地潜りの竜(1)

 アンダー・ドラゴン討伐隊である私達はひたすら西へと駆けた。そして17時少し手前の頃だろうか、馬に乗って馬車に並走していた騎士が、片手で私達にジェスチャーを送ってきた。連絡事項が有る時に使う合図だ。

 マキアが少しだけ馬車の扉を開いて外部と音が通じるようにした。確認した騎士は大声を張り上げた。


「信号弾確認! 前方で戦闘開始!!」


 馬車の窓からは見えなかったが、西の空に信号弾が上がったらしい。尖兵せんぺいとして先行していた部隊がアンダー・ドラゴン本拠地に一足早く着き、構成員達と戦闘になったのだ。

 扉を閉めたマキアが緊張した面持ちで言った。


「アンドラの構成員は本拠地にまだ留まっていたようだね」


 戦闘開始ということはそういうことだ。アンダー・ドラゴン首領はさっさと本拠地を放棄して構成員を散り散りに逃がせば良かったのに、財宝を残しておくことを惜しみ、運び出し作業に時間をかけ過ぎたのだ。


「欲を出して逃亡が遅れたんですね。愚かしい奴ら」


 銃を握る最年少のリーベルトは案外落ち着いていた。私以上に実戦経験が少ない彼だが、単身ガロン荒野に乗り込んでみせた豪胆者だ。戦闘中にパニックを起こす危険は少ないだろう。


「………………」


 私はエンをチラリと見た。

 冒険者ギルド関係者は馬車の走行順と同じ様に、本拠地に着いてもルービック師団長と行動を共にすることになっている。隊の最高責任者の側に居られるのだから心強くは有る。最前線に比べて危険も少ないだろう。

 だが後方に居て、ユーリを生かして捕えるという目的が果たせるかが心配だ。


(焦っちゃ駄目。無茶はしない。みんなと足並みを揃えるんだ)


 昨晩ユーリと戦ってみんなに心配をかけてしまった。戦ったこと自体は後悔していない。エンを救う為に必要だった。だけど独りで突っ走らないように。

 私は心の中で何度も復唱して戒めとした。


 ガタン。

 馬車が停まった。ついにその時が来たのだ。私達は各々の武器を手に取り馬車を降りた。一つ前に停まっている馬車からは年長組が、そして更にもう一つ前の馬車からは聖騎士達が降りていた。


「行くぞ」


 ルービック師団長が速足で歩き出し、ギルドメンバー達も後に続いた。

 視線の先にはガロン荒野を思い起こさせる廃墟群が広がっていた。規模的にはかつて街だったのだろう。ガロン荒野ではモンスターだったが、ここの廃墟は犯罪組織によって占拠されていたようだ。


「グラハム、どういう状況だ」


 前方に陣を張っていたグラハム連隊長がルービック師団長を振り返った。


「街の中央に在る公民館が奴らの根城のようです。現在私の連隊が公民館を囲み、中に居るアンダー・ドラゴン構成員と睨み合いの状態です」


 グラハムはコネも有っただろうが連隊長職まで出世しただけあって、仕事はちゃんとできる御仁ごじんのようだ。うるせぇとか思ってごめんなさい。


「それでいい。おまえの連隊はそのまま囲みの陣で奴らの逃亡を防いでいてくれ。本拠地への突入は私達がやる」

「えっ、しかし……」


 納得していない感のグラハムの横を通り過ぎて、師団長はマントをひるがえして颯爽と歩を進めようとしたが、


「お待ちを」


 左に控えていたエドガー連隊長が進言した。


「師団長はどうか外にいらして下さい。突入は私とマシューが残り半分の兵を率いて行います」

「そうですよ。追い詰められたアイツら、どんな卑怯な手段を使うか判りません。指揮官に何か遭ったら師団は総崩れとなりますから」


 マシュー中隊長からも止められ、ルービック師団長は渋々立ち止まった。


「……了解だ。私はここで指揮を取ろう。ギルドメンバーの諸君らも後方支援に回ってくれ」

「いえ、自分は突入班に加わります」


 エンが即座に言い切った。ルパートは彼を止めずに宣言した。


「冒険者ギルドは全員で突入します!」


 エンがユーリを救いたがっている。私達はそれに協力すると決めたのだ。


「行かせないぞルパート、おまえ達はあくまでも協力者だ。突入行動など明らかな危険に身を置く必要は無い」


 ああ、やっぱ師団長は私達を気遣ってくれていたんだな。その気持ちはとてもありがたい。でも私達の決意は揺るがなかった。


「ルービック隊長、いえ師団長。アンダー・ドラゴン壊滅は冒険者ギルド全体の願いでもあります。いくつかの支部で職員が殺害されています。これは彼らの弔い合戦です」

「熱くなるな。せめてロックウィーナと年若いそこの青年はここに残らせろ」

「コイツらは言っても聞きません。放っておくと無茶をするので、目の届く範囲に居てもらった方がいいです。なので連れて行きます」

「それならばやはり私も行く。外部の協力者を危険に晒させておいて、自分だけ安全な場所になど居られるか!」


 ルービック師団長は力強く表明したが、


「四の五の言わずに大人しくしていて下さい」

「前回の遠征任務でも、ちょっとの怪我なら回復すれば元通り~、とか言って暴走されてましたよね?」


 速攻でエドガーとマシューに却下されていた。

 元通り~で暴走? 落ち着いた大人であるルービックのイメージと異なるな。


「……変わってないんですね、師団長」


 ルパートが苦い表情で呟いて、師団長はバツの悪い顔をした。あれ? もしかしてイケオジ師団長ってばヤンチャ寄り?


「グラハム連隊長、申し訳ありませんが師団長を宜しくお願いします」

「了解した。任せてくれエドガー連隊長」


 この師団の高官達は困った上官ルービックの扱いを心得ていた。明らかに拗ねた表情の最高責任者を置いて、私達はすたれた街の中心部へ向かった。


「首領達が根城にするだけあってデカイ建物だな」

「音楽や劇を披露するコンサートホールが入っているんだろう」


 兵士達が築いた簡易バリケードの外側から、公民館を見上げてルパートとエリアスが感想を言い合った。


「さてとエドガー先輩、どういう手順で突入します? 確実に敵は待ち構えているでしょうし、入口の扉も簡単に開かないでしょうね」


 緊迫したシーンなのだがマシューはどことなく楽しそうだった。好戦的な性格なのか、何が遭っても対処できる自信が有るのか。


「ちんたら時間をかけたくない。俺が道を切り開こう」


 宣言したアルクナイトがたった一人で、スタスタと公民館の正面入口へ歩いていった。


「馬鹿な! 待ちたまえ!!」


 一見無防備なアルクナイトの背中へエドガーが怒鳴ったが、ルパートが軽く流した。


「あの人なら大丈夫ッスよ」

「大丈夫なものか! ああ、言った傍から!」


 入口へ近付いた魔王目がけて、公民館二階の窓から大量の矢が射掛けられて植木鉢も落とされた。

 それらは魔王の身体へ接触する前に球体の障壁によって弾かれた。


「バリア……?」


 目を丸くする王国兵団が見守る中、魔王は右手を上げた。


「炎の聖霊よ、我を阻む者へ灼熱のたまを撃ち込め」


 呪文の詠唱と共に空中で発生した五つのファイヤーボールが、二発は二階の窓へ、三発は公民館正面入口の扉へ飛来した。


 グオシャアァァン!!!!


 派手な音を立てて入口が破壊された。二階からは野太い男の悲鳴が上がった。


「ほれ、今なら邪魔されずに中へ行けるぞ。さっさとせんか」


 アルクナイトの手招きに従って、冒険者ギルドのメンバーが入口まで駆けた。


「あの人やるな! 俺も行きます、マシュー中隊は続け!」


 マシューも直属の部下である百人前後の兵を引き連れて私達の後ろに付けた。


「ギリアム大隊、裏口へ回って敵の退路を断て! 残りの兵は私と共にここで待機!」


 エドガーは大人数で建物内へ進入すると、味方の動きが封じられて危険だと判断したようだ。突入した私達を臨機応変に援護できるよう建物の外に留まった。


「風よ、視界を晴らせ」


 火球の爆発で煙のカーテンが引かれていた玄関ホール。ルパートが風魔法で煙を取り除いた。


「ちょっとぉ、やり過ぎですよ。ユーリさんはこの中に居ないでしょうね?」


 リーベルトの指摘通り、アルクナイトが吹っ飛ばした公民館玄関は酷い有様だった。

 大きな柱は無事だったが壁の一部が燃えていて、粉々になって床に散らばる建材と一緒に、数十人のアンダー・ドラゴン構成員がそこかしこに転がっていた。彼らが起き上がる気配は無い。


「ユーリはファイヤーボールに当たるような間抜けじゃない」


 エンは倒れている構成員に目もくれなかった。


「おいアル、消火するまでがセットだぞ」


 エリアスにつつかれたアルクナイトは面倒臭そうに、今度は水魔法を詠唱した。


「清涼なる水は猛き炎を鎮める」


 空気中の湿気がアルクナイトの手の平に集まって、それから指を向けた方向へブシューと水が発射され、チロチロ燃えていた壁の炎が消された。便利な奴。


「凄い! どこからどう見ても王侯貴族にしか見えないが、意外にも庶民の出であるさすらいの天才魔術師、ギルドマスターから全幅の信頼を寄せられている美しいアルさんは二属性持ちなんですね!」


 あなたも地味に凄いですよマシューさん。一度の自己紹介でアルクナイトの肩書を丸暗記するなんて。でも馬鹿魔王のお遊びに付き合う必要は無いから。


「二属性持ちだけなら時々居ますが、火と水のような反対の属性を使いこなせる人には初めて会いました!」

「まだまだ世界が狭いな若造。俺は癒しの術と即死の禁呪を使いこなす悪魔を知っているぞ」

「ええ!? そんな人が存在するんですか? まるで伝説の魔王みたいですね!」


 驚くマシューの横でキースが怖い笑顔で急かした。


「さぁ先へ進みましょう。ここまで来て首領に逃げられたくありませんからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る