第9話

 久しぶりに布団を並べて陽太と眠る。

 それだけで月代は胸の高鳴りを覚えた。


「電気、消すぞ?」

「うん。おやすみ、陽ちゃん」

「おやすみ、月ちゃん」


 月代に背を向けて眠る陽太からは、ほどなくして小さな寝息が聞こえて来た。

 おそらく、しばらくすればこの寝息は、いびきに変わるだろう。

 それを知っているのは、自分だけだと月代は思っていた。

 けれど、今は違う。

 大衆居酒屋で紹介された陽太の彼女もきっと、知っているに違いない。

 もしかしたら、この布団で眠ったこともあるかもしれない。

 この布団で、陽太に抱かれたことも。


 彼女の隣で陽太は、月代の知らないたくさんの顔を彼女へと向けていた。

 月代の知らない所で、陽太は陽太の時間を過ごしていた。

 当たり前の事なのに、気づいてしまった今、月代の胸は痛みで張り裂けそうだった。


「陽ちゃん・・・・」


 腕を伸ばして、陽太の背にそっと手を当てる。

 逞しくて大きな背中は、冷えた月代の手を温めてくれる。

 胸の痛みが溢れ出て来たかのように、月代の目からは涙が溢れて来た。


「陽ちゃん・・・・」


 眠っている陽太からの返事はない。


 月代は人差し指で、ゆっくりと陽太の背に文字を書いた。

 伝える事の出来ない、二文字の想い。

 そして。

 消し去るようにして、文字の跡を手の平で擦った。

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