7 終幕


「アダルムンド殿下のお陰で妹は無事でした」

「どうして?」

 何がどうなっているの?

「アイゼンエルツ公爵は捕まった。処刑か、良くても爵位剥奪、領地没収だ」

 兄は当然のような顔をする。公爵家に見切りをつけたのか。


 アダルムンドが後を続けた。

「アイゼンエルツ公爵は我がセディーン王国の第二王子に誼を通じ、オディリアを押し付けて俺を引き込んで、国を揺るがす悪だくみを巡らせたのだ。この国の王位を、ひいてはセディーン王国の王位まで欲しがった」


「我が父、セディーン国王陛下はアイゼンエルツ公爵と縁を切りたがっていた。謀略家で策謀家で人を何度も陥れ、何度も裏切り、そのくせ臆病でバレると真っ先に謝って許しを請う」


「俺がいつまで経っても公爵に協力しないで、その内、兄の第二王子の方が失脚してしまって、とうとう公爵は俺を片付けてしまおうと考えた。俺がいれば戦に勝てぬと判断したのだ」

「俺が婚約をなかったものにしたいと言えば、公爵は俺をこの国に呼び寄せた。婚約破棄したければ国に来いと。俺を国に呼び寄せ、毒殺しようとした」


「公爵は臆病だ。俺の死体に傷痕があれば、すぐに俺の国の軍勢が攻めて来る。だから毒殺して病で死んだと誤魔化すつもりだった」


「俺はこの国に来る事にした。俺はいつまでも三男の王子でしかない。武功も何も評価はされぬ。使い潰されて、野垂れ死ぬだけの人生だ。もう死んだがよいか、それとも──」

「これは賭けだ。このまま命を失うか、それともこの先に何かあるのか」


「そうして、公爵に毒を盛られ、俺はこのまま野垂れ死ぬのかと、ただ足を動かしていた。そしたらエルーシア、お前が現れて俺を救ってくれたのだ」

「俺は賭けに勝った。お前を手に入れて、俺は賭けに勝ったのだ」


「お前を攫って国に連れて帰る」

「でも」

 兄のパトリックがアダルムンドの前に進み出る。

「お待ち下さい。お言葉ですが殿下、エルーシアは我がノスティッツの領地でしか薬を作れません。他所に行けばただの女です」

「それがどうした。神は俺に悪戯な贈り物をしたのだ。受け取るかどうかは、本人次第」

 ああ、そうなのね、神様は私達に悪戯な贈り物をしたんだわ──。

「行くか?」

 暗い蒼い瞳が私を見る。

「はい」

 これ以上何を言うことがあろうか。


「許可は取った。否やはない」

 アダルムンドは私を青鹿毛の馬に乗せる。彼と同じように黒くて獰猛で力強そうな馬だ。私の後ろにひらりと跨った男は馬に鞭を入れ走り出す。

「それに、私の子が出来ている」

 アダルムンドが私にニヤリと笑って告げる。私は彼の顔を見上げ、その胸に顔を埋める。彼から確かなぬくもりと、獣と樹木と柑橘の匂いがした。



  終

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仮面舞踏会の夜、私は殺される 綾南みか @398Konohana

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