蝶だけが知っている
百舌巌
第1話 闇バイト
白石隆浩(しらいしたかひろ)は20代前半。
学生の時には声優を目指していたが、高校を卒業してから職を転々として、『自分の可能性』を手探りで試していた。
最近まではユーチューバーを目指したが、登録者数も視聴数も伸びず自暴自棄になっていた。
「何で誰も見ねえんだよ!」
最近アップロードした動画画面を前に呟き、飲みかけのコーヒーが入ったカップを壁に投げつけた。
今回も大して再生数が伸びなかったのだ。
声優目指していた割に滑舌が悪く聞き取りにくい、白石のゲーム実況動画は圧倒的につまらないからだ。
ぐぅ……
たとえヤケになっても腹は減る。白石の腹の虫が鳴っていた。
「マズイ…… 家賃どころか飯代もねぇ…………」
今日の飯代にも事欠くようになった白石は、ワルで知られた先輩に闇バイトを紹介して貰うことにした。
以前から誘われていたのだが、生来の小心者である白石は踏ん切りが付かなかったのだ。
電話した日の夜中に指定場所に行くとダンプが停車しいた。
ダンプの場所には先輩は居らず、中年のおっさんが突っ立ている。
(運転代行だと聞いていたけど……)
すると、ダンプの脇に居るおっさんが話しかけてきた。
「お前が運転しろ。 俺が助手席で行き先の指示をする」
おっさんの指示で道を走っていると山の中に入っていく。
(ああ、これは不法投棄の手伝いだな……)
白石は依頼の内容を察した。
余計なことは何も聞かず言わずに言われた場所まで運転し積荷を降ろしてきた。
謝礼は二万円だった。もちろん、男の素性もダンプの積荷の中身も知らない。
(ほんの数時間運転しただけで美味しいよな……)
ただ、労力の割に稼ぎは良かったのだ。
味をしめた白石は先輩に次のバイトを紹介してもらった。
『今度のはヤバイ奴だ。 やるか?』
「はい」
『ドジると心底拙い事になるから慎重にやれよ……』
「任せてください」
紹介されたのは指示された住所にいって現金を受け取る仕事だ。
(受け子……だな)
オレオレ詐欺で高齢者から現金の入った封筒を受け取る役の事は『受け子』と呼ばれている。
新聞を読まない白石でもその事ぐらいなら知っていた。
受け取った封筒はコインロッカーに入れられる。それを別の人間が集荷するのだ。銀行は簡単に口座凍結されてしまうので、この段階では使われないらしい。
難なく仕事を終えた白石は報酬二万円を受け取った。
(今度のも楽勝だったな……)
何件かこなした白石が信用できると思ったのか、指示役から通信アプリが入った携帯電話を渡された。
それまでは先輩経由で仕事を受けていたが直接指示が出来るようにしたかったらしい。
渡された携帯電話には、通信アプリの『テレグラム』が入っていた。それを使って指示が出されるのだ。
テレグラムは一定の時間が経過するとメッセージが端末から消える仕組みだ。闇バイトや薬物絡みの書き込みでも、多くがテレグラムのアカウントをひも付けして水面下の交渉が行われている。
闇社会ではずいぶん前から欠かせないツールなのだ。仲間内でも文章を残さずに通話することが原則で、渡された携帯電話も『トバシ』と呼ばれる他人や架空名義で契約されたものだろうと推測した。
次にやった仕事が『すり替え』と言われる高齢者相手の詐欺だ。
『捕まえた犯人が持っていた名簿にあなたの名前が載っている。同じ地域で何人も被害に遭っている』。
高齢者相手に掛け子役が電話でこう切り出す。
『金融機関の者が封筒を持って家に行くので待っていてほしい』
突然の事で驚愕している高齢者に指示を出し始める。人は判断するより指示される方が咄嗟に行動出来るものなのだ。
『封筒にキャッシュカードを入れて大切に保管してください』
もちろん、『金融機関の者』と言われる受け子役が到着するまで世間話などをしたままだ。
これは通報されるのを防ぐ為だ。胡散臭さ満載だが、何故か高齢者は電話を切らない。
それは、普段の生活の中で中々人と話をする機会が無いせいであると言われている。寂しいのだ。
その間にカードの暗証番号を推測出来るように、本人や娘・息子・孫の誕生日などを言葉巧みに聞き出すのも掛け子役の仕事だ。
しばらくすると受け子役の白石が家を尋ね玄関に現れた。
だが、挨拶もそこそこに何も喋らない。電話の指示役に集中させるためだ。
『封筒にカードを入れた後に割り印をしてほしい』
言われた高齢者は指示通りに印鑑を取りに室内へ向かった。その隙に白石が偽のカードが入った封筒とすり替える。
気付かないまま封筒に割り印を押し、指示された通りに小物入れの引き出しに大切に保管したのを確認すると白石は家を出た。
白石はいつものようにコインロッカーに封筒を入れて仕事は終わりだった。
すり替えられたのに気が付くのに何日かかかる。今の銀行のシステムでは本人であろうと多額の現金を一度に引き出せない。
騙された方が気が付くまでに、日数をかけて全額引き出すのに有効な方法であった。
(ちょろいぜ……)
白石は一人ニヤニヤしていた。ほんのちょっとの手間で大金が手に入ることを覚えたせいであった。
次に来た仕事が、通称『タタキ』と呼ばれる強盗事案だ。報酬は三十万。
破格の給料は魅力だった。だが、いざとなったら怖くなり行かなかった。
何しろ顔がバレるのは指示役では無く実行犯の自分なのだ。稀代の小心者である白石には無理な話だったのだ。
すると、指示役から直ぐに電話があった。
『お前なあ……何やってんだよ』
「……」
『で、どうするんだ?』
「スイマセン……」
『このミスをどうするんだって聞いてんだろうがっ!』
「…………」
『ちっ』
「………………」
『……』
「……………………」
『じゃあ、次の仕事を紹介するから、今度こそ行けよ?』
「はい……」
『今度バックレたらこの世からバックレる事になるからな……』
「はい…………」
そう脅し文句を言うと電話が切れた。そして程なく集合場所を示す地図がメールで送られてきた。
集合場所の新宿にある雑居ビル。ビルの前には自分を含めて男女七人が集められていた。
「………………」
全員口を利くことは無くボーっとして立っている。時間になるとちょっと錆が見える白色のハイエースがやってきた。
後部に複数の座席シートが見えるので全員が乗れる大きい奴のようだ。
(工事現場の日雇いバイト行く時に乗った事があるな……)
そんな事を思い出しながら車に載せられて行った。
車は高速を使って二時間程度で北関東までやって来た。
運転手は四十代半ばという感じの男性だ。
「あの……」
「はい」
運転手は前方から目を離さずに返事した。大きめのマスクの下にはタトゥーが見え隠れしている。
「どこに向かっているんですか?」
「北関東にある旧路安芸村の入口に向かいます」
「どんな仕事なんでしょうか?」
「さあ……自分は皆さんを届けるだけのドライバーなんで詳しくは伺っていないですね……」
「はあ…………」
運転手に何処に行くのかと聞いたが北の方としか答えなかった。自分も運転だけを依頼されたので詳細は分からないのだそうだ。なので何も言わずに彼らを運んでいた。
『簡単な作業で高額報酬!!』
この怪しげなネットの告知に釣られて応募したのだ。
人の持つ業の中で、食欲の次に強いのが金欲であろう。
例え罠が見え隠れしている闇の仕事であろうと、果敢に挑もうとしているのが証左である。成功すれば多額の報酬が有る。
彼らは人生のどん詰まりを打開しようと足掻くのだ。
川に架かる橋の手前に駐車場のような広場が有り、そこに黒いスーツ姿の男が待っていた。
男は植田公聖(うえだこうせい)と名乗った。
「仕事内容は簡単な物です」
植田は彼らに地図を一枚ずつ渡した。
「その、渡した紙に指定されている愚器を持ち帰って来てください」
七枚の地図は同じ物であった。唯一違っているのは、彼らが持ち帰って来る愚器の形を示している事だ。
それぞれの地図には六芒星に似た図形の頂点に丸が点いていた。そして、中央に丸が付いている物もあった。
つまり、全部で七つ分の隅器があるのだ。
「愚器と言うのはどんな物何ですか?」
「丸くて白い不透明な水晶ですね」
「球体ですか?」
「いいえ、お正月に食べる丸い餅のような厚みと大きさで真ん中が少しだけ凹んでいます」
「大きさは?」
「大体、四センチ程度の物ですよ」
植田は両手の親指と人差し指を使って丸を作ってみせた。
「それだけ何ですか?」
「はい、それを持ち帰るだけです」
「本当にそれだけ?」
「ええ、それだけです」
「金は本当に貰えるのか?」
全員が口々に疑問を口にした。
「お金なら此処にあります」
植田は手に持った紙袋から、束タバと呼ばれる百万円相当の札束を無造作に取り出して見せた。
全員がそれを息を呑んで見詰めた。まるで時が静止したような空気が流れる。
「ちゃんと人数分有りますから御安心下さい」
その事を察したのか植田はニヤリと笑いながら言った。
彼らへの成功報酬は一人あたり五百万円であった。破格の報酬である。
「本当に愚器というのを持って来るだけ?」
「ええ、そうです」
「愚器をこの場所に持って来て下さい」
地面を指差しながら言った。つまり、駐車場まで持って来いという事である。
「自分たちでやれば良いじゃない」
「訳ありだから皆さんにお願いしているんですよ」
「訳あり?」
植田の言葉は参加者たちの間で木霊のように伝わっていく。
「訳ありって何ですか?」
一人が質問した。彼女は参加者の中で一番若そうであった。
「呪いがかかると言われています」
植田は事も無げに言った。
「呪い?」
参加者たちからクスクスと笑いが広がっていった。
「令和の時代に呪いって……」
妙な言葉に可笑しさを覚えたのであろう。
「ええ、私たちはビビリな小心者なのでお願いしますよ」
植田は柔やかに微笑んで答えた。
「はっ、俺は呪いなんてもんは信じ無いぜ」
赤ら顔のおっさんが答えてくる。それでも、参加者たちは半信半疑であった。
「失敗するとどうなるんだ?」
誰かが質問した。
「消えます」
植田は事も無げに答える。
「き、消える?」
「死んでしまうんじゃなくて?」
「死んだかどうかは確認出来ないので消えると言っています」
参加者たちはお互いに顔を見やっている。良く分からないからだ。
「他に表現出来ないですね……」
「辞めますか?」
植田は涼し気な顔で参加者たちに尋ねた。
「俺っちは夜中の肝試しとかで、廃村なんかに良く行くから楽勝ッスよ」
若そうなタトゥーだらけの男が言った。
「自信の無い方は辞めても良いですよ?」
植田は手にした札束を紙袋に仕舞い込んだ。
返事を返す者は居なかった。つまり、全員が謎の仕事を引き受けたのだ。
単純な仕事なのに不釣り合いに報酬が高い。普通に考えればヤバイ種類であるのは明白であった。しかし、彼らは目先の金に釣られるしか無かった。
そうしないと明日が無いのだ。
「それではヨロシクお願いします……」
彼らの事情を見透かしている植田はほくそ笑みながら頭を下げた。
拙作のホラー小説「コンビニ店員の困惑」もどうぞご一読ください。
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