四幕  キースの瞳(3)

「女の後輩というより弟みたいに可愛がっていたんだよ。そんな相手に告白されて、つい動揺してしまったんだ。俺はもう女は当分いいやと思ってたし」

「それで気持ち悪い、ですか」


 ロックウィーナを振った時の台詞をキースに再現されて、ルパートは頭を抱えた。


「……いくら何でも言い過ぎたって思ってる。謝らなきゃ謝らなきゃって思ってたんだが、タイミングが掴めなくて……」

「それでなぁなぁにしてしまったと。クズですね」

「うっ……」

「ロックウィーナは二年間苦しんだと言っていましたよ?」

「すまない……」

「謝る相手が違うでしょう? 今だって彼女は思い出したら泣いてしまうくらいつらいんですよ」

「そうなんだ……」

「流石に恋心は消えたらしいですが。今はただキミのことが大嫌いだそうです」

「えっ、そうなの!?」


 驚いた様子で顔を上げたルパートに、キースは絶対零度の眼差しを向けた。


「当たり前じゃないですか、あんな酷いことを言っておいて。もしかしてキミは、フッても相手は自分を好きなまま、ずっと待っていてくれるとでも思っていますか?」

「いや……、そこまで傲慢じゃない……です」

「ならいいです」


 そう、それでいい。ロックウィーナはこれ以上ルパートのことで泣かなくていい。もっと優しい別の相手に目を向けるべきなのだ。

 しかしルパートは確かな胸の痛みを感じていた。


「ロックウィーナへこれからどう接するか、それを考えましょう」


 右手で前髪を掻き上げて露わとなったキースの顔を、ルパートは久し振りだなと観察した。


(この人もけっこう顔が整ってるんだよな。何で前髪で顔半分隠してるんだろ、勿体無い。顔出してたら女がドンドン寄ってくるだろうにな。元僧侶にはモテたいとかそういう欲が無いんかな? ………………うっ!?)


 ルパートは心臓側の胸を手で押さえた。さっきとは違う痛みが胸を締め付けていた。


(なっ、何だ!? キースさんの顔を見てるとドキドキしてしまう……!)


「とりあえずボディタッチはやめなさい。それから高圧的な言動も……ルパート、聞いていますか?」

「あ、ああ……」


 ルパートは自分の頬が火照る感覚に戸惑っていた。その様子を見たキースは慌てて前髪を下ろして顔を背けた。


「ルパート、しばらくこちらを見てはいけません! 窓の外でも見ていなさい!」

「え、ヤダ……。どうしてそんな冷たいこと言うんだ? もっとキースさんを見ていたい……」


 口に出してから、ルパートは自身の発言を心底気色悪いと思った。どうして自分はそんなことを言ってしまったのだろう? どうしてキースを見ていると胸が高鳴るのだろう?


「何だこれっ……! 変だ、今の俺はおかしい、こんなはずは無いんだ!」

「解っています。だからこちらを見てはいけません」

「解る!? アンタの仕業なのか? 俺に何をした? 俺はどうなっている!?」

「……僕に魅了されています……」

「は…………?」


 啞然としてルパートはキースを眺めた。横を向いたキースはまぶたを閉じていた。


「僕はの持ち主なんです」

「魅了の瞳……?」

「ええ。その名の通り、見つめた相手を魅了する眼力です。単純思考な相手ほど効きやすいので、天職は猛獣使いだそうですよ」

「で、でも俺はアンタと付き合い長いけど、こんな感覚になったのは今日が初めてだぞ?」

「人間の心は複雑ですから、そう簡単に魅了できません。ただし落ち込んでいる時は別です。気が弱くなっている人間は付け込まれやすいでしょう? 詐欺や怪しげなカルト宗教の勧誘に引っ掛かるのはそういう時です」


 ルパートは腑に落ちた。ギルドマスターが言っていた、キースの確率が低い一撃必殺の技とはこのことだったのだと。


(そっか、俺は今ウィーのことで悩んでいるから)


 数分間キースと目を合わせないでいたら、ルパートの動悸は通常状態に戻った。


「すげぇ特技だな。使い方次第では国をも動かせるんじゃね?」

「僕にとっては忌々しい瞳です。これのせいで幼い頃に何度も誘拐され掛けましたから。老若男女が僕を巡って争って、刃傷沙汰に発展したことも有ります」

「え……あ、そうなんだ……」

「それで両親は僕を寺院に預けたんですよ。修行を積んだ僧侶なら色欲に惑わされることが無いだろうと」


 キースは頭を左右に振った。


「でも、駄目でした。寺院で生活するようになって二年目の晩に、僕は先輩僧侶に夜這いされたんです」

「………………」

「騒ぎで駆け付けた他の僧侶達も、僕の乱れた寝間着姿に欲情したみたいです。助けてくれるどころか暴行に参加しようとしたので、障壁魔法で弾き飛ばした後に僕は窓から逃げました」

「キツイな……」

「寺院には戻られないし、故郷に帰っても家族に迷惑が掛かる。行く当ても無く彷徨さまよって、空腹の為に草原で行き倒れてしまいました。そこを当時冒険者だったケイシーとエルダに拾われたんです」


 ケイシーとはフィースノーの現ギルドマスターで、エルダは彼の妻だ。


「僕は回復役として彼らのパーティに迎え入れられました。二人は心身共に強い人達で、一度も僕に対して邪な態度を取らなかった。二人のおかげでようやく僕は人間らしい生活を送られるようになったんです」

「それでアンタはマスター夫妻と仲が良いんだな。このギルドへ就職したのもマスターと一緒に?」

「ええ。ケイシー曰く現役冒険者を続けるのがキツイ年齢になったそうで、引退してこちらへ。元Sランク冒険者だったケイシーは、前マスターを始めとした当時のギルド職員とは懇意の仲だったので、僕も含めて簡単に受け入れてもらえました。エルダは元気に専業主婦をやっています。たまに掃除で家の一部を破壊してしまうそうですが」

「そっか。……ゴメン


 ルパートは頭を下げた。」


「軽々しくすげぇ特技だなんて言って、無神経だった。アンタはずっと苦労してきたんだな」


 キースはふっと口元を緩めた。


「ルパート、僕はキミが優しい人間だと知っています。ロックウィーナを大切に想っていることも。彼女が七年間危険な出動で大怪我しないで済んでいるのは、キミがしっかり護っているおかげでしょう」


 ルパートは少し照れたようだ。モゴモゴと言った。


「……ま。アイツはイイ奴だからな。死なせたくはねぇよ。弟……じゃなくて妹みたいな存在だ」

「だからこそです。妹のように想うのなら一線は引かないと。今のキミは優しいお兄ちゃんではなく、超シスコンのキモヤバ兄貴です」


 キースの容赦無い物言いは、鋭いナイフのようにルパートの胸に刺さった。


「そこまで……酷いかな?」

「本気で気持ち悪くてヤバイです。己をよく知りなさい。さっきもノックせず彼女の部屋へ入って……。若い女性の部屋ですよ? 着替えの最中だったらどうするんですか」

「う……気をつける」

「あと彼女が他の男性と仲良くしても怒らないこと」

「でもアイツ世間知らずだからさ、悪い男に引っ掛かりそうで心配なんだよ」

「王都ほどではないにしろ、ロックウィーナは都会と呼ばれるこのフィースノーの街で七年間生活しているんですよ? もう充分世間は知っているでしょう」

「だけどアイツ。抜けてる所が有るし……」


 煮え切らない態度のルパートにキースは苛立った。


「死ね。ルパート、新しい友達を作るなり趣味を見つけるなりして、自分の生活を充実させなさい。キミは夢中になるものが無いから、つい身近に居るロックウィーナに目が行ってしまうんですよ。できないのなら速やかに死ね」

「おい元僧侶、呪殺の言葉が紛れてたぞ」

「変わろうとしないキミに腹が立ったんです」


 変わろうとしない……。言い当てられてルパートは身体を固くした。

 痛い所を突かれた。恋人と親友を失って以来、特にやりたいことも無く惰性で生きてきた。


「夢中になるもの……か」

「そうです。ああ、後でロックウィーナにも魅了の瞳について説明をしておかないと。僕の目を見て顔を赤らめていましたからね」

「何っ!? アイツのことを魅了したのか!?」

「注意したそばから過剰反応してどうするんですか、死ね。前髪越しでしたし、すぐに離れたから彼女は大丈夫ですよ。もし僕を見てドキドキしてもそれは錯覚だと教えようとしたのに、キミが部屋に乱入してきたから説明が中断してしまったんです」

「それはすみませんでした。前髪が有れば大丈夫なのか?」

「オールクリアで見つめるよりはだいぶ魅了確率が下がります。ただ、長い前髪って邪魔でつい搔き上げたくなってしまうんですよ」


 キースは前髪の先を指で摘んで溜め息を吐いた。前途は多難のようだ。


「邪魔なのは解るけど、そこは徹底してくれよ……」


 ルパートも長い息を吐いた。

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