第4話 凶報

 



「全く、とんでもないことをしてくれたな君は!」


「……」


 騒ぎに駆けつけてきた先生達に止められた俺は、校長室に連れていかれて立たされた。


 それからは延々と校長先生に文句や罵声を吐き捨てられたが、俺は一切口を開かず黙り込んでいる。因みに帝は病院に運ばれたらしい。


「分かっているのかね!? 君は帝君に怪我をさせたんだぞ!? 我が校のスポンサーの顔に泥を塗ったん――」


「校長、我園がえん様がお見えになりました」


「えっ!?」


 校長が叱っていると、コンコンと部屋がノックされる。

 ガチャリと扉が開けば、教頭先生とスーツを着た男が部屋に入ってきた。すると校長は慌ててスーツの男に駆け寄り、申し訳なさそうに深く頭を下げた。


「が、我園様! この度は大変申し訳ございませんでした! 我が校の生徒が息子様に怪我をさせてしまったことに学校側はいかなる対処もする所存で――」


「そういうのはいいですから」


「は、はいぃぃ」


 スーツの男は鶴の一声で校長を黙らせると、俺の目の前にある来賓席にドガっと座り、大仰に足を組んだ。


(こいつが帝の父親……あの帝国ギルドの社長か)


 帝国ギルド社長、みかど我園がえん

 ダンジョン専門の民間軍事会社であるギルドを日本で最初に立ち上げ、十七年の間に業界トップの大企業にまでのし上げた傑物。

 そして日本全土にダンジョンが出現した大災害を救った最初の救世主セイバーでもある。


 そんな我園の外見は、四十代のデキる男といった風貌だった。

 黒い髪はオールバックに纏めている。猛禽類のような鋭い目。スーツが似合う体格。なにより、纏う雰囲気が俺達一般人とは一線を画していた。


 ただそこに座っているだけなのに、その身からは重厚なオーラが出ている気さえする。それは恐らく、上に立つ者の風格なんだろう。


 我園は鋭い眼差しで俺を一瞥すると、不思議そうに首を傾げた。


「おや? 忙しい私がわざわざ学校こちらに出向いたというのに、問題を起こした生徒の親がまだ来ていないとはどういう事ですかな。謝る気がないということかね?」


「そそ、それはですねぇ! 彼は父親を早くに亡くし、母親も難病に患っており入院していましてですね……」


 不愉快そうに我園が尋ねると、校長先生が慌てて説明する。話を聞いた帝は口角を上げて、


「ほう、それは気の毒だ。では今回の発端は、親にまともな教育をされてこなかったのが原因ということかね」


「ええまぁ、その通りでございまして」


「……っ」


 我園の発言に一瞬でブチ切れそうになったが、歯を食いしばってなんとか堪えた。


「さて、大体の話は校長から聞いてはいるが、一応君からも話を聞かせてもらおうか」


 聞かれた俺は、ありのままを話す。


「……あなたの息子が集団で一人の生徒をイジメていたので止めました。先に手を出してきたのも向こうです」


「正義は我にあると言いたいようだな。だから自分は悪くないと?」


「いえ。あなたの息子に怪我をさせてしまったことは謝ります。申し訳ございませんでした」


 そう言って、俺は頭を下げる。

 何があっても暴力はよくない。それも帝には感情的に力を振るってしまった。だから反省はしている。

「でも」と頭を上げて、俺は続けて口を開いた。


「そもそもの原因は、平気な顔でイジメをできるように息子を育てた、あなたの教育がまともではなかったからじゃないですか」


「おい君! 誰に向かって言っているん――」


「ああ、校長は静かにしていてください」


 自分の考えを告げると校長が怒鳴ってくるが、我園が手を軽く上げて制すと言われた通りに黙り込む。


「ふっ、一丁前に生意気な口を叩くじゃないか。因みに、恭哉は君に何か言っていたかな?」


「イジメをするのは暇を潰すためと言っていました。それと、自分は学校の王様なんだと。親が偉いんだから自分は何をしてもいいと」


「くっ……はっはっは!」


「「……」」


 いきなり笑い声を上げた我園に、この場にいる人間は困惑してしまう。

 今の話のどこが可笑しくて笑ってんだこいつ。


「いやすまない、親ながらによく育ってくれたと思ってね」


「はっ?」


 何言ってんだこいつ?


「君に一つこの世のことわりを教えてあげよう。この世は弱肉強食。生きていく上で大切なのは“金”と“権力”の二つの“力”だ。力を持っている者が強者で、それ以外は全員弱者に過ぎない。

 そして強者は何をしても許される。現に息子はという力を存分に使ってこの学校の王様だったのだろ? 弱い者イジメをしたところで、生徒や教師含め誰も息子に逆らえない。何をしても許される。それが強者の特権だからだ」


「……」


「恭哉が力の使い方を学べていて私は嬉しいよ。ねぇ校長、そう思いませんか?」


「え、ええ! その通りでございます! はい……」


 我園が側にいる校長に聞くと、校長はへりくだった風に笑って手もみしながら答える。

 それを見て、俺はただただ困惑していた。


 こいつはいったい何を言っているんだ? 弱肉強食? 力があれば何をしてもいいだと?


 余りにも人間としての倫理観が狂ってやがる。帝がああいう人間なのがよく分かった。親がそうなんだ。親が親なら子も子ってことだったんだ。


(ふざけるな!)


 力があれば何をしてもいい、そんな事が許されてたまるか。それは弱い者にイジメをしていい理由にはならないんだよ。


 沸々と怒りが湧き上がっていると、我園は校長を一瞥して問いかける。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。学校側の対処はどうするおつもりで? それ次第では、今後の資金援助も見直さなければならないのですが」


「そ、それはもうあれですよ! 理由はどうあれ、彼は暴力を振るって大怪我をさせてしまったのですから、学校としては彼を退学処分と致します。ですので、何卒援助の方は……」


「はっはっは! どうだね、これが強者の力というものだよ。そして弱者である君は、何も抵抗もできない。これが現実だ」


「……」


 そうなるだろうとは思っていた。帝を殴ると決めた時から覚悟はしていた。

 だから俺からは何も言わない。無言でいると、我園は顎に手を乗せて考える仕草をする。


「しかしまぁ、君の態度次第では大目に見てやってもいい」


「……」


「土下座だ。土下座して謝れば、今回のことは水に流してあげようじゃないか」


「おお! 流石は我園様! なんと寛大な心を持っているのでしょうか。ほら君、早くしたまえ! 謝るだけで退学せずに済むんだぞ!」


 見下しながら言ってくる我園に、切羽詰まった顔で催促してくる校長。


 土下座して謝れだと? どこまで人を虚仮にすれば気が済むんだ、このクソ野郎共は。


 俺は今すぐ怒鳴りたい感情を必死に押し殺し、心の中で深呼吸をしてから落ち着いた声音で話す。


「お断りします」


「はっ? な、何を言っているんだね君は!? 退学してもいいというのかね!?」


「平気な顔して人をイジメる生徒。それを正しいことだと肯定する頭のおかしい親。イジメを見てみぬフリをする先生達。スポンサーに媚びへつらう性根の腐った校長。

 冗談じゃない。そんな奴等がいる学校なんてこっちから退学してやるよ」


「なっ、何を言って――」


「土下座する気はないということかね?」


 校長の言葉を遮って、睨みつけながら問うてくる我園に即答する。


「はい。困っている人が居たら見てみぬフリをするな。自分の中の正義を貫け。それが俺の“両親”から教えてもらった信念だ。それだけは曲げられない」


「……っ!? 何故君がその言葉を知っている。いや……それにその顔立ち……」


 どういうことだ? 今まで余裕綽々の態度だった我園の顔が、初めて驚愕に染まったぞ。

 不思議に思っていると、我園は恐る恐るといった感じで俺の名前を聞いてくる。


「君の名前はなんだったか?」


「新田義侠だ」


「新田!? 新田だと!? 君の親は新田善宗よしむね香織かおりという名前かね?」


「ああ……そうだよ」


 だけど何で我園は父さんと母さんの名前を知っているんだ?

 疑問を抱いていると、我園は椅子を叩きながら可笑しそうに笑い声を上げた。


「はっはっは! まさかあの二人の子供と会うとはな、これも運命というやつか!」


「我園様は彼の両親をご存知で?」


「ええまぁ、古い知人ですよ。そうか、そうだったのか。そういえば、君の母親は難病を患っているといっていたね」


「それがどうした」


「いやなに、君の母親とは縁があるからね。知っている仲として、このまま死なせるのは忍びない。どうだろう、治療費を私が肩代わりしてやってもいいぞ。勿論、最高峰の病院を用意するし、腕の良い医者も紹介する。手術費だろうがなんだろうが全部私の方で工面してあげよう」


「――っ!?」


 我園の話に驚愕してしまう。

 あれだけ欲しかった大金が手に入るかもしれない。しかも、良い病院と腕の良い医者を紹介してもらえる。手術すれば、母さんの病気は治るかもしれない。


 不意に降りてきた蜘蛛の糸に興奮していると、我園は「ただし」と言って席を立ち上がり、俺の目の前に歩いてきた。



「君が土下座して謝ればの話だがね」


「……っ」



 そんな事だろうとは思った。

 性根の腐ったこの男が、ただの善意で助けてくる訳がない。


「さぁ、どうするかね?」


「……」


 こいつに頭を下げるのは死んでも嫌だ。だけど、俺の信念を捨てれば母さんの病気が治るかもれない。俺の信念と母さんの命。俺にとってどっちが大切なんて決まっている。


(母さん、ごめん)


「いいぞ、結局は力に屈するのだ」


 俺が膝を地面に着けようとした――その時。


 プルルルルとポケットから着信音が鳴り響く。


「そんなものは放っておけばいい。ほら、私の考えが変わらない内にさっさとしたまえ」


 我園が土下座を促してくるが、何か嫌な予感がした俺はスマホを取り、通話ボタンを押して耳にあてる。


『○○病院ですが、新田義侠様ですか?』


「はい、そうですが……」


『お母様が危篤です。今すぐ病院にお越しください』


 ……。


「……え?」

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