素直になりたくて(3)

 小物雑貨の店を出た私達は、まだ11時前だったが昼食を摂ることにした。忙しい冒険者ギルドで働いていると早目早目の行動が癖になる。


「店へ入って座って食べるか、屋台を回って食べ歩きするか、ウィーはどっちにしたい?」


 わぁ。ルパートが私に選択権を委ねてくれている! 聞き方も優しい!

 彼と街は何度も歩いたけれど、いつだって先輩後輩の関係のままで色気も素っ気も無く、ルパートに「ここで食うぞ」と言われたら従うしかなかった。

 これがデートなんだね……。感動。


「でしたらカフェに行ってみたいです! 実はまだ一度も行ったことが無いんです」

「え、そうなん? 一度も?」

「はい。私はカフェと言うものにお洒落な大人のイメージを抱いていて、敷居が高くて一人じゃ入る勇気が出なかったんですよ。この街では年の近い友達も居なかったし……。いつか恋人ができたら、一緒に訪れたいなーって密かに思っていました」

「……………………」


 ん? ルパートが右手で自分の口元押さえてうつむいたよ。どした?


「あ」


 私は口を滑らせてとんでもないことを発言していた。って……。


「ぎゃー!! 違ーう、後半部分は間違いです! 忘れて!!」


 ルパートは肩を震わせた。声を殺しているけど確実に笑っているよね?


「いいよ、カフェに行こう」


 やっぱりと言うか手を離した奴の口元はニヤけていた。ぬう。


みちに人が増えてきたな。はぐれるなよ?」


 言ってルパート私の手を取り、軽く曲げた自分の腕に絡ませた。ひゃあ、私ルパートと腕を組んじゃった!

 のぼせた上でガチガチに緊張してしまった私を、彼は意外な程スムーズにエスコートしてくれた。流石は元聖騎士様だ。貴族のパーティに招かれた経験が有るそうだし、レディの扱いについても学んだのだろう。


 そうして連れていかれたのは、カップル客が多い正にデートにうってつけの店だった。同じカフェでも家族向けの開放的な店とは違い、こちらはテーブルごとに壁の仕切りが在るボックス仕様だ。周囲を気にせずお喋りを楽しめそう。

 メニューを見てルパートはチキンハンバーグプレートを、私はオムライスを注文した。料理は美味しく頂いた。ザ・男メシ的な冒険者ギルド食堂では見られない、可愛い盛り付け方にもテンションが上がった。

 見るもの触れるものにいちいち感動している私を、対面に座るルパートは温かい眼差しで見守っていた。


「すみません……初めてづくしで興奮しちゃって。田舎者丸出しですね、私」

「連れが楽しそうにしてんの見るのは気分イイよ。それに俺だって初めて王都に行った時はキョロキョロしまくった。ド田舎出身はお互い様だ」


 ああ、そんなことを出会ってすぐの頃に聞いたっけ。自分も都会に憧れて田舎から出てきたクチだって。先輩で教育係だった彼のプライベートに踏み込むことに躊躇ちゅうちょして、当時はそれ以上聞けなかったけど。


「先輩は子供時代どんな感じだったんですか?」

「村一番の美少年。降臨した天の使い」

「でしょうねぇ(呪)」

「マジな話、器用に何でも出来たから神童って呼ばれてた。怖いもの知らずで、俺ならデカイ街に出ても成功するって信じてたよ」

「実際に出世しましたもんね」


 天才と呼ばれる子供達は沢山居る。しかしその大半が成人する頃には周囲と変わらない平均的な能力となり、平凡な人生を送ることになる。エリートである聖騎士となれたルパートは稀な例だろう。

 彼がかつて在籍していた王国兵団の兵士には、大きく分けて三つのランクが存在する。志願すればなれる一般兵、難しい試験を突破した騎士、騎士の中から魔法特性を有する者が就ける聖騎士。


「出身村はここから遠いんですか?」

「まぁな。フィースノーからだと馬車でどれくらいになるのか……。徒歩は絶対にやめておけと言える距離だ」

「そう言えば先輩、待ち合わせの本屋で旅行関連のコーナーに居ましたよね? また遠くへ出動する予定が有るんですか?」

「あ、あれは……だな」


 ルパートは何故か一瞬慌てたが、食後のコーヒーを口に含んで気持ちを落ち着かせていた。ちなみに私のデザートはフルーツサンデーだ。子供っぽいかもしれないけど、ずっと食べたかったんだよねコレ。

 私が生クリームにデコレーションされたバニラアイスをうっとり食していると、ルパートが意を決したように切り出した。


「……おまえと二人で、いつか旅行したいと思ってさ」

「!」


 私はむせそうになった。私と旅行? ルパートがした発言の意図を速攻で確認した。


「それは仕事で……?」

「いやプライベートでだよ」


 にょ!?


「プ、プライベートでですか? ふふふ二人で!?」


 今度は私が慌てる番だった。盛大にどもってしまった私に彼は苦笑した。


「すぐにって訳じゃねーよ。まだ先の話。出動班はずっと人手不足で中々連休を取れない状況だったけど、マキアにエン、それにユアンも入っただろ? アイツらがギルドに馴染んだ頃には多少の余裕ができるはずだ」

「そうですよね、三人も増えたんだから、もっとゆったり仕事ができるようになりますよね」


 人手が増えることは大歓迎だ。連休を貰えることも。


「うん。そうなったらさ、三日間くらい休み取ってちょっと遠出しようや」

「遠出と言うことは……あの、と、と、泊りになりますよね?」


 ここが最も重要なポイントだったりする。ルパートは頭を掻いた。


「まぁ……おまえさえ良ければだけど……」


 うっはぁ。

 日帰りではなく泊りの旅行。意識し合う二十代の男女がこの状況で何もしない訳がない。何も起きなかったら逆にビックリだ。

 つまり誘いを了承したら、ルパートと完全に恋人関係になるということだ。精神的にも、……肉体的にも。


「……………………」


 ど、どうしよう。どう答えたらいい? 冷静に考えたいのに顔が火照ほてる。心臓の音がうるさい。デザートスプーンを持つ指先が震える。

 困っている私にルパートは柔らかく微笑んだ。


「先の話だからすぐに返事をする必要はねーよ。ただ、検討はしてくれな」

「…………はい」


 何とか私は短い返事をした。

 ピアスの穴開けの件も相当刺激的だったのに、宿泊旅行となったらそのものズバリだよ。OKしたら文字通り貫通……ひぎゃあぁぁぁ、めっさエロいこと考えちゃったぁ!! どうか読心術の使い手が近くに居ませんように。

 あうぅ、悶々としちゃって今夜は眠れないかも。



 それから十数分後にカフェを後にしたが、まだ興奮冷めやらず私の顔は熱いままだった。ファンデーション塗ってるから赤みはそれほど目立ってないよね?


「風が気持ちいいな。少し散歩するか」


 賛成。風で火照りとえっちな気分をしずめたい。ルパートはまたもや私の手を、自分の腕と組ませて程良い速度で歩き出した。

 道行くご婦人達が私達を振り返る。美しいルパートに目を奪われたんだろう。胸元が開いた服とシルバーアクセサリーのせいか、いつもより色気が増している。だけど子供の頃からモテモテだった彼は、女性達の熱視線を浴びても平然としていた。


「……どうした? 疲れたのか?」


 つい眉間にしわを寄せてしまった私。ルパートが気にした。


「いえ大丈夫です。初デートもすごく楽しいです。でも先輩とはちょっと温度差が有るみたいですね……」

「ん? 俺だってすげぇ楽しんでるぞ?」

「心の余裕に関してですよ。私は雑貨屋さんでもカフェでもドギマギしっ放しで心臓が逝っちゃいそうなのに、先輩は普段通りなんだもん」

「あのなぁ」


 ルパートが短く溜め息を吐いた次の瞬間、私は建物と建物の隙間に連れ込まれていた。人目から外れた狭い空間へ。


「ちょ……駄目ですよ、こういうコトするから心臓がたなくなるんです!」


 抗議したがルパートは真面目な顔で私を見下ろした。


「おまえは俺が、今日ずっと平常心でいられたと思っているのか?」

「え……。あ!?」


 ルパートに掴まれた私の右手が、彼の左胸にグッと押し付けられた。


「…………解るか?」


 トクトクトクトク。右手にルパートの早い鼓動音が伝わった。


「俺だって緊張してるし、おまえの反応一つ一つにドギマギしてる」

「…………はい」


 疑う余地は無かった。キスをした晩と同じ、彼の心臓の高鳴りが証明してくれたのだから。

 空いたもう一方の手で、ルパートは私の顔を上げた。


「ウィー、俺の心を乱すのはおまえだけなんだ」


 そうして切ない表情をした彼の顔が接近してきた。


(先輩……)


 これからキスをされるのだろう。私はそれを受け入れたい気分だった。

 素直になれた結果なのか、それとも流されているだけなのか。

 判らない。でも私はまぶたを閉じてルパートのキスを待った。


「なっ、魔法反応!? 何処からだ!?」


 しかし奴の口からは甘い口づけではなく、物騒な台詞が飛び出した。

 目を開けた私は周囲を確認して、そしてルパートと同時に悲鳴上げた。


「きゃあぁ!!」

「うわっ!」


 建物が造る暗い影から黒い手が三本、にょっきり生えて伸びていた。コレ知ってる、前にも見たーー!!!!

 二本の黒い手が互いの指を合わせてハートマークを形造り、残る一本は握り拳の親指だけを下に向けて、「地獄へ落ちろ」とジェスチャーしていた。


「マシュー中隊長ですね!」


 ルパートが仕掛人の名前を挙げて、


「シ~。今一応お忍び中なんで、大きな声で名前を呼ぶの勘弁してもらえますかー?」


 呑気な声がそれに応じた。私とルパートが居る建物の隙間を覗いてきたのは、予想通り第七師団所属の聖騎士・癖っ毛のマシュー中隊長だった。


「……すまない、邪魔をしたくはなかったのだが」


 本当に申し訳なさそうに謝罪したのは、真面目なお髭の連隊長エドガーだ。


「ルパート、やったな! この短期間でライバルを蹴散らして、ロックウィーナの心を見事に掴んだか!」


 拍手しながら囃し立てたのは天然陽キャ・暴走気味の師団長ルービック。


「な、何で皆さんがこの街に居るんですか……?」


 ルパートの疑問はもっともだった。聖騎士三人組は師団の部下と共に王都へ帰ったはずなのに。

 しかも聖騎士の象徴である白銀の鎧を脱ぎ、腰に剣を差してはいるもののラフな格好をしている。それでも目立つ華の有る彼らではあるが。

 キスを中断させられたルパートは不機嫌そうだったが、私は別のことを残念がっていた。


 どうしてこの世界には岩見鈴音の世界に在るカメラが無いんだ! 私服姿の聖騎士四名が揃い踏みだよ! あー記念撮影したい。




■■■■■■

(休日モードの聖騎士三名が揃い踏み! ⇩からチェックできます)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16818093072906534981

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