エリアスの背中(1)

 出発時刻の遅れを取り戻そうとしたのだろう、昼休憩はトイレ休憩並みの短さで終わった。私達は時間内に食べ切れなかった硬い干し肉を、行儀が悪いが走る馬車内でモソモソ摘まんだ。御者台の人も肉をかじりながら馬を制御していた。大変だったろう。


 そして夕刻。開けた平原でようやく私達は落ち着けることになった。テントを張って夕食の準備を済ませて、輪になって座った私達は溜まった疲れを吐き出そうと深呼吸をした。


「長距離移動はツライよね~。同じ姿勢で何時間もだもんね~」


 当たり前のようにマシュー中隊長が夕食の輪に加わっていた。しかも今日はルービック師団長とエドガー連隊長まで居たりする。重役会議が開かれるのかって面子メンツだ。下級兵士であるミラとマリナは緊張しまくりのはず。

 そんな状況でもイイ男サーチをフル展開させるのがマリナだ。


「あ、あの……新顔さんがいらっしゃるわよね? エンさんと仲が良いようだけど彼も冒険者ギルドの職員さん?」


 マリナが熱視線を送った相手はユーリだった。目つきは悪いがまぁまぁ整った顔立ちをしている。

 女同士の恋バナではルービックにキャーキャー言っているマリナだが、流石に現実で高官へアプローチをする度胸は無いようで、身近なイケメンにターゲットを絞ったっぽい。

 ちなみにリーベルトは公民館襲撃後にすぐリリアナのメイクに戻り、昨晩の夕食時も女装姿だったので、マリナのイイ男サーチには引っ掛かっていない。


「そう。彼も冒険者ギルドの職員で名前はユアンだ。裏方仕事であまり表に出てこないから、なかなか会えないレアキャラなんだ」


 実はデキる男ルパートが上手いこと紹介した。ユーリの名前を知る内通者が居るかもしれないので、しばらくはユアンという仮名を使うことになっている。

 紹介されたユーリことユアンは軽く右手を挙げただけだった。もっと愛想良くせーや。私の目から見てマリナもミラも充分に綺麗な女性だが、ユーリの美の基準には届かなかったようだ。

 ユーリは馬車内で美しいとたたえたアルクナイトを、そしてエリアスとルービックと髭を蓄えたエドガー、更には弟分のエンをうっとり眺めていた。男色かと疑いかけたがこっそりエンが教えてくれたところによると、どうやらユーリの好みは男女関係無く、キリリとした精悍な顔立ちをした人物とのこと。

 なるほど。ルパートやリリアナは文句無しの美形なのだがやや線が細い。アルクナイトも遠目では優男だが、近くで見ると長い人生経験を積んだせいか顔に凄みが出ているんだよね。キースやマキア、マシューは柔らかい雰囲気だ。


「ロックウィーナ、大技を放って一日経ったが筋肉痛は出ていないか? 私でよければマッサージをするが」


 低音ボイスで囁いてきたのは左隣に座るエリアスだ。他にも私の隣に座ろうと男性数人が名乗りを挙げたが、腕相撲で全員がエリアスに蹴散らされた。華奢なリリアナに至っては、身体ごとべちゃっと地面に倒されてキーキーわめいていたな。腕力勝負になったらエリアスに敵う者は居ない。

 だけど筋肉痛かぁ……。昨日かかと落としで脚を思いっ切り振り上げたせいか、実は股関節の動きが少し詰まる感じがして気持ち悪い。

 察しの良いエリアスは私の考える表情からピンと来たようだ。


「調子が悪い所が有るんだな? 私に任せろ」

「ひえっ!? だ、大丈夫、大したことはありませんから」


 脚の付け根をエリアスに施術してもらう訳にはいかない。場所が悪い。


「私とキミとの間で遠慮などらない」


 だあぁっ、想像したら恥ずかしくて顔が火照ほてってきた。あんな所を触られたら……。

 するとエリアス並みに察しの良い救いの神が現れた。


「公民館ではまた見事な足技で活躍したそうだな。マシューから聞いたよ」


 優しい声音は右隣に座るルービックだ。司令官であるこの人の座る位置には誰も文句をつけられなかった。


「ロックウィーナは格闘技の才が有るようだが、幼い頃から道場に通っていたりしたのか?」


 話題を変えて下さってありがとうございます。


「いえ、肉弾戦については七年前に冒険者ギルドに就職してから学びました」

「七年であの技……? 十年未満の修練に俺は負けたのか……?」


 ユーリが落ち込んで呟き、ミラが「ん?」という顔をした。


「ユアンさんはロックウィーナと戦ったことが有るんですか?」


 ユーリがアンダー・ドラゴンの用心棒だったことは一般兵には内緒だ。デキる男ルパートがここでもフォローした。


「ギルドの訓練場で、職員同士で模擬戦をたまにやるんだよ」

「へぇ、冒険者ギルドでも兵団の訓練みたいなことするんですね。男の人に勝っちゃうなんて、ロックウィーナは本当に強いのね!」


 ミラが納得し、ルービックが尚も聞いた。


「冒険者ギルドへ来る前は何をしていたんだ?」

「故郷で羊飼いです。エザリって小さな村ですからご存知無いと思いますが」


 ルービックではなくマシューが答えた。


「ああエザリ、景色が綺麗な村だよね! ただ医師不足なんだよなぁ……ゴメンね」


 ど田舎のエザリを貴族であるマシューが知っているとは。それにゴメンとは?


「あの、どうしてマシュー中隊長が謝るんですか?」

「俺の実家が男爵家だって言ったよね? フィースノー地方は国から管理を任されたウチの領地なんだよ」

「え!?」


 これにはギルドメンバー全員が驚いた。マシューのお父さんが地主様でしたか。


「そうなんですか!?」

「うん。実家はフィースノーの街に在るんだよ。招待するから今度みんなで遊びにおいでよ」


 なんと。ご近所さんでもあったのですか。フィースノーの街はけっこう賑わう都会だから、マシューの実家は税収で潤っていそうだな。おまけにマシューは実力で選抜された聖騎士。

 同じ男爵家でありながら貧乏貴族であったグラハムは、財も才能も兼ね備えるマシューのことを苦い気持ちで見ていただろう。


「それにしても羊飼いかぁ。ロックウィーナは健康そうだもんね~」

「はい。毎日走り回っていたから足腰は強いです」

「戦闘の基礎は故郷で培われたのだな」


 お世辞だろうが聖騎士達が私を褒めてくれている中へ、


「彼女は魅了の技も凄いんですよ」


 突然エンが爆弾発言を投げ込んだ。えっと忍者、何を言い出すん?


「魅了が凄いのはキースさんだろう?」


 キースの瞳にやられて痴態を晒したユーリが意見したが、エンが力強く持論を展開した。


「いや、キースさんの魅了は瞬間的なものだが、ロックウィーナの魅了はじわじわ来る遅効性タイプなんだ。彼女はくノ一になったら大活躍すると思う」

「くノ一にしては色気が足りないだろう。顔のいかつさも」


 余計なお世話だ。色気の無さは自覚しているけど、顔のいかついのが好きなのはアンタ個人だろーがユーリ。


「それがな、技に掛かると徐々に色っぽく感じてくるんだ。今の俺に彼女は艶やかな美女に見えるぞ。ユー……ユアン、おまえも一度技を掛けてもらえ」


 …………ん?

 私にはエンの言っていることが解らなかった。私が艶やかな美女?


「エン、技を掛けたって何? 私はあなたに何もしてないよ?」

「そんなはずはないだろう。前に俺が頼んだから掛けてくれたんだろう?」

「してないってば。そもそも私は魅了の技なんて知らないし」


 否定したのにエンは譲らなかった。


「じゃあ何で俺はアンタを見ると胸が高鳴るんだ? 何で夢にまでアンタが出てくるんだ?」

「……………………へ?」


 私はポカンとして、周囲の男達が放つ空気がピキンと固くなった。


「あ、あのねエン、きっとそれは勘違いだと思う……」

「勘違いなものか。ただこのままいくと感情が暴走して、近い内にアンタを襲ってしまいそうな気がする」


 ひぇ!?


「アンタを傷付けることは本意じゃない。だからそろそろ技を解いてくれないか?」


 ルパート、キース、アルクナイト、エリアスが目に見えて慌て出した。


「……おいおいおい! キースさん、これってばヤバくねぇ?」

「ええ。まさか色恋に興味が無さそうなエンまでもが陥落するなんて」

「忍者はノーマークだったぞ。どうするんだエリー」

「私に聞くな。彼の扱いはバディのマキアが一番よく知っているだろう?」


 男達の視線が呆気に取られていたマキアへ注がれた。


「そーだワンコ、何故見張っていなかった! こうなることを事前に察知して、あらかじめ小娘から忍者を遠ざけておかんか!!」

「ええっ! そんなことまで俺の責任になるんですか!? ムチャ言わないでく下さいよ!」


 その光景を当のエンが不思議そうに眺めていた。


「どうしたんだマキア。みんなは何を言っている?」

「いやあの……」

「何だ」

「本当に解ってないの? エン」

「だから何がだ」


 マキアは肩を落として盛大に溜め息を吐いた。


「あのなエン、ロックウィーナは技も魔法も使ってないよ」

「そんなはずはない。俺は彼女にドキドキしてしまう」

「うん……。それはおまえ自身から生まれた自然な想いなんだよ……」

「………………?」

「エン、おまえはさ……」


 マキアは意を決して言った。


「ロックウィーナに、素で恋をしてしまったんだ」

「!………………」


 その言葉にエンは目を見開いた。私も。

 いやいやいや。エンが好きなのはバディのマキアと義兄弟のユーリと犯人捜しだ。私は含まれていない。


 しかしエンは私を見て、少しずつ顔を赤く染めていった。うわあぁぁ、私も釣られるぅぅ。頬、おデコ、ついには耳たぶにまで熱が広がった。きっと私の顔もエン同様に真っ赤になってしまっている。

 エンは片手で口元を覆いながらも、破壊力の有る言葉を呟いたのだった。


「マジか……。これが恋か………」

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