素直になりたくて(2)

☆☆☆



 ギルドへ帰還した翌々々日、ルパートと私が休みを貰った日。


(ついにこの日が来た……!)


 午前9時、私はメイク用の卓上ミラーに自分の顔を映し、ファンデーションに塗りムラができていないか念入りにチェックしていた。


(よし、お肌の調子は悪くない。しっかり睡眠取ったもんね)


 絶対に前夜は興奮して眠れなくなると思った。だから薬草採取から戻った後に、訓練場でみっちりトレーニングをして身体を疲れさせておいたのだ。それが功を奏したようで、ベッドへ入ってすぐに私は夢も見ず深い眠りへと落ちた。


(すっぴん顔を散々見られた相手だから、メイクを頑張るのは今更感が有るけど……、でも礼儀として綺麗にしとかなきゃね。私に合わせて街デートに誘ってくれた訳だし)


 今日はなんとなんと、あのルパート先輩とデートなのである!

 食堂で会ったルパートはいつもと変わらない態度で少し不安になったが、これは朝食に同席した勇者と魔王を煙に巻く為の工作だろう。わざわざギルドの外を待ち合わせ場所に指定した点もそうだ。

 食事中エリアスから今日の予定について聞かれた時は焦った。彼も休日である私を誘いたいようだったが、下着を買いに行きたいと答えておいた。咄嗟に出た嘘だったが紳士である彼は納得し、付いてこようとしたエロ魔王を止める役目も買って出てくれた。

 ありがとう。信じてくれたエリアスに少し申し訳なく思ったけれど、今日はルパートと絶対に二人きりになりたいんです。私にとってこれは、生涯初となる記念すべきデートなんです!!!!


(メイクはできたけど、問題は服なんだよね)


 可憐なワンピースで挑みたいところであったが、私はスカートの一着も持っていなかった。どうせヒラヒラした格好しても見せる相手が居ないからな~と、手持ちの服は動きやすいパンツルックばかりだった。終わってる。

 せめて髪形くらいは変化をつけようと、サイドを結わえて後ろを下ろす普段と逆バージョンにしてイメージチェンジを図った。ユーリは髪を結ぶ高さを変えただけでだいぶ印象が変わったし、エンも下ろし髪の私を見て……あああああ、あの晩のことは思い出しちゃ駄目!


(あっ、もうこんな時間!)


 のんびりしていたら9時半を少し過ぎていた。そろそろ出ないと。私は財布その他が入ったトートバックを肩に掛けた。ああ、バックも靴も実用性重視で購入したヤツだから色気が無い……。



 冒険者ギルド居住スペース側の玄関から出た私は、ルパートと待ち合わせている大型書店へ直行した。通りを挟んでギルドのすぐ横に位置するこの本屋、朝9時から営業しているので既にけっこうな数の客が来店していた。


(約束の時間より十分早く着いたけど、ルパートはもう来ているかな?)


 彼が居るとしたらどの本棚だろう。私がよく行く恋愛小説コーナーではないだろうな。


(あ、居た)


 人目を引く美形が、旅行関連の本や地図をまとめたコーナーで立ち読みしていた。

 食堂でも見たが、今日のルパートはブイネックで胸元が空いたシャツを着ている。細マッチョ体型なので肌を露出しても様になる、と言うか素直にカッコイイと思う。今日は後輩ではなくデートの相手として、このキラキラした人の隣に並ぶのか……。

 ちょっぴりプレッシャーを感じたが、私は勇気を出してルパートへ声を掛けた。


「先輩、お待たせしました」

「ん、おお」


 彼は手に持っていた本を棚に戻し私を振り返った。そして私をまじまじと見たのだった。


「………………」

「な、何ですか?」

「いや髪形がいつもと違うから。いいな、それ」

「あ、ありがとうございます」


 うきゃあ照れ臭い! でも髪型変えたことに気づいてもらえて嬉しい。もっともっとお洒落を頑張りたくなるね。


「先輩こそ、食堂ではアクセサリー付けてなかったじゃないですか。よく似合ってますよ」


 現在、ルパートの鎖骨近くではシルバーネックレスが輝いている。華美過ぎず良い趣味だ。アクセサリー持ってたんだね。


「ま、今日は特別な日だから……ちょっと気合入れた」


 ルパートも意識してお洒落してくれたのか。心がムズムズしてくすぐったい。


「えへへ、私もです。でもこれが限界でした」

「髪の毛結んだ部分に、リボンかバレッタ付けるともっと良くなるぞ」

「……それがですね、持ってないんですよ。装飾品と呼ばれるアイテムを一つも」


 情けない気分となったのだが、ルパートは輝ける笑顔を私に向けた。


「デートの一つ目の行き先、決まったな」



 大通りには沢山の店がのきを連ねている。その内の一つ、女性の小物雑貨を取り扱う店にルパートは私を誘った。10時に開店したばかりらしく、可愛らしい内装の店内に客はまばらだった。その数人の若い女性客がこちらを見て目を輝かせていた。

 線が細い優美なルパートの外見は、まるで絵本に登場する王子様だ。対して私は女性客の目にどう映っているんだろう。少なくとも王子様とは釣り合いが取れていないかな。


(……コラ、卑屈になっちゃ駄目。暗い顔をしていたらデートに誘ってくれたルパートに悪いよ。今日は二人で楽しく過ごすんだから)


 深呼吸。そして胸を張って店内を見渡した。おお。

 化粧道具や刺繡入りのハンカチ、レースの手袋に天然石を使ったアクセサリー。これまで縁が無かった小物に触れて私の心が浮き立った。どれもこれも何て繊細で魅力的なんだろう。


「先輩、よくこんな素敵なお店を知っていましたね」


 モロに宝飾店という佇まいではないので、お洒落に疎い私でも気後れせずに店内を見て回れた。値段もリーズナブルだ。これなら私でも充分に手が届く。

 しかし女性向けの店をルパートがチェックしていたことが意外だった。


「だいぶ前だが、この店の前を通りかかった時におまえ気にしてたじゃん。寄りたいのか? って聞いたら否定していたけど」

「ああ……そうでしたね」


 確かに気にはなっていた。出入りする買い物客がみんな楽しそうだったから。でも冒険者ギルド出動班の私と彼女達とでは違い過ぎて。あの時は、私なんかが店に入ったら空気が悪くなりそうだなって遠慮しちゃったんだ。

 だけどそっかルパート、そんな些細なことを覚えていてくれたんだ。


「ヘアーアクセ以外にも気になる品は有るか? ついでに買っておこう」

「実はピアスに興味が有ります。小さい石なら派手じゃないし、付けて戦闘しても邪魔にならなそうだから。イヤリングだと痛いし、激しく動くと落ちちゃいますよね?」

「ピアスね。でもおまえ耳に穴が開いてないだろ」

「そうなんですよね。先輩は……うっすら痕が見える気がしますが、穴開いてるんですか?」

「聖騎士時代に開けた。でも何年もピアス付けずに放置してたら塞がっちまったな」

「えっ、ピアス穴って塞がるんですか?」

「うん。特に耳たぶが厚いと塞がりやすい。あ、おまえもけっこう厚めだな」


 ルパートは右手で私の左耳たぶを摘んで、軽い力でぷにぷに揉んだ。コラコラコラコラコラ。

 注意された時に耳を引っ張られたことが過去に有ったが、今のこれは完全に恋人同士のスキンシップだ。遠巻きに私達を眺めていた女性客が、口に両手を当てる驚きのジェスチャーを示した。


「せ、先輩。耳がこそばゆいです……」


 照れで声が消え入りそうになった。ルパートはそんな私の様子を見てニンマリしていた。にゃろう。


「ピアスは……やっぱり今はいいです。穴を開けるの怖いですし」

「まぁちびっとだが身体に傷を付ける行為だからな、勧めはしないな」


 やっと私の耳たぶからルパートの指が離れた。


「でもやっぱりピアスをしたいって、後になって思ったらまた俺に相談しろ」

「はい」

「そん時は……」


 ルパートが少し身を屈めて私の耳元で囁いた。


「俺が優しく開けてやるよ」


 ほげえぇぇぇぇぇ。叫びそうになった。

 ぷにぷにした後はぷすっと来るんですか。優しく刺しちゃうんですか。でも何だかんだでルパートは巧そうだ。私の肉体ダメージを最小限に抑えてスマートにコトを終わらせそうだ。

 ……全てを奴にお任せしたくなった私。しっかりしろ、これはあくまでもピアスの話だ。エロウェーブにうっかり乗るな!!


「お、これイイんじゃないか?」


 まだ始まったばかりなのに早くも心臓が逝きそうな私とは違い、ルパートは余裕を持ってデートを楽しんでいた。くっそ、経験済みめ。


「どうだ?」


 彼は蝶をモチーフにしたバレッタを手にしていた。ジト目だった私の目が丸くなった。


「綺麗……」


 花や星型の髪飾りと比べて大人っぽい意匠いしょうだ。25歳の私が身に付けても浮かないだろう。やっぱりルパートは趣味が良い。


「気に入りました。落ち着いたデザインなのでいろんな服に合いそうです」

「よし、一つはこれに決まりな。他にも欲しい物が有るか?」

「うーん……、みんな素敵で目移りしちゃいます。キリが無さそうなので、今日買うのはこれだけにしておきます」

「了解。また来ような」


 ルパートはズボンのポケットから当たり前のように財布を取り出した。


「え、ちょっと先輩、私の買い物なんだから私がお金払いますよ」


 バッグから自分の財布を出そうとした私はルパートに止められた。


「俺が誘ったんだからさ、俺が出す」

「でも……」

「おまえに何かプレゼントしたかったんだよ。受け取ってくれ」

「は、はい……!」


 ここはルパートの好意に甘えよう。デートだもんね。今度何かでお返しをすればいい。

 お金を払ったルパートに、店員は商品をラッピングするかどうか尋ねた。


「いや、すぐに付けたいから値札だけ取ってくれ」


 そう言ってルパートは私を手招きした。そして購入したばかりのバレッタを髪の結び目にパチンと留めてくれた。自身も長髪の彼はヘアーアイテムの扱いに慣れていた。


(わぁ……!)


 私の髪の上に留まった蝶。成人してから初めて身に付けた装飾品かもしれない。おまけに男の人からのプレゼントだよ。

 何よりもルパートが私に似合いそうな物を探して選んでくれた、それがとても嬉しかった。

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