それがどうした
いつも陽気。というより軽薄。たいがいにこにこしている。顔とスタイルは確かにいい。モデルにスカウトされたことがあるらしいが、断ったらしい。「オレはモデルよりも手品師になりたいからねぇ」というのが、後になってから聞いた理由だ。実際彼は手品が得意で、研究にも余念がない。だから人の心理にも敏感なのか、女性が大好きで、モテるのだ。要するにナンパ師である。交際相手は不特定多数。女性及び女子の情報に関しては、頭の中に超緻密なデータベースが存在しているらしい。そして、やたらタキシードを着たがる。学校の登下校時に制服ではなくタキシードを着るなんて高校生は、全国捜してもそうはいないと黒川は思っている。
そのかわり、容易に他人には本心を見せない何かがある。普段の軽い態度が完全に演技だとはいえないが、そう振舞うことで隠している何かがある。それは、いつか麗人本人がさりげなく明かしてくれた「オレ3歳のときに一家心中したことあんのよ」という経験と無関係ではないだろう。
しかしそのあたりは、黒川が高校で麗人と知り合う以前のことだ。男子寮の同じ部屋で暮らすこの男のことを、黒川はよく知っているとは言えないのだった。
〇
黒川
女子に不愛想というか、そっけない。あんまり積極的に恋愛をするタイプじゃないんだろうとは思う。だいたい眉間にシワ寄せて、話しかけられると「あぁ?」という反応だから、そりゃモテないだろう。というか、モテないためにわざとやっているんじゃないかという気もする。趣味はモデルガンで、なんでそんなにとつっこみたくなるほどケンカが強い。そもそも、学校の登下校時に制服ではなく迷彩模様の野戦服を着てサングラスをかけるって、どういうセンスなのかわからない。
たぶん、そうやって他人を寄せ付けないようにしているのだろう。あの不愛想はあながち演技でもなく、誰も踏み込ませたくないと思っているフシがある。それは、いつだったか黒川自身が明かしてくれた「赤ん坊の頃から親戚たらい回しにされて、親の顔ロクに見たことねえ」という境遇が影響していないはずがない。
だがこのあたりは、麗人が高校で黒川と知り合う以前のことだ。男子寮の同じ部屋で暮らすこの男のことを、麗人はいまだによくわからないと思っているのだった。
〇
行列の後ろの方からにわかに悲鳴が重なり合い、なにごとかと麗人と黒川は振り返った。開店時刻を控えた書店の前。最後尾から人々が乱れ、無関係な通行人がぎょっと立ちすくむ。遠巻きにされた何かが、行列をさかのぼるように近づいてくる。「通り魔」「切り付け」「警察」という単語がまき散らされる。逃げ惑う人々の隙間から、ナイフを振り回しながら寄ってくる、すさまじい形相の男が見えた。
「しょーがないなぁ。遥ちゃん、行こうか」
「おうよ。お前といると退屈しねえな、悪い意味で」
「悪い意味でって、失礼だな」
「お前の存在ほど失礼じゃねえよ」
通り魔を前にして軽口がぽんぽん飛び出す。すぐ後ろの人がわめきながら走り出し、ふたりの高校生と通り魔をさえぎるものは何もなくなった。意味不明な何かを叫び、男はまっすぐ麗人に切りかかった。手品師の卵はひょいとかわした、だけに見えた。
通り魔の男はよろけて体勢を崩した。麗人が軽く片手を振る動作だけで、男はフローラルピンクの大判のハンカチで、目隠しをされていたのだ。後頭部にはきちんと結び目もできている。突然視界を奪われた男がよろけた瞬間に、黒川の足刀が通り魔の腹深くにきまった。通り魔は吹っ飛んで、歩道にもんどりうった。麗人は束ねたロープを放ってやり、黒川はそれで、げほげほと咳き込む通り魔を縛り上げ、すぐそばの郵便ポストの脚に、男の両手首あたりを固定してしまった。ポスト利用者には迷惑だろうが、ほかにこの男を縛りつけておける適当なものがなかったから仕方がない。麗人は別のハンカチを取り出すと、己の指紋をつけないように、放り出されたナイフを拾う。店頭で机と椅子をセッティングしていたらしい店員の男性に、そのナイフを預けた。
「もう警察呼んでますよね。これ、警察の人に渡してください」
「あの、君たちは」
あまりの成り行きに硬直していたらしい店員は、ようやく解凍され、麗人と黒川を呼び止めようとした。
「通りすがりの、愛と勇気と美形の青少年です。お気遣いなく。じゃっ」
「ちょっと、君たち……!」
ざわつく人々を背に、ふたりの高校生はさっさと書店を後にした。――ひとりは涙ながらに。
「ああー、
「まあ、あきらめろ。写真集はそのうちネットに出回るぞ、ぼったくり価格で」
「それはどうなのよー」
「麗人、お前本当に、寺田キリカとは縁がねえな」
「キリカちゃんがまだ出てきてなくて、被害に遭わなかったのはいいんだけど……」
「あのままあそこにとどまってたら、事情聴取とかスマホで撮影されたりとか、メンドクセエことになってたぞ。しょうがねえや」
「あうー……」
ナンパと不愛想の高校生ふたりは、ほんの数十秒前に通り魔を撃退したとは想像もできない態度で、歩道を走っていた。パトカーのサイレンが近づくのを聞きながら。
〇
コイツには秘密があるのかもしれない。
……だからどうした。
お互いのすべてを知っているわけではないし、知りたいとも思わない。
ただ、コイツが相方なら、たいがいのことは切り抜けられるだろうと思っている。
秘密があることなど、何の障害にもならない。
それだけだ。
その一点が一致していれば、ふたりには十分だった。
卒業するまでの、ほんの短い時間を――。
※※※
本エピソードは、カクヨムコン9の期間中に開催された、「カクヨムWeb小説短編賞2023 創作フェス」に参加するために執筆した短編に、加筆修正を行ったものです。第3回目のお題は「秘密」でした。
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