第5話 新田義俠の下剋上

 




「すまない、義侠……」


「……」


「お前が無理なバイトをしていたのは、香織さんの治療費を稼ぐ為だったのだな。なのに私は……お前の気持ちも知らずに……呑気なことをッ……」


「何で咲桜が泣いてんだよ。言ってなかったんだからしょうがねぇだろ。それより、お前からもおじさんに伝えておいてくれ。感謝していますって」


 ザーザーと強い雨が降っていた。


 そんな日に、母さんの葬儀が慎ましく執り行われた。俺に祖父母や親戚は居ない。大災害に巻き込まれ全員亡くなってしまったからだ。なので本来は葬儀をやる必要が無かったんだが、何故か咲桜の父親が手配してくれた。


 家が隣同士だから、勿論咲桜の父親は知っている。だけど、どうしてかおじさんは子供の頃から俺に干渉してこなかった。

 まぁおじさんの仕事が忙しくて会う機会もなかったんだけどな。因みに、咲桜の母親は仕事ばかりのおじさんに愛想を尽かして家を出て行ったらしい。


 今までずっと干渉してこなかったのに、おじさんは突然俺に会いにきて葬儀を行うと言ってきた。やらなくては駄目だと言ってくれた。


 段取りとかも全部おじさんがやってくれた。でも、段取りの時も必要以上に干渉してこなかったのは、何かおかしかった。でも別にいいんだ、母さんの葬儀をやってくれただけで本当に感謝している。


 意外だったのは、母さんの葬儀に多くの人が来てくれたことだった。ただ、俺は誰一人として顔を知らず、母さんとどんな関係だったのかは分からない。それに、焼香を終えたらすぐ帰ってしまっていた。


 母さんの火葬も終わり、全ての段取りは終わった。後はもう、誰も居ない家に帰るだけだ。


「悪い、ちょっと外の空気吸ってくるわ」


 未だに泣きじゃくっている咲桜の頭にそっと手を置き、斎場の玄関を出る。

 雨は弱まるどころか、強さを増していた。神様もつれないよな、今日ぐらい晴れてくれたっていいのによ。


「母さん……」


 二日前。

 校長室で帝我園に土下座して母さんの治療費を出して貰おうとした時、病院から母さんが危篤だという連絡が入る。

 すぐに病院に向かったが、到着した時にはもう息を引き取っていた。母さんの身体は冷たく、ピクリとも動かなかった。



『そんな……嘘だろ。まだなんの恩返しもしてないんだよ。俺を一人にしないでくれよ。なぁ……母さん……母さぁぁああああああああん!!』



 母さんは死んでしまった。たった一人の家族も居なくなってしまった。


「母さん、俺……これからどうすればいいんだ」


 空にいる母さんに問いかける。勿論返事はない。

 視界がぐしゃぐしゃで、冷たいものが頬を伝う。


 その時だった。豪雨の中、一人の男が傘をさしてこちらに歩いてくる。


「なんで……何でお前がここに!?」


「何故って、私は君の母親と知人であると言っただろう?」


 その男とは、帝我園だった。

 この野郎、どの面下げて来やがった。俺は怒りを抑えながら、我園に向かって吐き捨てる。


「帰れよ。もう葬儀は終わったんだ」


「そうか。仕事が押してしまってな。焼香ぐらいあげようとしたのだが、間に合わなかったようだな。まぁいい、私も来るつもりはなかったからな。どうしてもと頼まれただけで」


 頼んだ? 誰がこの野郎に頼んだっていうんだ?

 段取りをしてくれたのはおじさんだから、おじさんがこいつを呼んだのか?

 困惑していると、我園はやれやれといった風に口を開く。


「それにしても香織が死ぬとはな。優秀なセイバーだったのに残念だよ」


「はっ? 母さんがセイバーだって?」


「何を驚いている。まさか香織から聞かされていなかったのか?」


「う、嘘吐くんじゃねぇよ。そんな事一度も聞いたことねぇぞ」


「ははは! これは面白い、自分のことを何も息子に話していなかったのか」


 我園の口ぶりは、嘘を吐いているようには思えなかった。

 ってことは本当に母さんはセイバーだったのか? そんな……どうして俺には話してくれなかったんだ。


 衝撃の事実を知って呆然としていると、我園は馬鹿にしたような口調で告げる。


「私についてくればこのような結果にならずに済んだのに。本当に馬鹿な女だよ」


「馬鹿……馬鹿だと? お前今、母さんに馬鹿って言ったのか?」


「おや聞こえなかったか? では何度でも言ってやろう。君の母親はどうしようもない馬鹿だよ。選択を間違えた結果、結局子供を一人置いて死んだのだからね。これが馬鹿と言わずになんと言えばいい」


「てめぇぇええ!!」


 こいつだけは絶対に許さねぇ! ぶっ殺してやる!

 薄汚く嗤いながら母さんを侮辱する我園にブチ切れた俺は、降りしきる雨の中を突っ切り我園の顔面目掛けて力の限り拳を振るった。だが――、


「軽いな」


「――なっ!?」


 俺の拳は軽々と受け止められてしまう。

 さらに奴は笠を放り捨て、俺を殴り飛ばした。


「がはっ!?」


 冗談じゃないほど吹っ飛んだ俺は、雨に濡れている地面に倒れてしまう。

 全然見えなかった。それに何だこいつの力……今まで戦ったどんな奴よりも重かったぞ。ダメだ……打ちどころが悪かったのか身体が動かねぇ。


 立ち上がれない俺を見下ろしながら、我園が口を開く。


「多少喧嘩が強いみたいだが、それは一般人の範囲に過ぎない。知らなかったか? 私はこれでもA級救済者セイバーなんだぞ」


「くっそ……」


「ふっ、惨めだな。一生そうやって泥に塗れて生きていけばいい。もう会うことはないだろう。死んだ馬鹿な母親によろしく言っておいてくれたまえ」


 そう言って、我園は立ち去った。

 最後まで母さんを侮辱したあいつに、俺は何もすることができなかった。



「ちくしょう……ちくしょう……ちっくしょーーーーー!!」



 俺の叫びは、雨の音に掻き消された。



 ◇◆◇



「ただいま……」


 誰も居ない家に帰ってきた。

 おかえりなさいと、もう母さんの言葉を一生聞くことができないんだ。母さんの笑顔を見ることもできないんだ。


「母さん……俺、これからどうしたらいい? 何の為に生きていけばいいんだよ」


 母さんの骨が入った骨壺に問いかける。

 学校は退学。母さんに恩返しをすることもできなくなってしまった。沢山働いて、そのお金で母さんに楽をさせてあげたかった。色々な所に連れて行ってあげたかった。太るぐらい美味いものを食わせてあげたかった。幸せにしてあげたかった。


 だけどもう、それをすることさえできない。


「母さん……俺は……もう……」


 生きていく意味を失い、絶望していた時だった。

 ガッシャンと突然窓が割れ、何かが部屋に入ってくる。


「何だよ……あいつの嫌がらせか?」


 多分誰かが外から窓に向かって投げたのだろう。

 そんな事をする奴は我園しか思いつかない。今すぐとっ捕まえに行ってもいいが、今の俺にはそんな気力さえなかった。どうせ追いかけたところでもう逃げているだろうしな。


「これは……風呂敷か?」


 てっきり部屋に投げられた物は石かなんかだと思ったのだが、よく見てみると風呂敷の包みようなものだった。


「なんだこれ……マント? いやコートか?」


 首を傾げ、訝し気に風呂敷の包みを解いていく。風呂敷の中には、黒いマントのようなものと二通の手紙が入っていた。

 折り畳まれた手紙を開き、静かに読んでいく。


「『この転移マントは新田善宗の私物であり、本来君が持つべきものだ』……このマントが父さんの物だって?」


 黒いマントを触りながら、俺は手紙の続きを読む。


「『新田善宗は帝我園に殺された』……はっ?」


 殺された? 父さんがあの野郎に?


 意味が分からない。どういうことなんだ。父さんは大災害の時に、人助けをしている時に死んだんじゃなかったのか。我園に殺されたってどういう事なんだよ。


 駄目だ……情報量が多すぎて頭がこんがらがる。後で整理することにして、ひとまず全部読んでみることにした。


「『真実を知りたければ、ダンジョンランキングで一位になれ』」


 手紙の最後にはこう書かれていた。

 ダンジョンランキングって、あれだよな。ダンジョンを消滅させたり資源を手に入れた業績に準じて、ギルドをランキング化したもの。


 そして現在日本のランキング一位が、帝我園あいつが設立した最初のギルドである帝国ギルド。



「はっ……わかったよ。やってやるよ」



 くしゃりと手紙を握って、俺は静かに呟いた。

 今になってこんなマントと手紙を渡してきた奴の意図は分からない。まどろっこしいことしないで全部話せよってムカつきもする。でも、きっとそいつにも話せない理由わけがあるんだろう。


 ならやってやるさ。ランキング一位になって、真実を暴いてやる。

 それでもし本当にあの野郎が父さんを殺したのであれば――俺は絶対に許さない。必ず報いを受けさせてやる。


「首を洗って待ってろよ、帝我園。お前を一位の座から引き摺り下ろしてやる」


 母さんを失い、生きる意味も失って消えかけていた魂に火が灯る。


 俺は心に誓った。ダンジョンランキングで一位になり、父さんの真相を暴き、母さんを侮辱したことを我園に謝らせてやる。


 必ず成し遂げる。どんな事をしても。





「下剋上だ」


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