幕間  レクセン支部の二人

(早めにお昼ご飯を食べておこうかな)


 現在の時刻は11時12分。13時の集合時間までにはまだまだ余裕が有ったが、特にやりたいことが無かった私は食堂へ向かった。気まずさからルパートと顔を合わせたくなくて、食堂が混む時間帯を避けたかったという点も有る。

 ギルドの食道は冒険者達にも開放されている。味はそれなりだが安いのでそこそこ人気だ。


「よう、ウィー。今日も日替り定食かい?」


 コックのジョセフが声を掛けてきた。元Cランク冒険者だった気のいいオヤジさんだ。剣の替わりに現在は包丁を握っている。


「うん、日替りでお願いします」


 今日は豚挽き肉を使用したハンバーグ定食だった。けっこう好き。牛さんのお肉は高価なのでギルド食堂にはあまり登場しない。

 ちなみに私は好き嫌いが少なくレバー以外なら基本食べられる。レバーだけは駄目だ。口に含んだ途端に血の香りと鉄の味が広がって、どうしても飲み込めないのである。


「あそこでルパートがずっとおまえさんを待ってるぞ。早く行ってやんな」

「え?」


 定食が乗ったお盆を受け取りながらジョセフの目線を追うと、その先に一番会いたくなかった奴が居た。うげぇ。

 でも妙だな。面倒臭がりなルパートはいつもカウンター近くの席に座りたがるのに、今日は客がまばらで席がたくさん空いている状態で、壁際の一番端の席に座っていた。そのせいでジョセフに言われるまで気づかなかった。

 すっごい無視したかった。でもルパートが右手で私を手招きしたので行かざるを得なかった。先輩でおまけに上司だからなぁ。


「……どうも」


 何が「どうも」なのか自分でも判らないないが、取り敢えずルパートに挨拶して対面に着席した。彼の前に皿は無く飲み物のグラスだけだった。もう食事を終えたのだろうか? だったら部屋に戻っていればいいのに。

 ルパートが黙っていたので構わず食べ始めることにした。


「……………………」


 ルパートはただ私を見ていた。すっごく食べづらい。あれですか? 見つめることで食事に集中させず、私を消化不良にするという新しい嫌がらせを思いついたんですか先輩。 

 抗議しようとしたところで、ルパートの方から口を開いた。


「……悪かった」


 ん?


「今まで調子に乗り過ぎた」


 んんんんん!?

 私はまたおブス顔になっていたと思う。だって信じられない言葉が彼の口から飛び出したのた。

 ルパートが真面目に謝っている? これまでは謝ったとしても「ワリィワリィ」とか「サーセン」とか、まったく心がこもっていなくて神経逆撫でするだけだったのに。


「どうしたんですか先輩。食あたりでも起こしましたか!?」

「おまえな……。いや、俺がしてきたこと考えれば信用されなくて当然か」

「!………………」


 謝るだけじゃなくて自己分析もできている? これから雪……どころか槍でも降るんじゃあるまいか。


「本当、どうしたんですか急に」


 本気で心配するレベルだった。ルパートそっくりな顔をした素直なこの男は誰やねん。


「……悪いことしたと思ってるんだよ」


 大丈夫? 新種のモンスターに身体乗っ取られてない?


「それは、会議室で私とエリアスさんに怒鳴ったことですか? あ、イスを扉にぶつけてましたね。あれには引きました」

「それも有る。それと……六年前のことも」


 ドクン。私の心臓が跳ね上がった。

 ……六年前のことって、私が告白したあれを指しているんだよね? ちょっと待ってよ、何でほじくり返すワケ? アンタが無かったことにしたんじゃないか。


「きちんとおまえに向き直って話すべきだった」


 当時はそれを心から望んでいた。でも叶わなかった。どうして今になって?

 キースが彼を諭してくれたのだろうか?


「ウィー、俺は……」


 ドワッと、食堂入口付近が騒がしくなった。賑やかな客が来店したようだ。


「……ここでするような話じゃないな。できれば俺かおまえ、どちらかの部屋へ行きたいんだが……いいか? 今日が無理ならおまえの都合の良い時に」


 ドクンドクンドクン。耳が熱を持った。

 ピッキングして勝手に部屋へ入るケダモノが、私から許可を貰おうとしている。私の都合を考慮してくれている。

 ルパートの誠実な対応。ずっと待ち望んでいた状況が目の前に有るというのに、私は恐れから即答できなかった。


(彼を信じて……また)


 期待して突き放される、あの時の苦い記憶が脳裏を駆け巡って舌がピリピリ痙攣けいれんした。


「いっや~、リリアナちゃんてば超カワイイ! ヤバくね? ヤバくね?」


 個人的に修羅場だった私の耳に能天気な声が届いた。ルパートの真剣な眼差しから逃れようと顔をそちらへ向けると、そこにはレクセン支部から来たマキアとエンが居た。賑やかな客とは彼らだったのか。


「あーオジさん、俺は日替わりでお願いしまーす!」

「おうよ! そっちの兄さんはどうする?」

「……魚」

「ん?」

「コイツ魚料理好きなんですよー。何か有ります?」

「今日出せるのはヒラメのムニエルくらいだな」

「エンそれでいいか? いいんだな? ムニエルでお願いしまーす!」

「ハハハ、兄さん元気いいな」

「レクセン支部から来たマキアとエンって言います! しばらくフィースノーのギルドに滞在しますんで宜しくです!!」


 賑やかなのはマキア一人だけだった。相棒のエンは相槌あいづちすらまともに打っていないのに、マキア一人でベラベラベラベラ喋っていた。ある種の才能だな。

 料理のお盆を持って振り替えった彼らと目が合った。


「あ、ロックウィーナさんにルパートさん!」


 マキアは真っ直ぐ私達のテーブルへ近づいてきた。エンも追随ついずいした。


「ご一緒させて下さい!! お隣いいですか?」


 愛嬌たっぷりのマキアの後ろでエンが眉間にしわを寄せていた。彼は絶対人見知りするタイプだぞ、そっちこそいいの?


「私は……構わないけど」


 ルパートと二人きりは何だか怖い。


「やった! フィースノー支部の皆さんとは、仕事以外でもお話ししたかったんです!」


 ニッコニッコな笑顔でマキアは私の隣の席に座った。人懐っこい青年だ。対するエンは無言でマキアの対面、ルパートの隣に座った。覆面の下で舌打ちしている気がする。


「ルパートさんとロックウィーナさんって、お付き合いされているんですか?」


 いきなりマキアに爆弾発言を投下され、私は口に含んだ付け合わせのブロッコリーを噴き出しそうになった。危ない。


「してないです」


 私は速攻否定した。ルパートの顔も引きっていた。


「えっ、そうなんですか? 俺はてっきり……」

「ええと、マキア……くん」

「呼び捨てにして下さい、俺達の方が年下なんですから。ギルドの勤務年数も少ないと思います」

「ではマキア、どうして俺とウィーが付き合っていると思ったんだ?」

「だってさっきの会議中、ルパートさんがロックウィーナさんをずっと見ていたから」

「!!」


 マキアに指摘されたルパートは顔を赤らめた。自身でも火照ほてりを感じたのか、ルパートは右手で顔の大半を隠した。


「俺は……、初対面の相手にもそう見られるような態度を取ってんのか?」


 そうだよ。だから私は一生の不覚と言ってもいい誤解をしたんだ。猛省してよね。


「でもお二人でバディを組んでいるんですよね?」


 マキアはハンバーグを切りながら私に尋ねた。


「えぇまぁ……」

「男女で命懸けの出動したら、信頼を通り越して恋愛感情とか芽生えませんか?」


 芽生えたよ。そして玉砕したんだよ。アハハハハ。


「私達は……先輩と後輩のままだよ」

「そうなんですか? 俺は女性と出動したことないから憧れなんです。相談して助け合って……、よっぽど苦手なタイプじゃなければ、俺だったら絶対に恋に落ちちゃいますね!」


 落ちたよ。身をもって体験したよ。ルパートは美男子だから当時の私はドキドキしっ放しだったよ。ハハハハハ。


「今の私は仕事に恋愛感情を絡めたくないな。面倒だもの」


 私は遠回しに「これ以上聞くな」と釘を刺したつもりだった。


「ええ~勿体無い! 恋するってイイことですよ?」


 察してくれない。マキアは阿保あほのコだった。


「ルパートさんカッコイイし、ロックウィーナさんは美人だからお似合いですよ。どうですか? これを機にお互いを意識してみては」


 もうその時期は終わったんだってば。そっとしておいて。でもお世辞だろうけど美人って言ってくれてありがとう。


「ロックウィーナさんの好きなタイプって……」


 ドン! とエンが水の入った木製のコップを、テーブルに叩き付けるように置いて大きな音を立てた。みんなの視線がエンに集中した。


「……マキア、ズケズケ質問し過ぎ。彼女困ってる」


 およ?


「あっ、すみません!」


 マキアがハッとした顔をして私に謝ってきた。

 注意したエンはもうすまし顔で食事を再開している。覆面を外しているので顔全体が見えたが、切れ長の瞳も含めてエキゾチックな顔立ちだな。肌の色も私達に比べて若干濃いし、彼は遠い地から流れてきた移民なのかもしれない。


「俺ってばすぐに馴れ馴れしくしちゃって。距離の詰め方が早いってよく注意されるんです。ホントすみません!」


 ペコペコ何度も頭を下げるマキアをフォローした。


「あの……、話し掛けてくれたことに関しては嬉しかったよ? これから一緒に仕事していくんだから、どうせなら仲良くなりたいって私も思うし」


 途端にパアッと顔を輝かせて笑顔になったマキア。懐いたワンコみたいで可愛い。


「でも私……恋愛関係の話題が苦手なんだ。そこだけゴメンね?」

「はい! 気をつけます!」


 良かった。グイグイこられてどうしようかと思ったが、マキアはちゃんと話せば解る相手だった。

 エンも言葉は少ないが気遣いのできる青年のようだ。同席の際に眉間に皺を寄せたのは、相棒のマキアが何かやらかさないか心配していたんだな。

 この調子ならレクセン支部の二人とは上手くやっていけそうだ。


 ……それはそうとして、現在一番の問題はルパートとの話し合いだよね。どうしようか。

 何とか理由をつけて断ろうとしている私が居る。散々ルパートのことを責めておいて、今度は私が逃げてるんじゃないか。だけど今の私は彼と真剣に向き合う勇気が持てない。

 このままじゃあ、六年前の告白の悪夢はいつまで経っても終わらないのに。私の馬鹿野郎。




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(レクセン支部の二人をもっと知りたいなら、⇩をクリック!)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330657255955610

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