第5話 振り向くな

 六人は洞窟の中を歩いていた。菩薩堂の扉を破ろうとする轟音はもう聞こえない。

 最初は走っていたが扉を揺るがす音が小さくなるにつれて歩くようになった。

 なにしろ日頃から不摂生な生活を送ってきた六人だ。走りっぱなしでは体力が持たなかったのだ。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 そして、いつの間にか無口になり黙々と歩いていた。


「ったく、どこまで続くんだよ」


 誰かがぼやいた。

 何処までも続く洞窟。洞窟内の明かりは人の動きを検知する仕組みらしく。六人が歩き出すと点灯して、通り過ぎてしばらくすると消灯していた。


「長いな……」

「足が痛い……」

「ああ……」

「お腹すいたー」


 段々と口に不平を言いだす者が増え始めた。何か喋っていないと不安なのだろう。

 明確な出口が分からない状況に陥っている。


「何処かに案内図が有っても良さそうなんだがなあ……」


 ホテルなどには自分が何処に居るのかを示す地図が貼ってあったりするが、生憎とこの地下洞窟はそこまで親切な施設では無いらしい。


「……」


 白石は最後尾を歩いていた。時々後ろを振り返っていた。奥の方は霞が掛かっているように見える。

 そこから化け物が追いかけて来るような気がしていたのだ。


「え?」


 前の方で誰かが驚いたような声を出していた。

 見ると洞窟が二股に分かれていた。


「どっちが正解だ?」


 皆、困ってしまった。何しろ初めて入る洞窟なのだし、何の知識も持ち合わせていない。なので、どちらが地上に向かえるのか分からないのだ。


「誰かが先に行って調べるってのはどう?」


 松土が提案した。異常な事態が連続しているのに冷静でいられるのは、正直羨ましいと白石は思った。


「ああ……そうしようか」

「そうだな、いい加減疲れてきたし……」


 六人はジャンケンをして負けた二人が右左を見に行く事になった。もちろん、幸運に見放されている白石は負けたので右に向かう事になった。


(俺はいつも肝心な所で負けちまうな……)


 そんな事を白石が考えて歩いていると直ぐに扉に行き当たった。

 ここはカーブの先だったので皆が居た所からは見えなかったようだ。

 白石は何も考えずに扉の取手に手を掛けてハタと気が付いた。


(ここで、扉を開けたら中から化け物が飛び出してくるってのがホラーの定番のような……)


 そんな定番の目に合うのが嫌な白石は戻ってゆき、他の者達に扉が有った事を伝えた。


「中はどうなっていた?」

「洞窟が続いているだけだったよ」


 白石は見てもいないのに嘘を言ってしまった。こうしないと何故見てこないのかと言われるのは目に見えているからだ。

 或いはもう一度見てこいと言われる可能性もあった。


「こっちも扉が有って洞窟が続いていたよ」


 反対側を見に行った肥屋が、同じようなタイミングで戻って来て言っている。どうやら似ている構造のようだ。


「じゃあ、こっちに行こうか……」


 松土が言った。


「どうしてなの?」


 川千が尋ねた。


「白石が戻ってきた方が早かっただろ」

「うん」

「こっちの方の扉が近いって事だからさ」

「そうか……」


 説得力があるようでないような松土の話に釣られて、全員で白石が行って来た洞窟に進んだ。

 確信が在る訳ではないが、何も目標が無い状態よりはマシな気がしたからだ。

 だが、程なく異変が起きてしまった。


ズズズッ

 

 何かが這い回るような感じの音が聞こえて来たのだ。


「何の音だ?」

「聞こえないよ?」

「……」


 山引が無言のまま振り返ろうとした。


 その時。


「まて、振り向くな!」


 松土が語気を強めて言った。


「何でだよ」

「……」


 全員に緊張感が走るのが分かる。また、あの黒い霧が出現したと考えたのだ。


「俺のすぐそばに居るんだよ」

「ば、馬鹿言うんじゃないよ……」


 肥屋明が振り返って後ろを見た。しかし、松土らが居るだけで、その後ろには何も居なかった。


「何も居ないじゃねえか……」


 肥屋はムッとした表情で松土に言う。


「あ? 後ろじゃねえよ……」


 松土が返事をした。


「?」

「天井から聞こえて居るんだよ……」


 全員が一斉に天井を見上げた。


「げっ」


 一人が思わず声を出してしまった。そこには一メートル程の黒い蛇状の塊がナメクジのようにウネウネと動いていた。


「ひぃ!」


 すると、声に気が付いたのか黒い蛇状の物がヌッと鎌首を持ち上げた。

 まるで蛇が獲物を見据えているようであった。


「ああ、あああぁぁぁぁっ!」


 山引はパニック状態になったのか、先に走り出して扉の中に飛び込んでいった。しかも、鍵まで締めてしまったのだ。


ガチャリ


 慌てたのは残された者たちだ、天井に居たのは黒い霧の化け物に違いないからだ。


「てめぇっ!」

「開けろ、オラァー」

「っざけんな!」

「開けてぇーっ!」

「ちょっとぉぉぉ」


 全員が拳や足で扉を叩くが返事は無い。


「クソッビクともしねぇ!」


 押しても引いても扉は開くことは無かった。鍵を掛けられているからだ。


「テメェ、ぶっ殺すぞっ!」


 肥屋が足で扉を蹴る。しかし、扉はビクともしなかった。

 全員、天井を見上げたが黒い蛇状の化け物は居なかった。


「え?」


 見上げたまま呆然としていた。


「気の所為だったのかも……」


 川千がポツリと漏らした。


(集団ヒステリーで見間違えたのかも……)


 松土は冷静に考えた。綿田の時には化け物は直ぐに襲ってきた。

 今回は襲われていないので見間違いだったのかもと考えたのだ。


「仕方ない……戻って反対側の道に行くか……」


 松土に促されて、後に残された五人は違う洞窟へと行こうと戻っていった。


「ねぇ、天井のアレって何処に行ったの?」


 川千が振り返って天井を見ながら言った。

 他の者も釣られて天井を見上げていた。確かにそこには何も無かった。


「見て無かったのか?」


 肥屋が不思議そうに川千に尋ねた。


「へ?」

「黒い霧の塊なら奴が扉締める前に向こうに渡って行ったぞ」


 彼には黒い霧の塊に見えていた。それが扉を締める刹那にするりと滑り込んで行ったのが見えたのだ。


「じゃあ…………」

「……」

「……」

「……」


 ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。


「ああ、アイツはアレと二人っ切りってことさ」


 そう言って肥屋はニヤリと笑っていた。

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