絶望と希望のはざま
「ぬっ」
こぼれた銀色の欠片は、陽光を反射して一瞬のきらめきを宿しつつ、絶望の泥濘へと近づきつつあった。心臓がしめつけられるかのような衝撃が彼を襲った。にもかかわらず、最後の希望が壊滅的な絶望へと変化しつつある極小の時の狭間において、彼は身動きというものを為すことができないまま、彫像のように大柄な身体を凍りつかせるばかりであった。小さなきらめきは光を失い、いまや破滅の中へと吸い込まれようとしていた――そうなるはずであった。
彼には仲間がいた。仲間の、普段は丸く人懐こく、陽性の輝きを放つ双眸は、何が起ころうとしているのかを瞬時に読み取っていた。汚れることも厭わず片膝をつき、空を切るがごとく片腕を鋭く水平に振った。それは最後の希望。銀の欠片を、そして江平を、ぎりぎりのところで絶望からすくい上げる、最後の機会。仲間はそれを見逃すことなく、そして諦めることなく、自身の動体視力と反射神経と器用さとを最大限に活用してくれたのだ。江平の最後の希望を、破滅の淵から……。
そのおそるべき早業を、江平はただ、網膜にしっかりと焼き付けていた。
「はい」
「ああ、助かった。ありがとう」
江平は心底ほっとして、側溝に沈む運命を免れた百円玉をありがたく受け取った。
「ドジだなあ」
「やかましい。……これが今日の私の全財産なのだ。落としたら飲めないところであった」
高校生でありながら、えらく古めかしく聞こえる話し方で、江平は小銭を持ち直した。150円。この自動販売機で、一番安いほうじ茶のペットボトルが買える、ぎりぎりの金額である。
「そんだけ?」
「仕方があるまい、それぞれ事情というものが――」
「とっととしてくれや、後がつっかえてんだからよ」
後ろから
「ああ、うむ、すまぬ」
いささか慌てたように、江平は自動販売機に向き直った。その矢先、指の間から五十円玉が滑り落ちて、アスファルトでちりんと音をたてた。
「ぬうっ」
「あー…………」
全員が見ている前で、穴のあいた硬貨は、雲の間から伸びる陽光を一瞬だけきらめかせ、側溝の方角へと転がり……絶望の中へみずからを躍らせた。
※※※
本エピソードは、カクヨムコン9の期間中に開催された、「カクヨムWeb小説短編賞2023 創作フェス」に参加するために執筆した短編に、加筆修正を行ったものです。第2回目のお題は「危機一髪」でした。
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