第2話 限界集落跡
参加者たちは渡された紙を手に持ち廃村の中に入って行くった。
手荷物を持つ事は禁じられていた。闇バイトの事が世間に公表されるのを嫌がっている為だ。
(まあ、車で来られるような場所だと廃墟系動画配信者の餌食だしな……)
廃墟探検は怖いもの知らずの若者たちには丁度良い冒険だ。
だが、大人しく廃墟の中を徘徊する者だけじゃなく、中には花火をしたり排泄したりする迷惑系な者も居る。困ったものであるが人の眼が届かないのを良い事に好き勝手したがる者も居るものだ。
だから、場所を知られたくないと言う気持ちも白石は分かるような気がした。
家屋は十軒程、道沿いに並んでいた。道は車がすれ違い出来る程度の幅しか無く、僅かな田畑が家屋の裏にあるだけだった。
山深い限界越え集落跡なので、林業が主な収入源だったと予測した。
山深い鬱蒼とした森に囲まれた村は林業を生業としていたが、林業の衰退と共に見捨てられたのだ。
他には何も無い。コレでは糊口を凌ぐのが精一杯であったのは明白であった。
「如何にも山間の限界集落って感じだな……」
誰かが道すがら言っている。
「おーい、こっちだぞ」
先頭を行く綿田浩二(ぬきだこうじ)が呼んでいる。綿田は五十一歳。土建業を営んでいるが請け負った工事で事故を起こし、その損害賠償でにっちもさっちもいかない状態であるらしい。
彼は参加者たちの中で最年長のなので、この場を仕切っているつもりのようだ。
(如何にもって感じのガテン系親父だよな……)
白石がもっとも苦手とするDQN色が強いタイプであった。白石はグイグイ来られるのが苦手なのだ。
「ひぃ~、誰か居る……」
二番目を行く山引誠一(やまびきせいいち)がビクビクしながら建物を指差している。
四十三歳にもなって子供のように怯えていた。
集合した時から付近を見回したりビクッとしたりなど臆病な印象を白石は受けていた。
事実、彼は怯えていた。それは幽霊より怖い借金取りに追われているからだ。
山引は会社の金を使い込んでしまい、支払いに窮してヤミ金融から借りていたのだ。
「この集落は無人だって言ってなかったか?」
肥屋明(ごやあきら)がぶっきらぼうに答えた。彼はチラリと建物を見て、人の気配がしないと分かるとスタスタと歩き出した。
仕事をさっさと終わらせたかったのだ。
肥屋は二十四歳。仮想通貨取引を行っていたが失敗してしまい多額の負債を抱えていた。この仕事の報酬でもう一回勝負をするつもりであるらしい。懲りない性格であった。
「ありゃ、日本人形だよ」
山引が指差す廃墟の方を見ながら松土和也(まつどかずや)が答えた。彼は目が良いらしい。
松土はギャンブルで身を持ち崩して大学を中退してから三十二になるまでギャンブル漬けの毎日であった。
ギャンブルと名の付く物は全てこなしているが、幸運の女神に見放されているのか成績は宜しくない。
報酬が入ったら競艇場に直行するのだそうだ。コイツも懲りない性格らしい。
「なんで無人になっちゃったんだろ……」
川千佐弥(かわほしさや)が隣りにいる筧崎竜子(かけさきたつこ)に聞いていた。
川千は三十一歳になる。キャバクラ嬢をしていたが、しつこい客を跳ね除けようとしてウッカリ(?)階段から突き落としてしまい死なせてしまった。
当然、警察は事情徴収をしたがっていたが逃げ回っていた。夜中かつ目撃者も居なかったので指名手配まではいっていないようである。それでも、警察から逃げている事には違いないので、まともな仕事には付けない。仕方なく闇バイトをしながら糊口を凌いるらしかった。
筧崎は四十一歳の専業主婦だった。しかし、持ち前の見栄っ張りな性格なため高級ブランドに目がなかった。
その買い物依存症のせいでカード残高がヤバイくらいに膨らんでいた。もちろん、亭主には内緒の借金である。
闇バイトの報酬を大いに当てにしていた。報酬が無いとプラダの新作バッグが買えないからだ。
「まあ、豊かな生活を求めて都会に出て行くのは当然よね」
筧崎が答えた。彼女もかつては人より牛のほうが多いと言われた田舎出身だったからだ。
若者たちは仕事を求め、親たちは子供の教育を求め、年寄りたちは医者を求めて村を出ていく。
こうして何かと不便な山間の村は見棄てられていくのだ。
これは地方で割りと見られた現象だ。時代の移り変わりが垣間見えるようである。
(しかも、揃いも揃って借金の返済じゃなく次の勝負の種銭にするっていうのもなあ……)
白石は村に来るまでに車の中で聞いた、彼らの身の上話を思い出していた。
彼らは不安を紛らしたかったのか、自慢話のように身の不幸を饒舌に語っていたのだ。
(まあ、俺も人の事が言えないけど、懲りない連中だよなあ……)
中々のクズっぷりに親近感すら覚えたくらいだ。
もっとも、話の半分はキャバクラ嬢出身の川千が聞き出した物でのあった。
(やっぱり、さやさんって聞き上手だよなあ……)
白石も自分の話をペラペラを喋っていた。話さないと悪いような気がしていたからだ。
やはり、聞き上手でないとキャバクラ・ナンバーワンになれないのだなと白石は感心していたのだ。
僅かな集落跡を抜けると神社に続く参道があった。地図によると神社の裏手に池が有るはずだ。
参加者たちは参道の中をゾロゾロと歩いていた。
参道は狐に似た狛犬がずらりと並んでいる。どれも古いみたいで苔に覆われていた。
(背の高い木に囲まれているからかな?)
白石が上を見上げると木の間に空が見えていた。参道に沿って空は続いていた。
(ん?)
すると、木の間を黒い蝶らしきものが飛んでいる気がしたのだ。
もう一度見ようと視線を向けたが発見できなかった。
(気のせいか……)
立ち止まって改めて見回したが蝶は居なかった。
空中に舞っている落ち葉を見間違えたのかもしれない。
「おーい、早くしろ!」
綿田が呆けている白石に声をかけてきた。
「はい、すいません」
白石は走って皆の所にやってきた。白石は一度関心を向けてしまうと他の事を忘れてしまう癖がある。子供の頃から親に良く叱られていたことだ。
「神社の裏手……」
全員で神社の社を回り込んでいった。そこが目的地の筈だからだ。
神社の裏手は林になっていた。森と言うほど深くは無い。木と木の間に人が歩けるような隙間があった。
草刈りなど頻繁に人の手が入っているのであろう。
「アレかな?」
一人が指差す木々の先には、小学校のプール程の大きさの窪地が見えた。
窪地と言っても深さは一メートルも無い。
「池……」
「水が無いよね」
確かに水が溜まっていれば池になる大きさであった。
「底は乾いているみたい」
「何も無い荒れ地って表現がピッタリだよな」
「水が無くなって干涸らびたんだろう」
「あの、丘みたいな処じゃない?」
枯れた池の中程が小高い丘のようになっていた。
「ああ、ボートが捨てられているな……」
ボロボロになったボートらしき残骸が転がっているのが見えた。これで中の島まで行き来していたと推測した。
全員がゾロゾロと歩いて丘に向かっていく。池の底は泥が固まっており靴跡すら付かないほどであった。
「どう見てもアレだよな」
小高い丘の中腹に三つ叉の鳥居が有った。
街中の神社などで見かける鳥居は一つしかないが、ここのは鳥居が三つ有りそれぞれの端が触れ合うように建てられている。上からみると三角形になるはずだ。
「元は赤く塗られていたのか……」
赤いと言っても塗料が所々に残っているだけで、辛うじて元が赤かったと判別出来る程度だ。
雨風に晒されて風化してしまったのだろう。
三叉の鳥居が作り出す空間の真ん中に地下に向かう階段があった。その先に木製の扉が見えている。
「地下に降りるって」
「中は暗いよね……」
「電気ぐらい付いているだろう」
鳥居の外からおそるおそる覗き込んでいる。確かに暗そうであった。
剥き出しの階段に灯りが在るのかは不明だ。
「元々は建物が有って、それの地下へ通じる階段って感じだよな」
「ああ……」
何かの建物の中という感じではなく、下っている洞窟に階段を誂えたようである。
見た感じ階段は古いが掃除されているらしくゴミなど落ちてはいなかった。きっと、普段から人の出入りがなされているのだろう。
「そう言えば廃墟集落跡にも目立ったゴミなどは落ちていなかった」
「まあ、明るい内に行って帰って来よう」
「賛成」
照らされた階段は赤黒く、地獄に向かっているような錯覚を起こしてしまいそうだ。
少し躊躇していた。
(暗闇って剥き出しの悪意を感じるよな……)
そんな事を考えながら白石は、皆より少し遅れて階段を降りていった。
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