地潜りの竜(2)

 まだ焦げ臭い匂いが消えない公民館内に、冒険者ギルド関係者九人とマシュー中隊約百人が集結した。


「エレ小隊、倒れた構成員の中にまだ戦える者が潜んでいるかもしれない。全員チェックして確実に戦闘能力を封じておけ」

「はいっ」


 マシューの命を受けた二十人程度の兵士が、数人ずつ組んでダウンしている構成員の様子を窺いに散った。これで進んでも後ろから襲われる危険が無くなった。


「さあてルパート先輩、どこから見て回りますか? 一階と二階とで二手に分かれますか?」


 マシューがニコニコ顔でルパートに尋ねた。先輩呼びされてルパートは居心地が悪そうだった。


「……戦力をあまり分散させたくありません。まずは一階部分を片づけましょう。その間、二階へ通じる階段には見張りを立てましょう」

「ですね。エレ小隊、構成員のチェックが終わったら階段の見張りを宜しく。上からの襲撃に遭ったら笛を吹いて知らせるように!」

「はいっ!」

「笛が鳴ればエドガー先輩が待機兵を突入させてくれます。我々は一階攻略に集中しましょう。それとルパート先輩、俺には楽な話し方でどうぞ」

「そんな訳にはいきませんよ。俺はもう聖騎士ではありませんので」

「ええ~? そんなこと気になさらなくていいのに」


 マシューはすっかりルパートに懐いていた。聖騎士は数が少ないので年の近い同僚が居ないのだろう。


「扉のデザインから見て、この先がコンサートホールのようだな。一階のメイン施設のようだが、私はここに首領が潜んでいると思う」


 大剣を抜いたエリアスが顎で指し示した。魔王が同意した。


「便所や上階は逃げ場が無いからな。火を点けられたら何もできずに焼け死ぬだけだ。首領が居るとしたらコンサートホールだろう。兵士が押さえているが裏口も有る」

「でも……確実に敵は待ち伏せしていますよね? ドアを開けた途端にいろんなものが飛んできそうなんですけど」


 マキアの不安は的中しそうだ。本拠地にまで踏み込まれたアンダー・ドラゴン構成員達は追い詰められている。投擲とうてき武器はもちろんのこと、モヒカン構成員が何十人も破れかぶれで突撃してくるかもしれない。

 マシューがアルクナイトへ視線を移して意見した。


「入口を見事に突破した、こちらの方にもう一度お願いしてみては?」

「……難しいな。俺の結界は有能だが、一定のダメージが蓄積すると消滅してしまう。張り直すには精神を数分間集中しなければならないんだ。連続して攻撃を受けることは避けたい」


 そうだったんだ。


「その無防備な瞬間に敵の攻撃を受けて、この玉の肌を傷付けられたら俺は貴様を恨むぞマシュー。その黒い癖っ毛を炎魔法で焼いて更にチリチリにしてやる。下の毛のようにな」

「うわっ!? すみません、もう言いません!」


 馬鹿魔王。何て例えを出すのよ。想像しちゃったじゃない。

 キースが物憂げに言った。


「僕の防御障壁は精神力が続く限り張り続けられますが、範囲が狭いです。一度に三人程度しか護れません」


 充分に役立つと思うけど。アルクナイトを助けに行った時に、私とマキアはそれで護られたんだから。


「あのー……。入口を破壊したように、強力な魔法で扉の向こうを吹っ飛ばしてしまえば早いのでは?」


 一人の王国兵士が遠慮がちに進言した。確かにアルクナイトに強力な呪文を放ってもらえば決着はすぐにつくだろう。建物の崩壊と大量の死者と共に。だがそうなったらユーリを救うというミッションがクリアできなくなる。

 冒険者ギルドメンバーの間にピリッとした空気が流れたが、マシューがすまなそうな表情で部下に上からの指示を説明した。


「首領をね、できるだけ生かして捕らえるように言われているんだよ。国を荒らしまくったアンダー・ドラゴンの首領を結果が決まっている裁判に掛けて、大々的に公開処刑して国民の鬱憤を晴らそうってんだろうね」

「………………」

「生け捕りは殺すより難しい。その分みんなを危険な目に遭わせてしまうけど、ごめんな」

「いえ、そんな……」


 これで王国兵団が奇襲を行うことが無くなり、ユーリの生存率も上がった訳だが素直に喜べないな。上の思惑で現場の兵士の危険が増すって……。

 ルパートが結論を出した。


「キースさんの障壁に護られた二名が先行、アンダー・ドラゴンの初手を出来る限り封じて、それから残った者で突入しよう。二名の内一名は俺が務める」

「ではもう一名は俺が……」

「俺が行きます!!」


 マシューの申し出に被せたのはエンだった。マシューはエンを一瞥いちべつしてから頭を横へ振った。


「キミは駄目だ、義兄弟のことで熱くなっている。扉が開いたと同時に駆けて行っちゃわない?」

「大丈夫です! ちゃんと戦えます!」

「うん、戦ってもらうよ。でも先陣は俺とルパート先輩に任せてくれ。そもそも今回の任務は王国兵団第七師団の担当なんだ。協力者の冒険者ギルドばかりを前面に出して、兵団員が高みの見物を決め込んでいたなんて噂されたらいいつらの皮だからね」

「………………」


 唇を嚙んだエンをマキアがそっと後ろへ下がらせた。


「ちょっとの辛抱だよ。俺達だって後から突入するんだからさ」

「ああ……」


 エンは一旦落ち着きを取り戻した。心配なのは先行する三名である。キースの障壁が有るとはいえ、おそらく敵の攻撃は熾烈を極める。

 私は彼らの傍へ寄って声を掛けた。


「先輩達、マシューさん、どうぞお気をつけて」

「ありがとう、行ってくるよ」

「絶対に僕が二人を護り切ってみせます」

「安心して待ってろ」


 いつもと変わらない笑顔のキースとルパート。でも今日は、今日と言う日は、ルパートにとって特別な一日なのだ。


「絶対にみんなで無事に帰って、盛大に誕生日を祝いましょうね!」


 私の言葉にルパートは真顔になった。


「……おまえ、覚えてたのか」

「当たり前でしょう、毎年しつこくアピールされましたから」


 今日はルパートの二十八回目の誕生日。ルパートはフッと笑った。


「今年はまだアピールしてないぞ?」


 うん。時間のループに閉じ込められてそれどころじゃなかったもんね。でも私達はループを打ち破った。今度もきっと上手くいく。日常を取り戻そう。

 馬鹿騒ぎして、くだらないことで泣いて、笑って、恋にもっと時間をかけられるそんな日常を。


 私に抜群の笑顔を見せた後にルパートは背を向けて、マシューとキースと共に扉へ近付いた。その様子をギルド関係者と中隊百人が固唾を吞んで見守った。さり気なく私の肩をエリアスが抱いているが気にしない。


「いきますよ?」

「いつでも」


 ルパートとマシューは同時に扉を蹴破った。二人の脚にはルパートの風魔法が付加されていたようで、厚く重そうな扉が前方に吹っ飛んでいった。「あべし!」と何人かの悲鳴が上がったので、モヒカン終末構成員が巻き込まれた模様。

 それを合図に雨あられと、コンサートホール内から敵が放った矢が降り注いだ。

 キースの防御障壁で護られた男達が入口に陣取っていたので、矢は後方に居る私達の元まで届かなかった。

 三名はゆっくりと、観客用に並べられたイスの間をって歩を進めていく。


「ウェイェェェェ!」

「ぎゃははははは!!」


 イスの陰から奇声を上げて何人もの構成員が姿を現し、味方の矢に当たる危険もかえりみずに三名へ次々と襲い掛かってきた。モヒカン、巨デブ、山賊風、全身ピアス男。

 ルパートとマシューが冷静に剣で斬り伏せた。しかし数が多い。


「……白、あのままでは潰れるぞ」


 障壁を張りっ放しにして、敵の攻撃全てを弾いているキースの負担は相当なものらしい。後ろ姿だから見えないが、きっと彼は全身汗だくになっている。


 パァン!


 乾いた音が響き渡った。私はこの音を知っている。

 入口の壁で身体を隠したリーベルトとアスリーが銃を構えていた。

 パンッ、パン! 彼らは向かってくる構成員を狙撃して数を減らしていった。


「援護感謝する! 愚かなる盗人よ、己が影に囚われよ!!」


 マシューが叫ぶと彼の周辺の影から、黒く長い手がにゅうっと生えて敵の構成員達の身体に巻き付いた。完全にホラーの図だ。

 爽やかマシューさんは珍しい闇魔法の使い手らしい。


「ヒィッ!?」


 自分の影から生えた手に動きを封じられた構成員達は、マシューの剣によってザックザック命を刈り取られていった。首領以外には容赦無いな。


 そして。


「我が障害を薙ぎ払え! 気高き風よ!!!!」


 ルパートの澄んだ声がコンサートホールに響き渡った。

 起こった強風がルパート達に接近していた構成員達を、床に固定設置されていたイスごと持ち上げて遠くの壁まで運び、派手に叩き付けたのだった。


 ガシャン、ドォン、バキッ!


 周囲が一掃された。悲鳴すら上げられずに風に飛ばされた構成員達は、壁からずり落ちてそのまま戦線離脱した。めちゃくちゃ痛そう。

 ルパートの魔法は何度か見たけど、今回のは凄い威力だったなぁ。


「アイツ絶対、キミにいい所を見せようといつもより張り切っている」


 私の肩を抱くエリアスが忌々しそうに呟いた。だけど彼は肩から手を放し両手で大剣を握り、すぐに引き締まった顔に戻った。

 同じタイミングでマシュー中隊長が後ろを振り返って私達へ号令を掛けた。


「全員、突入ーーーーーー!!!!」

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