力とは、未知なる
ファンタジー映画や日本のアニメの設定にでてくるような不思議な力と同様に思ってもらっていい。魔力は世界中に溢れ、人間や動物、植物など生きとし生けるもの全てに宿っているんだ。
その存在を人類が知ったのは、1999年7月に起こった大災害の後、秘密組織『ELF』が世界に向けて公表した時だった。この世界には、魔力という未知な力が存在しているのだと。
驚愕の事実に人類は震撼した。だってそうだろ?
ただの空想上だった力が、本当に存在していると言われたんだからな。一度は魔法を使ってみたいと誰もが夢見ていたと思う。俺だってガキの頃はアニメのキャラのように魔法を使えると本気で思っていた。
けどそれは単に空想で、現実に魔力なんてものは無いし魔法なんて使えない。だが『ELF』の公表によって常識は覆り、魔法が実現可能かもしれないと分かったんだ。
そりゃ~興奮するなってのが無理な話だと思うぜ。当時のことは知らないが、きっと大騒ぎだったと思う。今日から俺も魔法使いだ! ってな具合でな。
だがしかし、残念な事実が『ELF』から発表される。
それは“一般人には魔力を扱えない”っていう悲しい事実だった。ちちんぷいぷいと呪文を唱えて、誰もが魔法を使える訳じゃなかったらしい。
人間には確かに魔力が宿っている。だがそれは極僅かな量で、魔法を使えることはできないんだ。それを聞いた人類は酷く落胆したそうだぜ。
では人間に魔法を使うことは絶対にできないのかと言われれば、そうでもないらしい。
ダンジョンのモンスターを倒して日々平和を守っている
どうやら『ELF』によると、モンスターを倒せば魔力を内包できる“器”が大きくなるそうだ。器が大きくなるほど身体に宿る魔力量が増え、ダンジョンの魔道具を扱えるようになる。
簡単に例えると、ゲームみたいにモンスターを倒してレベルアップすると魔力の絶対値が上がるって感じだ。なので魔法が使えるのはダンジョンでモンスターを倒すセイバーのみで、残念なことに普通の一般人には何をやっても使えないって訳だな。
そこでふと俺は疑問を抱いた。
多分この転移マントも魔道具の一種だと思うんだが、ダンジョンでモンスターを倒しておらずセイバーでもないただの一般人の俺が、何故転移マントを使えたのか。
考えられる理由を挙げるとすれば俺が特別なのか、転移マントが特別なのかのどっちかだろう。分からないけど、実際に使えるんだからぶっちゃけどうでもいい。頭の悪い俺がいくら考えたって無駄だしな。
でも、転移マントが特別なのは間違いないだろう。
手紙にも「転移マントの存在は自分が信じられる者だけに明かせ」と注意が書いてあったし。
俺は転移マントの訓練を行った。
家の中の後は俺が知っている場所に行ったりした。その次は俺が行ったことが無い場所だ。
スマホで画像を検索し、鮮明なイメージを頭に叩き込んでから転移する。めちゃくちゃ恐かったけど、転移は無事に成功した。
行ったことが無い場所に転移できた時は凄ぇ感動したよ。本当にどこにでも瞬間移動出来ちまうんだなって。
北は北海道、南は沖縄まで日本全国様々な場所に転移した。いや、日本だけではない。なんと海外まで転移できたんだ。ただ、余りにも遠い海外までは転移できなかったけどな。けど日本中を転移できるだけで充分過ぎる。
転移を自分の物にした俺は、転移マントのもう一つの能力を訓練した。
手紙に書いてあった、自分の意思によってマントの形状を変えられるってやつだ。けどこれに関しては全然上手くいかなかった。イメージしても、マントはうんともすんともいわない。
形状を変えられないのと同様に、魔力を感知した場所に転移することもできなかった。
そもそも未だに魔力ってやつを感じられないからな。それができるようになったら、きっと二つの能力も使えるようになるだろう。訓練は継続するが、今はまだ保留にしておくことにした。
「そろそろなるか。セイバーに」
美しい沖縄の海を眺めながら、決心を呟く。
この一週間の訓練で転移マントは十分扱えるようになった俺は、セイバーになってダンジョンに挑む決意を抱いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます